いってつの適当なブログ

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思ったことを書いたり、撮った写真を貼ったり

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まあ、そう個人的には思うわけだ。

なんか必死こいて投票呼び掛けてる姿は痛々しい限り。

そんなことして貰う賞に、いったいどんな価値があるってんだろ・・・?

そんなところで賞を取ったところで、本当に愛される存在にはなれないと思うんだが。

だって、はっきり言ってどんだけ多くの組織票が入るかを競うイベントでしょ? これ・・・。

 

将来のためなら、むしろ既存のファンじゃなくて新規のファンをどう増やすか、というのが課題じゃないか?

じゃあ、どうやったらそれが出来るのか・・・・?

ところで、レースクィーンとは、モータースポーツの華だよね。

つまりは、特定のレースクィーンに興味ない層にいかにして気に入って貰えるかが大切なわけで。

じゃあ、それはどうすればよいか、といえば・・・・。

 

割と簡単なことだと思うんだよね。

相手の味方になってあげること。

つまりは、モータースポーツが好きな人の視点で活動すること。

いかに競技を愛しているかを表現すること。

 

まあ正直、男はみんな綺麗なお姉さんが大好きですよ。

もちろん僕も例外じゃありません。

けれど、綺麗なお姉さんなら正直たくさんいるわけですね。

でも、自分の好きなことの視点で対応してくれる綺麗なお姉さんって、そうはいないと思うのさ。

現に今だって自分の人気取りに躍起になってるレースクィーンばかり。

だからこそ、競技者視点のレースクィーンっていうのはモータースポーツ好きな男性の心を捉えやすいと思うよ。

 

それに、仮に将来は芸能界へ。なんて思っているレースクィーンがいたとして、だよ。

どこかの企業が自分の人気とりに躍起になってるレースクィーンを好印象で見るとは思えないんだよな。

むしろ、自分の責務を全うしてるレースクィーンのほうが企業としては欲しいんじゃないかな。

まあ簡単に言えば、仕事に対する姿勢とか責任感とか。

そういうもの、ちゃんと見てると思うんだよね。

 

まあ、そう思うから僕は言うわけだ。

日本レースクィーン大賞なんぞ、全く価値がない。

ちなみに、そこで大賞取ってから活躍してる人、いないっしょ・・・・?

そもそも、僕はグリッドウォークというものに良い印象を持ってはいない。

スターティンググリット、すなわちスタート前の最終準備の場所である。

競技者からすれば、そんなところにわんさと客を入れられる事はおそらく望まないだろう。

しかし、確かにレースは興行でもある。

故に妥協しなければいけないところでもあるだろう。

 

・・・とはいえ、だ。

スターティンググリッドを撮影会場と勘違いしている奴らを見ると本当に腹立たしい。

けれど、売り出されてしまっているので、それもある程度は仕方のないことかもしれない。

スポンサーの手前、キャンギャルさんも撮影にはある程度対応しなければならないんだろう。

まあ、仕方ないことかもしれない。

 

・・・・が。

中にはとんでもないキャンギャルもいるようで。

わざわざ「グリット゛まで撮りに来て」と宣伝する人がいる。

もう、これは本気で怒りマックスなわけだ。

 

そんなキャンギャルのひとりから、怒りのコメントに対する返信が届いたわけだが。

なんでも、私たちをきっかけにしてチームを応援してくれる人も多数いて、そういう人達への撮影対応も仕事だ、と。

大雑把に言えば、そんな感じの内容だったけれども。

 

正直、だからなんなのさ、それ自己擁護でしかないやん。

きっかけがキャンギャル、大いに結構ですよ。

自分の好きなキャンギャルのいるチームを応援する。

それは十分に筋の通ったきっかけだよ。

僕がご立腹した理由はそんなことじゃないわけさ。

自らグリッドに撮影しにくるように告知している事が苛立ちの原因なわけだ。

パスが売ってる以上、撮りたい人はそんな告知なんかしなくても勝手に来るだろう。

本来はそんな対応すべきところではないけれど、チームやスポンサーの手前、無碍にすれば相手に悪いイメージを与えるかもしれない。

それを避けるために仕方なく対応するのなら、まあ納得は出来るよ。

でも、自ら告知を行っているっていうことは・・・

完全にグリッドを撮影会場と勘違いしているってことでしかない。

 

もうほんと、意識の欠落としか言いようがないよ。

ふざけんなよ、と言いたいね。

モータースポーツとは、スポーツだと僕は思っている。

だから、その競技に携わる人に対して敬意の念を持つ事は当然のこと。

仮にモータースポーツに興味なかろうが、それは同様のこと。

 

詳しく言葉にすれば

たとえキャンギャルが好きでサーキットに来ていたとして

別にレースを見ろとは言わないが

競技の邪魔をしたり、競技とは関係ないものを掲示するべきではない

ということだね。

 

人が真剣に打ち込んでいるものを冒涜する権利などは無いはずだし

それは極端に言えば精神の侵害であり、名誉棄損の罪に問われてもおかしくはないかと。

自分の自由だけを振りかざして他人の名誉や誇りを傷つける行為はあってはならない。

 

なので、僕はそういう行為をする者が許せないのだ。

人の気持ちがわからない愚かな奴としか思えない。

そんなものを野放しにしておく必要など無いと思っている。

 

人それぞれ、なんてよく言われるけれども。

それは本人の内側の話であって

表立った行為は他人の目に触れるわけだ。

もうその時点で相手の気持ちを考えた行動が求められるわけで

人それぞれなんだから、なんていうのはもはや自分勝手でしかない。

 

そんなことまで許す必要性がどこにある・・・・?

僕には全くもって理解できないんだが。

 

エンタテインメント

すなわち、興行

僕はスポーツだと思っているが

そう思う人は皆無らしい。

確かに僕はただのいちファンなので

特別な影響力は無いけれど

同じように思う人に届くように

言葉を書いてきたつもりだ。

そういう和が広がっていって

世間の認識を変えることが出来ならいいな、と。

でも、やっぱり甘かったかな。

所詮は何の影響力も持たない、いち個人。

そんな奴の言葉など聞く耳を持たないんだろう。

自分の思い通りにならずに卑屈になってると

自分の言葉は伝わるんだろう。

否定はしない。

その通りだ。

モータースポーツという競技を行う人に敬意を持って欲しい。

すなわち、それがモータースポーツというものが

スポーツであると認識させるという事だと。

でも、残念ながら。

日本のモータースポーツは

結局はスポーツではなく

エンタテインメントらしい。

エンタテインメント

すなわち鑑賞するもの

楽しむもの

共に戦い

共に喜び

共に悔しがり

そういうものではないらしい。

それを残念に思う。

私はモータースポーツを愛する、いちファンです。

本日はレースクィーンの皆さまにお願いがありまして、こうして書かせて貰っています。

 

昨今のご活躍は存じております。

いつもサーキットにお客様を集めて頂きましてありがとうございます。

きっと興行主も貴女たちの活躍に感謝していることと思います。

 

ただ、ひとつだけお願いしたいのです。

貴女たちを応援したいファンがいるのと同じように

サーキットにはレースという競技を楽しみに来ている方も大勢いらっしゃいます。

貴女たちを応援したいファンがいるのと同じように

競技者を応援したいファンも大勢います。

 

サーキットというところはモータースポーツを行う競技場です。

そして、レースというのはモータースポーツです。

そのスポーツに参加する選手を応援したい人も多数来場されます。

 

貴女たちが将来のために自分の名前を売り込みたい気持ちはわかります。

モデルとして、あるいは将来、芸能活動を目指している貴女たちにとって

それはきっと重要なことなのだと思います。

 

ですが、どうかお願いです。

貴女たちを応援するために掲げられている横断幕のスペースを

モータースポーツを応援する人たちの元へ返しては頂けないでしょうか。

貴女たを応援するために横断幕を掲げる人がいるように

選手を応援するために横断幕を掲げたい人だっていると思うんです。

そして、そういう光景こそが本来の競技場にあるべき姿だと思うのです。

 

興行主からは止めるように言われてはいないと思います。

ですが、お願いです。

貴女たちが頑張っているのと同じように

選手も頑張って競技に挑んでいます。

そして、それを応援したい人たちも沢山いらっしゃっています。

それを覚えておいていただきたいのです。

 

どうか、それだけはお願いできませんか・・・・?

 

 

キャンギャル横断幕に関する考察 その4・・・になるのかな?

今回は「金」をベースとして考えてみる。

 

レースの興行主としては、多くの収入を得たい。

モデル事務所は自分のところのモデルを売り出したい。

その利害関係が一致して今のキャンギャルがいるとするならば・・・。

なるほど、理解は出来る。

 

モデルもレースクィーンをステップアップにして将来は芸能界へ、なんて夢もあるんだろう。

それも理解は出来る。

これなら確かにキャンギャルがサーキットという競技場に自分の横断幕を掲げることに躊躇しない理由も頷ける。

レースの興行主もアイドル化したキャンギャルのファン達が買う高額なチケットやパスで多額の収入を得られる。

誰にとっても損にはならない利害関係が成立するのだな。

 

・・・・そして。

置き去りにされる、競技者のプライド、情熱、努力。

モータースポーツを愛する人よりも金を運ぶ人が優先されている現実。

僕には全く持って受け入れ難いのだが。

 

単純に言ってしまえば・・・・

「興行」が先か「スポーツ」が先か、ということだな。

前者であれは「金」、後者であれば「プライド」が優先される。

そして、現在の日本のモータースポーツ興行は前者なのだろう。

 

僕としてはなんともやり切れない気持ちになるのだが。

日本のモータースポーツ関係者やファンに異を唱える人は皆無と言って間違いはないだろう。

事実、僕以外に同様の事を言っている人を見ないのだから。

思ったんだが。

もはやレースクィーンというのはレースとは無縁らしい。

そう言うといろいろと言われそうだが。

だが、しかしそれはもはや「サーキットにいる」ということでしかない。

 

本来レースクィーンというのはレースという競技に華を添えるもの。

キャンギャルというものは企業の広告塔。

それが本来の仕事のはずなのだが。

 

しかし現実を見てみると、もはやレースクィーンとはそういったものではなく

レースクィーンという単体でしかないらしい。

なるほどそう考えればサーキットにキャンギャル横断幕を掲げることに躊躇もしないわけだな、と。

それはたぶんキャンギャルファンだけでなくモータースポーツファンや関係者も同じなのだろう。

なんとも嘆かわしい話だ。

 

日本レースクィーン大賞なるものがあるが

それが諸悪の根源だと思っている。

なにやら一生懸命に投票数を増やせるようにSNSでの投票呼びかけの投稿が多いこと。

しかしなあ・・・・。

そんなことに一生懸命な気持ちが僕にゃわからなかったりする。

そもそもひとり何票でも入れられて、有料のものが得点高くて・・・。

結局は金出させたもん勝ちなわけで。

そんな賞になんの価値があるのか僕には理解出来なかったりする。

 

ちなみに、僕の場合は仕事を全うしてくれれば普通に頑張ってほしいと思うし応援も出来る。

それが出来なきゃ否定する。

それだけのことである。

自分の欲より他人の心を優先できるキャンギャルさんなら喜んで応援する。

ただし、応援するのは金で票を積むことでも何度も投票することでもなく。

その人の頑張りが他人に正しく理解されるように応援する。

そういう姿勢を企業が好ましく思ってくれる事を望む。

キャンギャルに興味ないレースファンにも好かれてほしいと願う。

そういう正しい姿勢が多くの人に受け入れられてほしいと真に思う。

そういう人こそが真のレースクィーン大賞だと断言する。

金で票を積んだ賞なんぞに価値などあるわけがない。

そんなものはそれを好きなものだけのただのイベントごとみたいなもんじゃないか。

個人的にはすげぇくだらない低俗なもんだと思う。

 

まあ価値観の違いと言われればそれまでだが。

知名度を上げたければ、誰もが認めてくれる仕事をしろ、ということだ。

レースクィーンの仕事は自分の知名度を上げることか?

現実として、どうやらそのとおりらしいが。

それを正しいと貴方は言えるだろうか・・・・?

 

前の記事の続きなわけだが。

 

とりあえず、SNSに記事をリンクさせ、ハッシュタグ貼って、沢山の人に読んでもらおうと試みたわけだが。

結果からすれば、全くといっていいほどに相手にされなかったらしい。

そんな中でも何名かはリツイートしてくれたり、いいね押してくれたり。

でも、そこからは広がっていかない感じみたいで。

 

なんだろうね、ほんと。

結局のところ、「今のままでいい」ということか。

そうだとしたら、確かに俺がしている事は、そこに波を立てるということになるわけで。

だとしたら、そりゃ確かに疎ましい存在でしょうよ。

 

でもね・・・・。

そんな状況でも、俺は自分が間違っていないと言い切れる。

人として絶対に間違ってはいないと言い切れる。

 

人が懸命になにかを頑張っている。

それを軽視する事は絶対に間違っている。

間違っていることは間違っている。

そこで俺は妥協などはしないのだ。

 

フェイスブックのとある大きなモータースポーツ関連のグループがある。

俺はそこでも同様の投稿をした。

返ってくるコメントはどれもキャンギャル擁護のものばかり。

こちらは全く折れる気はないので、当然に言葉の応酬となる。

一応断っておくが、こちらはちゃんとキャンギャル擁護派の気持ちも汲んだ上で文章を書いた。

しかし、読み手はそんなことなどお構い無しだ。

キャンギャル擁護派のほうも、キャンギャル横断幕を否定する理由というものを考えなきゃ討論にゃならない。

結果として、意見は交わることなくいつまでも平行線だ。

そんな中で、面白い言い訳があった。

「そんなことを感じている選手やチームはいない、そんな弱いメンタルではレースを戦うことなど出来ない」と。

もう、こんなことを言っている時点で、こいつは人をバカにしていると思ったよ。

別に言っていることを否定するつもりはない。

確かにそのとおりだと思うよ。

じゃあ、なにがおかしいかって・・・・・?

 

「だったら、やっていいってことになるのかよ?」・・・・ってことだ。

 

以前、とあるキャンギャルさんにも同じような内容のメッセージをしたことがある。

そのときの返信。

「キャンギャルに言わずに、GTAにいってください」

・・・ああ、結局はこの人もモータースポーツのことなんか考えてないのか、と思ったよ。

確かに、ひとりに言ったところで意味は無いかもしれないよ。

それは認める。

けれどもな・・・・。

 

「言われなきゃ、やっていいってことになるのかよ?」・・・ってことだ。

 

どいつもこいつも、自分のことばかりだなあ、と。

他人のことなんかお構いなしなんだなあ、と。

だってそうだろう?

人の感情には興味がないんだもの。

だからこそ、そうなるんじゃないか・・・・?

 

だからこそ、俺は間違っていないと言い切れる。

逆にいえば、間違っているものを間違っていると言い続けることができる。

多数が必ず正しいわけじゃない。

俺が言っていることは、人として当たり前のこと。

 

人の世界は、自分だけのものじゃない。

自分は確かにひとりだけだけれども。

それでもみんな同じ人だ。

だからこそ、持ち合わせている感情だって同じ。

嬉しい、楽しい、悲しい、苦しい・・・・。

誰にだってあるものだ。

 

自分だけが楽しければいいのか?

自分だけが得をすればいいのか?

もちろん、そんなふうに思っている人なんていないかもしれないが。

けれど、その言動が本質的にはそう思っていることを表してる。

自分だけが楽しければいいから

自分だけが得をすればいいから

だからこそ、競技者を無視した行動が出来るのだ。

あるいは、そこに無関心でいられるのだ。

 

本音を言わせていただけば・・・・

「ふざけるな!!」である。

今年もモータースポーツが開幕して久しい。

そして、今年もSuper GTが行われるサーキットには多数のキャンギャル横断幕が掲げられている。

 

私はもう10年ほど前より、この光景を嫌悪している。

それはモータースポーツという競技に心血を注ぐ選手やチームを無視した冒涜行為と捉えるからだ。

 

このことは何度かネットにて自分の意見を配信させてもらった。

しかし、私の意見に賛同してくれる人というのは微々たるもの。

逆に、そういった光景を維持したい人からの批判は数多く寄せられる。

事実として、キャンギャルというのは日本のモータースポーツの一部なのだろう。

 

それ自体はなにも異論はない。

私自身、キャンギャルさんがいる光景というのは好きである。

いなくなれば寂しいだろう。

私が言いたいことはそういうことではない。

「選手やチームのことを第一に考えるべき」ということなのだ。

排除してほしいわけではない。

キャンギャルさんはキャンギャルさんで、一生懸命に仕事をしていらっしゃる。

寒いときも暑いときも笑顔を振りまいて我々を和ませてくれる。

そういう存在を全否定など出来るわけがない。

 

とはいえ、自分の人気を誇示するために、あるいは自分の知名度を上げるため

そのために個人の横断幕をスタンドに掲げるという行為はしてほしくはない。

ちなみに、これは以前にこの業界に関わっていた人から聞いた事だが

あのキャンギャル横断幕というのはファン主導ではなく、キャンギャル自らが作成をお願いする場合も多いそうだ。

そういう話を聞くと、更に苛立ちが増すのだ。

 

サーキットというのはモータースポーツを行う競技場である。

そしてキャンギャルはチームやスポンサーの広告塔としての仕事として存在している。

彼女たちはモデルではあるが、サーキットにいるときはそういった業務をする人たちなのだ。

しかし、現実としては本来の業務を忘れ、モデルとしての知名度を上げることに躍起になっている印象がある。

これは完全に職務怠慢と言わざるを得ない。

ましてや、彼女たちはファンより近い位置でチームに接しているのだ。

競技に対する熱意や感情をファンより近い場所で感じられるはずなのだ。

彼女たちが自分たちの人気取りのことしか見えないから、そういったものを感じられないのではないだろうか。

そうでないならば、キャンギャルの横断幕をサーキットで出す行為を喜んだりは出来ないはずである。

 

また、そういった行為に対してなにも声を上げないモータースポーツ関係者にも私は苛立ちを感じる。

確かに、レースというのは興行であり、収入がなければ成り立たない。

今や異業種とコラボレーションをする事は普通なのだろう。

それは理解しているので、そこのところは納得することは出来る。

故に、モータースポーツに興味がない人をサーキットから排除してほしいという気持ちもない。

しかし、それは何事も許していいというわけではない。

何度も言うが、サーキットはモータースポーツを行う競技場である。

決してアイドルやモデルの撮影会場ではないしライブ会場でもない。

それを主目的としているのは一部の個人であり、多くの人はモータースポーツ観戦に来場されているのだ。

チケット金額は全ての人が等しい。

結局のところ、全ての人に対して全てを満たす事を望むから現状があるのだ。

しかし、そんな事は不可能であるということを興行主は理解していただきたい。

モータースポーツのイベントである。

ならば、それを満たす事を心がけるべきだ。

キャンギャルなどを主目的にする人に対してまで全てを満たそうとする必要はない。

それは個人の我儘でしかないのだから。

これは単純に「金かプライドか」ということである。

そして現状、モータースポーツの興行主は金にプライドを売ってしまっている。

 

選手やチームに関しても同様に感じる。

もっと自分のしていることにプライドをもってほしい。

自分のやっている事というのはなにも主張を許されないものなのだろうか?

そうじゃないはずだ。

自分がプライドを持って心血を注いでいる事ならば、自信を持って発言すればいいのだ。

 

また、ファンに対しても同様のことを言いたい。

自分たちだけが楽しければそれで良いのか?

与えてもらうだけで良いのか?

確かにマシンは機械ではある。

しかし、そのマシンを走らせるために多くの人たちが努力し精進している。

選手も同様だ。

結局は人がモータースポーツを作っている。

そのことを理解しているだろうか?

理解できているのならば、キャンギャル横断幕が出ている光景に異を感じるはずだ。

自分はグラスタで見ないから関係ない、という人もいるかもしれないが。

そんなことは関係ない。

テレビ観戦だろうが関係ない。

大切なのは事実だ。

キャンギャルの横断幕はピットにむけて掲げられている。

そのピットとは、すなわちチームの基地なのだ。

モータースポーツという競技をする人たちが、競技中にそこで頑張っている場所なのだ。

その事実を忘れてはならない。

 

ちなみに、キャンギャルを擁護する声として「彼女たちもチームの一員だから」という答えをよく聞く。

それは事実ではあるが、それがキャンギャル個人の横断幕を掲げる理由にはならない。

本当にそう思うならばチームを応援する幕を掲げれば良いことである。

 

長々と書いてきたが、端的にまとめるならば

日本のモータースポーツは人から愛されていない、ということだろう。

愛される、とはどういうことか

すなわち、どれだけ心を注げるか、ということである。

好きかもしれないが、愛してはいないのである。

そのことを私は大変悲しく思う。

 

そういう意味では、キャンギャル横断幕を掲げる人のほうがよっぽどそのキャンギャルを愛しているかもしれないが。

しかし、愛しすぎて盲目になることも良くはないということをお忘れなく。

横断幕を掲げているキャンギャルさんにも言えることだが。

自分たちが主役ならば存分にやってもらって結構である。

しかし、サーキットでの主役は競技をする人たちなのだ。

自分を愛するのは構わないが、本来の役目を忘れるほど愛するのはただの傲慢でしかないのだ。

サーキットにはキャンギャルのファンばかりがいる場所ではない。

むしろそれはごく一部であることを理解してほしい。

理解出来ているのならば、そんな自分勝手な振舞いを恥ずべきことと思えるはずだ。

 

最後にもう一度言う。

サーキットはモータースポーツを行う競技場である。