8耐が終わって1週間が過ぎた。
名古屋は、あの日と同じように、今日も激しい雨が降っては止み、降っては止み・・・・。
7月26日、午前11時30分。
第32回鈴鹿8時間耐久ロードレースはスタートした。
雨は降っていない。
僕は1、2コーナーのスタンド席からスタートを見守った。
58台のマシンが全車無事に1、2コーナーを抜け、ダンロップの先に消えていった。
ホッと安堵。
今年の8耐は3強の争いであろうことは誰もが思っていたことだと思う。
TSR、ハルク、ヨシムラの争い。
しかし、それは「なにもなかったら」の話だ。8時間は長い。その間になにかトラブルが起きる可能性だって十分に考えられる。
そんなことを僕はよく考えていた。強いものにしか話題があがらないことへの反発という意味も込めて。
ただ、決してそうなることを願っていたわけでもなかった。
その瞬間はあまりにも早く訪れることとなる。
2周目のS字で秋吉耕佑選手が、まさかの転倒・・・!!
鈴鹿は騒然となる。
これまで磐石だったTSR。
8耐ウィーク、いや、その前の鈴鹿300kmから速さを見せつけていた。
まさか、わずか開始2周でTSRが大きく遅れることになろうとは、誰が想像したであろう・・・・。
再スタートをした秋吉選手だったが、マシンは破損している。ピットに入って修復しなければならない。
壊れたマシンではレーシングスピードで走ることもままならない・・・。
ピットロードまで戻ったところで再び転倒するも、なんとかピットまで辿り着く。
ビジョンに映っていた秋吉選手は、どことなく呆然としているとうに見えた。
修復のためにピット内に入れられるマシン。
それはTSRが優勝争いから完全に脱落することを示していた・・・。
TSRが脱落した。これでハルクとヨシムラの一騎打ちになる・・・はずだった。
しかし、1時間も経たないうちに、第2の衝撃はやってきた。
ハルクの山口辰也選手が2輪専用シケインで転倒・・・!!
再び騒然となる鈴鹿。
周回遅れのマシンが目の前で転倒、それに山口選手が巻き込まれた。
マシンは飛び弾み、スポンジバリアの上を飛び越えるように見えた。マシンの損傷具合はスリップダウンで転倒したTSRよりも遥かに酷いであろうことは想像するまでもなかった・・・。
しかし、何周か経過したのち、山口選手はボロボロになったマシンで再スタートをする。
もちろんピットに入って修復しなければならない。優勝はTSRと同様に絶望的だ。
しかし、あれだけの衝撃でマシンが走行できること自体が奇跡だとしか僕には思えなかった。
スプリントレースなら間違いなくその場でリタイヤだろう。しかし8耐は違う。
なにがそうさせるのか。
それは「8耐という名前の重みと、そこに出場できる誇り」なのだと僕は思う。
ただ参加するだけでは意味がない。走りたい。そのために、どんなに傷ついても前に進みたい・・・。
そう思わせるだけの重みが「8耐」という名前にあって、それだけの価値があるからだと思う。
そして、そう思うのはトップチームもプライベーターも変わらない。
8耐の観客動員が落ち込んでいるのもそこだと思う。
確かにワークスがいれば、世界で走るライダーが数多くいればそれは話題になるだろう。
しかし、いちばん大事なことは「8耐」という名前の重さと伝統を感じることなのではないだろうか。
8耐という名前に憧れ、8耐という名前に伝統と誇りを持ってほしい。
そういうことをもっとアピールしてほしい。
参加する人も、見る人も、メーカーも、すべての人が・・・・。
それができてはじめて「文化」が生まれるのではないだろうか。
TSR、ハルクが脱落し、ヨシムラがレースをリードする。
3強の争いだと思われたレースは1時間を経過せずに大波乱となった。
しかし、鈴鹿を訪れた人の中で、「これでつまらなくなった」と思った人はどのくらいいるのだろう。
中にはいたかもしれない。しかし、それはごくわずかだと思う。
プライベーターが頑張る姿に心躍らせる人はきっと多かったに違いない。
これまでとは違う8耐。
くしくも、第32回大会は「8耐の文化を育てる原点」となる大会と記憶されるかもしれない。
そうなってほしいと思うのは僕の願望だ。
レース開始1時間が過ぎ、1回目のルーティーンで各車がピットに入る。
ガス補給をして再びコースへ。
カワサキ陣営のBEETレーシング、第2巣スティント担当は苅田庄平選手。
僕が苅田選手を応援していることは今さら言うまでもないだろう。
昨年度で全日本ライダーを引退して今年からカワサキの市販車開発テストライダーとなった苅田選手。
昨年の全日本鈴鹿で会ったときに引退を聞かされ残念に思ったのだが、「そのうちどこかでスポット参戦できるかも」ということを言っていたので、きっとまたいつかその走りが見れる日も来るだろうとその日を待ち望んでいた。
カワサキにはチーム38という社内チームがある。入社1年目からライダーとしては出場できないだろうが、きっといつかまた苅田さんの雄姿が見れることを楽しみにしていたのだ。
そんな苅田さんが今年、BEETレーシングで走ることになった。
鈴鹿300kmで今井伸一郎選手が転倒負傷してしまい、その代役として苅田選手に白羽の矢が立ったのだ。
昨年のラスト2戦、鈴鹿と岡山での好成績、そしてカワサキ本社勤務で関西に住まいを移していたことが今回の代役起用に繋がったのでは、と勝手に推測している。
とにかく、今年の8耐で苅田選手の走りが見れたことは僕にとっては最大の喜びだった。
ただ、残念ながらその後の雨の影響でライディングの順番に変更が生じたのか、苅田選手の走りを見れたのはこのスティントだけだったと思う。
第2スティントの途中からは雨が降り出し難しいコンディションとなった。苅田選手はいくつか順位を落としたようだが慎重にマシンを運び、無傷で次の長谷川克憲選手へとマシンを託した。
また近い将来、苅田さんの走りを8耐で見る日が来ればいいな、と思う。
さて、TSRはマシンの修復を終え、コースに復帰していた。復帰したときは伊藤真一選手がライディング。復帰したとき、鈴鹿の観衆は拍手で懸命に修復作業をしたTSRスタッフを称えた。
そしてここから、TSRの怒涛のごとく走りが展開されることとなる。
その走りを僕が体感することになったのは2時間を経過した後。伊藤真一選手から再び秋吉耕佑選手にライダーチェンジをした後だった。
降りだした雨は少しずつ強さを増していた。
TSRはどうやら先ほどのルーティーンでタイヤをウェットにしたらしい。
少しずつ濡れていくレーストラック。先頭を走っているヨシムラの徳留和樹選手のタイヤはスリック。当然慎重になりペースを落とさざるを得ない。
そんな中で猛烈な勢いでやってくる青いマシン。TSRの秋吉選手だ。
S字でヨシムラをかわし1ラップ戻したのだが、その追い抜きは鬼神に溢れていたと言ってもいい。
完全にリアタイヤはスライドしていたように思う。極端な話だが、接触する!!と思ってしまうくらい・・・。
タイヤがスリックとウェットで違うとはいえ、濡れた路面をあそこまで寝かせ、スライドしながら豪快にかわしていくその姿といったら・・・。
今大会中、僕が最もシビれた場面だった。
ピエール北川氏も実況でいっていた。
『秋吉ぃー、その先、降ってるぞぉーーーーー!!』と・・・・・。
雨の中、勢いを見せつけるライダーがもうひとり。
トリック☆スターの武石伸也選手だ。
今年、井筒仁康、武石伸也、鶴田竜二といったドリームチームとして8耐に参戦したトリック☆スター。当然、カワサキ陣営の大将格としてカワサキファンの期待を背負っていた。
その走りは申し分なく、上位を走行。 2度目のルーティーンではスタートライダーの武石選手へ再度チェンジ。鶴田選手はどうやら決勝では監督に専念するようだ。
落ちてくる雨、濡れるコース。
そんな中を武石選手は豪快に走り抜け、前との差を詰めていく。
そしてデグナーで前走車のプロト、そして桜井ホンダをかわしていくのだ。
桜井ホンダの亀谷長純選手をかわしていくとき、武石選手は亀谷選手に手を振りながらかわしていった。
ピエール氏はこれを余裕の表れと思ったらしくその映像を見て「ごつぁんでーす」と言った。
それはそれで面白いのだが、事の真相は違っていたらしい。
武石選手自身がブログで書いていたことなのだが、あれは、亀谷選手への激励の意味を込めたものだった。
亀谷選手はレースウィーク中に転倒して腕を負傷、痛み止めを打っての出場だったらしい。
そんな亀谷選手に、武石選手は「つらいけど頑張ろうぜ」という意味を込めて手を振ったのだという。
そんな話を聞くと、ちょっと感動してしまう・・・・。
そんな感じの開始3時間。
そして、いよいよこの後、第32回大会は前代未聞の展開へと突き進むこととなるのだ・・・。
ということで、今回はここまで♪




































































