いってつの適当なMotor Sports ブログ -5ページ目
本日はスカパー無料開放デー。スカパーを解約してしまった俺だが機材はそのまま設置しているので毎月第1日曜日の無料開放デーではありがたい存在だ。

モータースポーツの大概はオフシーズンで、この時期は過去レースのプレイバック放送が大半な訳だが、その中でもフジテレビNEXTで放送されている「F1レジェンド」シリーズは有名。
今年は俺がF1に最もハマっていた90年の放送らしい。本日はイギリスGPの回。

今の俺はどちらかといえば日本のレースに重きを置いていて、F1しか見ない人を快くは思っていない。
しかし、実はそんな俺自身が、元々はF1しか見ない人であった。
そもそもモータースポーツに興味を持ったのが88年のF1日本GPをテレビで見た事であったし、はじめてサーキットに行ったのも93年のF1日本GPだった。

今こうして20年前となった当時のF1を見ると、F1にハマりまくっていた当時を懐かしく感じる。
あの頃は見るだけで心がワクワクしていたものだ。

あー、レイトンハウスとかブラバムとか、懐かし過ぎる・・・!! フットワーク・カラーのアロウズとかも・・・。貧乏チームのAGSとか、オゼッラとか、地味に好きだったなー・・・。色鮮やかなベネトン・カラーも今となっては古き良き思い出になってしまったか・・・。
なんでも、中嶋大祐が今年、父親の悟氏のチームからフォーミュラニッポンに参戦するという。
今年は長男の一貴もトムスからFNに参戦するというし、「兄弟対決が見れるかも」なんて期待しているファンも多いだろう。

しかし、俺にはどうにも大祐がFNに乗る事に納得できないのだ。
そもそも大祐は過去2年間イギリスF3選手権に参戦していた訳だが、2、3度の表彰台獲得はあるものの1勝すら出来ていない。
更に言えば、3年前の全日本F3でも、勝利はおろか表彰台すら一度も上っていないのだ。

日本でレースをする事には、別にそれがマイナスだとは思わない。
だがしかし、なぜ一度もF3で勝ったこともなくコンスタントに上位入賞も出来なかった者がFNに乗る事が出来るのか全く理解ができない。

もっとも、その理由は予想できるのだけれどね。
全日本F3では、ホンダエンジン搭載のCクラス参戦チームは戸田レーシングただ1チームのみ。
そこのチームのドライバーがすでに内定していれば、ホンダのサポートを受ける大祐に走るチームはない。
ホンダ系NクラスチームであるFDRCもあるが、NクラスはいってみればF3入門用カテゴリーであり、ヨーロッパで走っていた大祐が得られるものは無いといっていいだろう。
FN側でも、集客面で「中嶋兄弟対決」という話題性が出来るという事が大きな利益と映ったのかもしれない。確かに話題が出来る事は悪いことではないが。

しかし、日本のレースファンが果たしてそこまで愚かだろうか・・・?
ろくに実績のない者が、メーカーの都合と話題性のための客寄せパンダとしてFNに参戦する事を望んでいたのだろうか・・・? 
この起用を違和感なく受け入れられるレースファンが多いのなら、厳しい言い方ではあるが日本のレースが発展する事は無いだろう。

FNは日本国内での最高峰クラスであってこそ、その存在意義がある。
それはマシンというハード面だけではなく、ドライバーの質としてもだ。
メーカーのご都合主義でドライバーが決められてしまうのでは全く意味がない。

そもそもなぜFNの人気がここまでないのかという事を考えてほしい。
それはモータースポーツのスポーツ性が全く伝わっていないという事だと思う。
市販車の外見をしているGTなら自動車好きにも多少なりに魅力は伝わるかもしれないが、フォーミュラというものは、言ってみれば「レース好きしか受け入れられないマニアックなカテゴリー」なのだ。
つまり、FNの集客こそが「本当のレース好き」の数と言える。

日本のレースが発展してほしい、もっと多くの人に興味を持って欲しい。
そう思っている人が、今回のこの起用に少なからず疑問を感じている事を祈りたいものである。
所詮はメーカーの力と親の七光り。そんな者の乗れるカテゴリーであっては欲しくないのだ、国内最高峰フォーミュラであるFNには。

もっとも、あくまで「FNでレースをしていない」現状での感想であり、案外すんなりとFNで通用してしまうのかもしれない。
しかし、それはそれで俺にはマイナスイメージにしかならないのだ。
きっとその時はこう思うだろう。
「日本国内のドライバーの実力なんてこんなものなのか」と・・・。
それはできれば考えたくない事だが、結果という事実は受け入れざるを得ないのである。
この記事を見たとき即座にブログに書こうと思ってたんだけど、まあ年が明けるまでは更新しないって決めてたので。例外を何回もやっちゃう事にも気が引けたし・・・。

なんのことかといえば、F1のチームオーダー問題。
昨年いろいろゴタゴタがあって内容を見直すという話を聞いていた。
その結果、どうやらF1におけるチームオーダーは容認となるらしい。

・・・が、しかし。
その文章たるや、なんとも曖昧な言い回しなのである。

- チームオーダーを禁止する条項(第39条1項)を削除する。チームは、F1の名誉を汚すような行動は国際競技コード第151条c および関連する条項によって処分されることを忘れてはならない。

・・・・これって、本当に容認されたことになるんだろうか・・・?
結局のところ、うまく言葉で誤魔化しただけで実はなにも変わっていないと俺は思うのだが。

そもそも俺はモータースポーツというのは個人競技であるという立場で今まで物を言ってきた。
確かにマニュファクチャーズランキングも競われてはいるものの、その注目度はドライバーズタイトル争いのほうが比較にならないくらい大きいからだ。

とはいえ、FIAが「F1はチームスポーツである」と言うならば別にそれはそれで全くもってかまわない。
現実的にこれまでもチーム内でのエース、セカンドを、視聴者である自分が勝手に決めて楽しんでいたからだ。
それが「自分の勝手な解釈」から「公式公認」となったとしたって違和感は無い。

しかし、わかりやすくするのなら、文章も明確にしていただきたいものだ。
少なくとも今回の文章ではなにが変わったのか、全くわからない。
というか、むしろ更に曖昧となった気がする。

例えば・・・。

チーム内で総合ポイント上位の者は、ポイントを下回っているチームメイトから順位を譲らる事を認められる

シーズン開始までにチームはエースドライバーをFIAに宣告する。エースドライバーはセカンドドライバーから順位を譲られる事を認められる

・・・みたいな感じなら、わかりやすくない・・・・?

・・・まあ、「そういった文章がないからこそ、チームオーダーは楽しめる」という意見もあるとは思うのだが、そのために毎回ゴタゴタが起きる事が良い事だとは俺には思えないのである。
本日より、ブログを再開します。

約3ヶ月ほど更新を止めていたわけですが、その間、このブログの方向性を考えてきました。
しかしながら、結論としては「これまでと変わらないスタンスを維持する」という事で落ち着きました。

モータースポーツ好きと言いながら、最近は批判的な記事がほとんどです。
しかし、これは「好きだからこそ、より良いコンテンツとなってもらいたい」という願いからきているモノであるという事をはじめに言っておきます。

もっとも、自分はただのいちファンに過ぎません。
ですから、ここに書いている事は自分の勝手な理想や絵空事なのです。
しかし、そこは信念を曲げてはいけないと思いました。

趣味なんていうものは、楽しければそれでいいのかもしれません。
そしてそう思う人が大半なのかもしれません。

でも、現状に満足していたら発展はあり得ません。
そういった声を挙げなければ、思いは届きません。
俺は自分の信念に従って、自分の声を挙げていきたいと思っています。

自分が必ず正しいとは思っていません。
しかし、意見が違うなら違うで、いろいろと皆さんにも考えてもらいたいのです。
そうして考える事が、いつか必ずこのスポーツのためになる日がくると俺は信じています。

このブログは今年中は更新しないつもりでいました。

モータースポーツ・ファンである自分が、最近のブログでは批判的な事しか書いていないという事に疑問を感じていたからです。

ですが、今回の事は自分としても記事にしておきたかったので、こうして書いています。

なお、今回の記事も難い内容であり、いちレースファンの想像と理想を書いているに過ぎないという事をはじめにご理解して下さい。


脇阪寿一氏が、現在の所属チームであるトムスを離脱する事を匂わせる記事をブログに投稿しました。

昨今、日本のモータースポーツ界を活性化させたいと活発に行動されている脇阪氏ですが、やはりそこにはいろいろなご苦労があるようです。

まあ大人のする事ですし、いろいろな思惑があるのは仕方ない話だと思いますし、理解してくれる人もいれば、してくれない人もいるのは当然でしょう。


しかし、そこになぜ「チーム移籍」の話が出てくるのか・・・?

モータースポーツの活性化として動く事が、どうしたらチーム移籍に結びついてくるのか・・・?

それを考えてみたのです。

・・・というか、自分の中では即座に「ある要因」が思い浮かびました。


それは「トムスがトヨタのチーム」だから。


脇阪氏が行っている行動というのは、「日本のレースを活性化させたい」という事なわけですが・・・。

しかしそれではメーカーの宣伝という意味ではマイナスとなり、更には日本のレース界の存続すら危ぶまれるという考え方が一部の人にはあるのでしょう。

特に、過去にメーカーの力で活動していた人には、脇阪氏の考えは理解し難いものなのかもしれません。

昔の人は恩義を重んじる傾向がありますからね。更にいえば環境を変える事に抵抗を感じるのも昔の人のほうが多いでしょうね。


そういった事が、脇阪氏の行動に大きな壁となって立ち塞がっているというのが現状なのでしょう。

そして自らがメーカーチームに所属しているという矛盾も感じているのかもしれませんね。

正式発表はまだどこからも出てきていないので、脇阪氏のチーム移籍が本当なのかはまだわかりませんし、脇阪氏の今回のブログにも詳細は語られていないので、どういう経緯でそうなったのか、チーム(メーカー)側から言い出したのか、脇阪氏から言い出したのかもわかりません。

しかしどちらにせよ、移籍が現実となった場合は、その事が大きな理由だと想像します。


移籍となった場合、おそらくはメーカーの息がかからないチームへと行く事になるでしょう。

正直、GT500クラスチームへの移籍はないでしょうね。500はすべてのチームがメーカーと繋がっているのですから。

もしも500チームへ移籍するとするならば、そのメーカーは脇阪氏の考えを全面的に支持するといういう意思表明をしたも同然だと言えると思います。



ここからは俺の思う理想。


「日本のレースはメーカーに支配されている」というのが俺の考えである事は、このブログを読んでいただいている方には知ってもらっていると思います。

メーカーの宣伝のためにレースがあり、メーカーの車を走らせるためにチームがあり、そのメーカーの車を運転するのはそのメーカーの息がかかったドライバー達・・・。

この状態を「支配」と言わずしてなんと呼ぶのでしょうか?

そう、すべては「メーカーが車を売るための宣伝」なのです。

チームもドライバーも、すべてがメーカーの雇われみたいなものなの。

もっとも、本人達はそんな事は思っていないとは思いますが、よく考えればそれは事実であると認めざるを得ないのではないでしょうか。


レース界を活性化させるためには、「メーカー依存からの脱却」が最重要です。

それは今までの考えを180度変えることですが、それをしない限りはいつまでもレースは「マニアの集まり」からは抜け出せません。「モータースポーツ」という言葉が一般に理解される事はないと断言できます。


といっても、メーカーがいなければレースはできないのも事実なのです。

勘違いしないでいただきたいのは「メーカーからの脱却」というのが「メーカーを追い出す」という意味ではないという事。

つまり、「レース」にメーカーが「協力する」という形が理想だと思うのです。


もちろんメーカーもビジネスですから、利益に結びつかない事に協力はしないでしょうね。

「車が売るためにレースをやっている」わけであり、その出資に見合わないから規模や予算が減っていくというのが現状です。

しかし、逆の考え方もできるのではないでしょうか。

レースが盛り上がる事でその車に憧れ、その車を購入したいと考える。

もちろん高額なスーパーカーは庶民に買える代物ではありませんが、モータースポーツが活気づけば走る楽しさに興味を持ってくれる人も増え、その結果ライトウエイトスポーツ車も売れるようになるのではないでしょうか。

正直、モータースポーツというものは資金的に誰でも手が出せるというものではありません。ファンを増やすいちばんの要素は「憧れ」です。メーカーは、その憧れである道具を用意する、それだけでいいのではないでしょうか。


そしてレースを主催するものは、メーカーの力を借りる事なく運営する事を心がけるべきです。

メーカーの車を走らせたいからレースを開催するのでしょうか?違いますよね。

モータースポーツにメーカーは関係ありません。その競技を運営するものとして、参加するメーカーを牽引するリーダーシップが著しく欠けているのです。


そして、メーカー主導のスカラシップ制度は廃止するべきです。

といっても、スカラシップを無くせと言っているわけではありません。

日本のレース界を考えたスカラシップ制度を導入してほしいのです。

メーカー主導のスカラシップでは、それ以降はそのメーカー系列のチームしか所属ができなくなる。これは選手にとっては金と引き換えに活躍の場を限定される事になります。


スカラシップとは別の話になりますが、今年のFNで松田次生がシートを得られませんでした。

彼は日産系のチームに所属していますが、そのチームで他のドライバーを走らせる事になりシートを得られなくなってしまいました。他のチームで走りたくても、メーカーの息がかかった選手で他チームのシートは埋まってしまい、レースに出場する事が出来なくなってしまった。しかし、ファンは松田が走れない事を望んでいたでしょうか・・・?

移籍の間口を広げる事はスポーツ選手として不可欠な事だし、そのスポーツにおいても重要なことだと考えます。スポーツ選手がメーカーのお抱えでは、やはりスポーツとしての魅力は薄れてしまうと思うのです。


そしてなにより、モータースポーツは「スポーツ」なのだという事をなによりもいちばん大きくアピールする事が大切なのだと思います。

そのためにも、レース以外の場所ではメーカーが団結して、そのスポーツを活性化させようという姿勢が大切だと思うのです。


最後に言っておきます。

俺はメーカーの作った車が好きなのではありません。

メーカーのお抱え運転手が好きなわけでもありません。

ただ純粋に、競い合いをする姿が好きなのです。

実は、ほんと最近までこの事実を知らなかった。

全日本ロードレース選手権、第5戦の岡山ラウンドではJ-GP2クラスが開催されないのだ!!


主催者であるMFJからは、その理由は発表されてはいない、と思う。

参加エントラントには詳しい説明があったのかもしれないが、観る者に対しては、なぜ岡山でJ-GP2クラスが開催されないのか、という理由は明らかにされてはいないはずだ。


そうなると、ついつい自分で考えてみたくなってしまうもの・・・。

少なくとも、俺はそんな性格の持ち主である。

そんなわけで、いくつか理由を考えてみたのだが・・・・。


ピットや施設の問題ではなかろう。昨年あったGP250が無くなってJ-GP2ができたわけだから、施設的には問題ないはずだ。

サーキットの安全性のためとも考えられない。だいたい、そんな問題があるなら、岡山で全日本選手権なんて行われるわけがない。また、出走台数が多すぎるという理由でもなかろう。岡山より狭い筑波で混走させているわけで、岡山でそれができないとも考えにくい。


・・・となると、素人の予想では、考えられる理由はひとつしかなくなる。

JSB以外は全6戦で争われるから、という理由しか思い浮かばないのだ。

2&4鈴鹿でJ-GP2を走らせたため、そのしわ寄せが岡山に廻ってきたという事。


岡山でJ-GP2クラスが開催されないことは、シーズン前からの決定事項だったようなのだが、どうにも俺には納得がいかない。


2&4のときのブログで書いたのだが、俺は、JSBしか出られないはずの2&4鈴鹿にJ-GP2が出走できた事に非常に疑問を持った。しかし、その時は岡山でJ-GP2が開催されない事を知らなかったので、混走させる事に対しての疑問を持っただけだった。

岡山でJ-GP2が開催されないという事を知って、鈴鹿2&4でJ-GP2を混走させた事に対して、ますます疑問になってくる。


年間6戦ということが大前提で、それで鈴鹿の2戦でJ-GP2を走らせる事にしたというなら、それはファンを全く無視した行為であると言わざるを得ない。

同じサーキットで、鈴鹿以外のサーキットでは1年に1度しか全日本選手権は開催されないのである。当然、岡山も年に1度きり。確かに、年間でいろんなサーキットに観戦へ出掛けるファンも多いだろう。しかし、そのサーキットにしか観に来ない、観に来れないファンも間違いなくいるはずなのだ。その年に1度しか開催されないサーキットで、今年から発足したJ-GP2を走らせないとは、どういう了見なんだろうか?


2&4で俺がJ-GP2を混走させた事に疑問を持ったのは、そもそもJ-GP2が単独で開催する事を前提にしたクラスだと思ったからだ。

「エントリー台数が少ない場合は、単独開催かJSBとの混走を選択できる」という規則となっているはずで、J-GP2はすべてにおいてJSBと混走する、とはなっていないはずだ。

たまたま台数が少なかったから筑波ではJSBとの混走になっただけ。J-GP2は年6戦と決まっていたならば、JSB以外は走らない鈴鹿2&4で、J-GP2を混走させる必要など全くないのではないか?それでなくても、鈴鹿では最終戦として全クラスが行われるわけであり (それまでにポイントを獲得した選手しか出られないが) 再びレースが見られるわけである。


まあ、別にJ-GP2はすべてのレースでJSBと混走する、ということになっていたとしてもそれはそれでいいのだが、それならば、当然J-GP2もJSBと同じく全7戦で争わせるべきなのではないだろうか?それが出来ない理由でもあるのだろうか?JSBは最高峰だからという、そんな理由なんだろうか・・・・? 


まあ、俺の予想は事情を全く知らない人間の妄想でしかないかもしれないが、いずれにせよ、岡山でJ-GP2を走らせない事は、岡山でしかレース観戦できないファンを馬鹿にしている行為だと俺は思うのである。

先週、富士スピードウェイで行われる予定だったGTレースの第7戦。

しかしながら、レースウィークにサーキット周辺が豪雨に襲われ、サーキット含め周辺地域に大きな被害が及ぼされてしまい、レースは中止となってしまった。


中止に関しては、適切な判断であろう。あの状況で強行開催をしたならば、大混乱を招くのは火を見るより明らかであり、それはモータースポーツにとっても大きなイメージダウンとなってしまう。もちろん運営団体としても行いたい気持ちはあっただろうが、よく決断してくれたと思う。


そして、選手の方々が自主的に動き、チャリティ・イベントが開催される事となったわけなのだが.。

その動きはあれよあれよと言う間に大きくなり、最終的には20名近い選手が集うイベントとなって日曜日に開催されたのである。

また、日産は日産で、パブリックビューイングを予定していた会場にドライバーや監督を集め、同じくチャリティ・イベントとして開催する事となった。


GTレースに関しては、いつも不平不満をブログに書いているが、さすがに今回の件に関しては素直に賞賛したいと思う。

こういう行いはファンとしても嬉しいものだし、なにより「ファンを大切にしようとしてくれている」という姿勢がはっきりとわかるからだ。そりゃもちろん、被害にあった小山町に寄付を募るというのも大きな目的のひとつではあっただろうが、元々はレースを楽しみにしていたファンに楽しんでもらう事が先にあったと俺は思っている。


中には「なんでいつも関東ばかり・・・」といった不満もあったようだが、今回は関東圏のサーキットで行われる予定だったレースが中止された訳だから、関東で行うのが当然であったと俺は思っている。


参加する選手が増えることで、会場のキャパシティは大丈夫かな、と心配していたのだが、「行ったのに入れなかった」なんて声も聞かないので、おそらくは大丈夫だったのだろう。


試合が中止になったことで、その試合会場で代わりのイベントが行われる事は少なくない。

しかし、今回はその試合会場へ行くことも出来ず、まったく離れた場所で企画されたイベントである。普通なら代替イベントなんて企画される事がなくて当然な気がする。


それを「レースを楽しみにしていたファンのために」とイベントを自主的に企画してくれた選手達は、存続ファンを大切にしてくれる素晴らしい選手達である。レースが中止になってしまった事は残念だが、ファンにとっては、レース以上に感動的な週末になったのかもしれない。

・・・正直、今でもなにを書いていいのか、まったくわからない。

しかし、なにか書かないければいけないと思い、この記事を書いている。


富沢祥也選手が、昨日行われたMoto2サンマリノGP決勝中の事故で亡くなった。とても悔しく、とても悲しい。


しかし、これがバイクレースであり、モータースポーツであるのは、まぎれもない事実なのだ。

危険なのは、やっている人も、そして観ている人も、きっと理解はしているのだろうと思う。

現実はちゃんと受け止めなければならない。

それでもレースは続いていくのだから・・・。

だから俺は、俺のできることをするだけだ。


俺に出来ること。

それはこの先もレースを見続けること、そして、レース界に興味を持ってもらえるように、自分なりの言葉で発信し続ける事。


富沢選手の死は、テレビニュースでも報道された。

扱いは小さかったかもしれないが、一般紙でも載った。

でも、俺はその事を快くは思わない。

それは「富沢選手が亡くなった事を伝えるだけのもの」だからだ。


彼が今年の開幕戦で勝ったとき、どれだけの新聞がそれを伝えただろうか?

ほとんど伝えなかったはずだ。

それなのに、事故で亡くなった時には「これみよがし」に報道する。

レースで人が亡くなると、いつもそうだ。


あのね。

亡くなってから有名になったって、意味なんてないんだよ。

死ぬためにレースをしているんじゃないんだ。

死んでから「この人はこんな凄い人でした」なんて言われたって、もうその人を観ることはできないんだから。

ただ「レースは危険なもの」という印象を強めるだけ。そんなの、亡くなった選手に対して最大の冒涜だと思う。

そんな報道など、俺は見たくもない。


ブログなどにはたくさんの「ご冥福を・・・」の文字。

その気持ちに偽りはないと思うけれど、その中のどれだけの人が彼の走りを見ていたのか・・・?

・・・いや、追悼する気持ちに大小などはない。それはわかってる。


でも、本当にそう思っていて、なおかつバイクレースを見た事がない人がいるならば・・・・。そして、報道する人にも、一度、バイクレースに目を向けてほしいと思うのだ。「人が亡くなったから」ではなく、戦っている選手のことを見てもらいたいのだ。


そうすることが、亡くなった選手への、なによりの追悼だと俺は思っている。

そして、その選手のことを忘れないこと、かな・・・・。

前回の記事を書いた後も、チームオーダーの件でいろいろと考え続けていた。

正直、相当にややこしい問題である。


で、いろいろと考えているうちに、ふと思ったのだ。

「チームオーダー」と「チームプレイ」は別モノではないのか?


今回のF1ドイツGPで起こった事は「チームオーダー」だ。

要するに順位を意図的に入れ替えて、優遇したい選手を前に行かせた。

これを「チームオーダー」という。


では、あらかじめ優遇したい選手が決まっていたとして・・・。

優遇したい選手を前に出し、サポート役の選手は後続を抑える。

これは「チームプレイ」である。


なにが違うかといえば・・・・

「戦っているか、戦っていないか」ということだ。

チームオーダーが批判されるのは、戦わずして順位を操作するからである。

チームプレイは、エースは勝ちを目指す事で戦っていると思われ、抑えるほうは後続車と文字通り「バトル」していると見られる。だからはじめから役割が決まっていたとしても「アンフェア」とは見なされず、むしろ「チームとして戦っている」と思われるわけだ。


「チームオーダー」と「チームプレイ」を一緒だと考えているからややこしくなるわけで、自分なりの定義が見つかれば案外納得できるものである。(もっとも、それは自己満足でしかないが)


それでは、ひとつ質問をしよう。

2008年シンガポールGPにおける「シンガポール・ゲート事件」はご存知の方も多いと思う。ルノーのネルソン・ピケJrにわざとクラッシュをさせ、アロンソの作戦を優位にしたというものだ。

この件は「チームオーダー」なのか「チームプレイ」なのか?


俺の答えは「あれはチーム・プレイ」である。

なぜなら、はじめから役割が決まっていて、なおかつアロンソはそれ以降も後続と戦っていたからだ。

更に言えば、ピケJrがその後解雇され、あれがわざとであると自ら語らなければ、おそらくは誰も仕組まれていた事だとは考えなかっただろう。しかし、クラッシュさせるというやり方があまりにも卑劣すぎた。

結局あれは「やり過ぎたチームプレイ」だったと考えるべきで、「チームオーダー」とは違うと思うのだ。


ただ、ひとつ。

チームプレイは、チームオーダーがあってこそ発動されるものである。

オーダーとは、すなわち「役割」なのだから。そして役割を与えることが悪いわけではない。

つまり、「チームオーダー」と「チームプレイ」は本来、同じ意味だということだ。


俺は思うのだが、今回のケースを「チームオーダー」という呼び方でひとくくりにしてしまっている事が話をややこしくしている原因だと思う。「不正な順位操作」などと、別の呼び方をするべきではないだろうか?


今回の件は、レースが始まったときに役割は決められていなかったはずだ。つまり「オーダーはなかった」はずなのだ。それがレースの展開上、ポイント獲得数が少ないほうが1位で、多いほうが2位だった。だからポイントの多いほうが、より多くポイントが獲得できるように順位操作をしたということなのである。


更に言うと・・・

「チームオーダー(順位操作)は悪」で、「チームプレイは善」と選択肢がふたつだけになっている人が多いのではないだろうか?

しかし、それは違うのである。

「チームプレイにも、チームオーダーにもそれぞれ善悪ふたとおり、合計4つの選択肢がある」のだ。


チームプレイの善は、あらかじめ役割を決めておき、エースが勝てるようにそれぞれの役割をこなす事。

チームプレイの悪は、レースを優位に進めるために行われた事だが、スポーツマンシップ、果ては人道的に間違っている行為だ。

そして、順位操作の悪は、今回のような「順位を意図的に変える事」を指す。


では、「順位操作の善」とはなんなのか?

簡単な事で、「抜けるのにわざと抜かない」事だ。このことを「チームオーダー(順位操作)だ」と言う人はそういないだろうし、言ったところで順位は変えていないのだから、ペナルティーなんて出せるはずもない。とはいえ、これも立派な順位操作ということに違いはないはずだ。


・・・さて、この記事を読んで、あなたの感想はどうだろうか。

俺なりに考えて書いてはみたが、人を納得させる自信は正直なところ、あまりなかったりする・・・。

そもそも「順位操作してなにが悪い」という考えの人には、今回の記事は全く的外れに見えてしまうのかもしれないが、それはそれでいいと思う。


しかし、俺はあえて言わせていただきたい。

「わからないようにしてやるからこそ面白い」のだと。

また、それが出来るからこそプロなのではないか?

おそらく、モータースポーツに興味がある人なら、ほとんどの人は「チームオーダー(順位操作)禁止なんてありえない、影でコソコソと絶対にやってるに決まってる」と思っているはずだ。

でも、わからないからこそ面白いし、楽しいのである。

F1ドイツGPで起こった「フェラーリ・チームオーダー事件」について熱く語っているブロガーさんがいまして、その記事を見て、「んじゃ、いっちょ俺も記事を書いてみるか」と思った次第。


ドイツGPでの件は説明しなくてもわかる人がほとんどだろう。

先頭を走っていた、フェラーリのフェリペ・マッサに対して意味深(というかあからさま)な無線が飛び、その直後にマッサはペースダウン。2位だった同じくフェラーリのフェルナンド・アロンソに抜かれる(抜かせる)こととなる。

そのまま、アロンソ - マッサ の順位でレースは終了したのだが、今のF1では意図的な順位操作(チームオーダー)は規則として禁止されており、結果としてフェラーリは100万ドルの罰金を科せられ、さらに9月に行われる評議会にて、該当ポイント剥奪などの追加処分が科せられるのではないかと言われている。


さて、そもそもなぜ「チームオーダー」というものがあるのか?

当たり前の話だが、1チームで複数の車を走らせているからである。

1チーム1台ならチームオーダーなどは必要ない。


それでは、1チームで複数の車を走らせているF1やその他のモータースポーツが「チーム・スポーツ」なのかと聞かれると、正直なところ俺には「YES」と答えづらい。

というか、基準が曖昧すぎて境界線を作るのが難しいのだ。

だから俺の答えは「わからない」である。


「チームスポーツ」とはなんだろうか。

思ったものを箇条書きしてみよう。


◎ 特定のエースを決めて、常にそのエースに優先権を与えられ、サポートはサポートに徹する。

◎ そのときの状況によって、後ろにいる者は前にいる者のサポートをする。

◎ 前にいる者を優位にするために、後ろにいる者は後続を抑える。


・・・こんなところだろうか。

片方が犠牲になり、片方が優位にレースを展開すること。これがモータースポーツでの「チームプレイ」であり「チームオーダー」なわけだ。

別に問題ないし、チームオーダー禁止なんて非常にバカげてる、と思う人も多いかもしれない。


それではなぜチームオーダーは規則として禁止されることとなったのか?

それは、見ている者にとって、わざと順位を操作することはフェアではないとされたからである。

わざと順位を変える事は、見ている者としても興ざめするシーンであることは間違いない。


しかし、自転車のロードレースなどは、チームがひとりのエースを勝たせるために他のチームメイトはアシスト役となるという。エース役の選手の前に立って風除けになったり、ペースメーカーとなったりもするようだ。そうやってエース選手はアシスト選手にゴールする直前まで「守られている」のが常らしい。

しかし、そのことを「順位操作だ」というファンはいないに等しいらしいのだ。

自転車ロードレースでは受け入れられているのに、モータースポーツで受け入れられないのはなぜなのだろうか・・・?


考えてみて出した結論は・・・。

「人はなにをするか」という違いである。


◎ 自転車は人力で動かし、体全体が風の抵抗を受ける。

◎ 自動車はエンジンで動かし、体が風の抵抗を受ける率は少ない。


つまり、「人がやっている」自転車では受け入れられて、「車が走っている」自動車では受け入れられないという事だと思うのだ。

人がやっているから「いろんな事」も起きるし、悪く言えば誤魔化しも利く。ペースが落ちたところで「スタミナが切れた」と想像する人も多いだろうし。

しかし、自動車レースは機械が走るわけで、そこのところはやはり誤魔化しにくいのだろう。無線やテレメトリーなんてあるもんだから尚更である。

更に言うなら、自転車ロードレースの1チームと、モータースポーツの1チームでは人数に違いがありすぎるというのも要員なのかもしれない。たかだか2人やそこらでは「チームスポーツ」だと言っても理解できない人は多いのではなかろうか。


で、結局のところ、「チームオーダー」は、やってる当事者(エース扱いされている者)にしか利を得ないわけであり、世間的にはどう思われているかはわからないが、チームオーダーの規則的禁止というのは正解だと思う。

ルール違反を犯したフェラーリに対しては、やはり罰金だけでなく、ドイツGPでのポイントを剥奪して「失格扱い」とするべきだ。ルールはルール。そこは曖昧にしてはならない。