職人による手作りが注文に追い付かないほどの、衝撃と畏怖をもって語られる

幻の存在、そして世界一の名機。

しかし数十年の歳月は、そんな世界一の名機に老いを与え力を衰えさせる・・・。

 

1967年発売でそこから10年近く、手作りによる生産で細々と作られていたようだ。

それでも大変人気があり、度々注文に対して生産が追い付かなくなり受注停止することが

何回かあったようだ。

(1971年の広告には、下位機種のESS-4Aと合わせても月産約10台とされている)

 

1本18万円という大変高額ながらもそれほどの人気になっていたとは思わなかった。

ちなみに1975年になると価格は一気に1本28万円と値上がりした。

令和2年の物価指数を参考に計算すると、2本1ペアで100万を超えることになる。

 

スピーカーは楽器ではない、そうはっきり言い切れる高忠実度スピーカーといえども

50年以上の歳月は、この名機にもはっきりと音質劣化という形ではっきりと表れていた。

 

購入前から修理・レストアについてアドバイスを頂いていた、とある方に依頼し、

まずは音質劣化の大きな原因であり、避けて通れない振動膜に印加するバイアス電圧を

発生させる、高圧回路ユニットの修理から依頼することとなった。

 

2020年2月のことであった。

時間を巻き戻すための、長く辛い戦いの日々が始まった。

 

まずは力の源、高圧回路を修理するべく手を加える。

高圧回路ユニットは、クロスオーバーネットワークの収まっている黒いボックスと共に、木の板で蓋がされている。

左右2箇所ずつ、マイナスネジを取り外すことでスムーズに外れるはずだったが、長年にわたり放置されていたのが

災いし、苦戦した。

この銀色の箱に、世界一の能力を発揮する心臓が宿る。

 

様々な配線と共に、ロウ漬けにされた心臓部が見える。

左右の高圧回路ユニットのうち、写真にある側は一度誰かの手によって修理が施されていた。

しかしそれでも劣化が進み、規定値通りの高電圧を出力することができなくなっていた。

配線を切断し取り外される高圧回路。

 

写真にはないが、この後蓋となる木の板を加工し、独立したスピーカー端子を取り付けた。

ところが配線を事前に教えてもらっていたにもかかわらず、自分でも不可解な行動をしてしまい、

オーレックスの貴重なパワーアンプを道ずれに破壊してしまった。

配線の間違いに気づき、今では問題ないのだが未だにオーレックスのSS-F90の嫉妬からくる呪いだと思っている。

十年以上可愛がられ絶対女王の座にあったのが、あっさり引きずりおろされたことに腹を立てていることだろう。

旅立っていく高圧回路ユニット(1ペア分)

 

高圧回路ユニット取付直後にセッティングし、音出し直前の1枚。

この後、直前に行った謎の誤配線により、オーレックスのパワーアンプは破壊されることとなり、長らくパワーアンプに不満が残る。

 

こうしてトラブルが発生しながら、とりあえず稼働状態に入ったスタックスのESS-6Aだったがまたしても大問題が発生する。

スピーカーに低音が強く入った瞬間、音量にもよるがアンプの保護回路(オーバーロード警告)が働いてしまい使い物にならない。

業務用パワーアンプでさえも悲鳴を上げる状況で、上の写真の左側のウーハーユニット6枚がとにかく音量が小さいのだ。

そして全体的に眠気を感じさせるような、ピンボケした音質でしっくりこない。

それはオーレックスのパワーアンプを壊れたSC-Λ99から急遽知人に修理をしてもらったSC-88に交換しても変わらなかった。

 

困り果てて最初にスタックスの修理をしていただいた方に相談しながら自分なりに考えてみると、ウーハーユニットの劣化が問題の可能性が出てきたことと、音質の劣化がどうしても気になることから当初から予定していた「全スピーカーユニットのオーバーホール作業」を決断することとなった。

総額で20万円を超える大出費ではあるが(貧乏な自分の中で)、これで「音の向こう側」へ行けることを信じた。

 

2020年9月20日のことである。

手伝いもなく、孤独な戦いは始まった。

劣化が著しい、ウーハーユニット6枚の取り外しが始まった。

まず見ることのない、世界一のスピーカーの核心に迫る。

丁寧な手配線、そして整然としたユニット配置。抑えの木の板はユニット修理後に廃棄した。

 

まずはウーハーユニット6枚が新品同様になり、構造変更に伴いユニットの抑えの木の板をホームセンターで新造して取り付ける。

効果は抜群なり、まるで別物である。

そうすると、残りのスピーカーユニットの劣化がますます目立つようになってきた。

それでもこれまでのダイナミック型スピーカーなぞ、敵無しといった恐ろしくハイレベルな性能を見せつけてくる。

完璧な状態になったらどうなるのか、期待が膨らむ一方で修理代をすぐに工面することができなかった。

結局、コロナ禍でモチベーションの下がった写真趣味の縮小を決断し、カメラ機材をまとめて処分することで修理費用を捻出した。

 

2021年4月17日、後戻りできない最後の戦いが始まった。

前回のウーハーユニット6枚の取付時に手伝ってくれた友人と、一緒に。

事前に打ち合わせを行い、手際よくスピーカーユニットを取り外していく。

ほとんど何もなくなったスピーカーシステムは、しばしの間眠りについた。

 

 

2021年6月20日、ついにすべてのスピーカーユニットの取付を開始する。

知人と二人で数日間かけて左、そして右側と取り付けていった。

スピーカーユニットの構造に予告なしの変更があり、ユニットを抑える木の板を調達しなおすなどここでも、トラブルに見舞われる。

 

 

 

それでもあきらめずに作業を続け、ついに完成したのは6月29日のことだった。

 

 

それでもトラブルは続く、右側のスピーカーユニットを一気にオーバーホール作業に出したのは良いが、左側と比べて低音が弱い。

またスピーカーユニットによって音量にばらつきがでてしまっていた。

これについては、鳴らし続けることで時間と共に改善されたこと、視聴位置では問題ないことからそのままにした。

現在では左右の音量差は見事に解消され、見た目からは想像できないシャープな音像を結んでいる。

またクラシック、ジャズのような生楽器による演奏は、筆舌しがたいリアリティーを持って心に音楽の神髄を訴えかける。

どんな音楽に対しても、嫌な響きを出すことは一切ない。

弱点があるとすれば、構造上大音量には向いていないということだけであり、これは常識的な音量では何の問題もない。

 

こうして、世界一のスピーカーシステムである

スタックスESS-6Aは美しく生まれ変わった。

 

 

内振りの最適な角度が与えられ、真価を発揮した直後の1コマ。

 

休日は感染対策を行いながらの試聴スケジュールでいっぱいになる。

誰もが驚愕し、称賛し、感動し、心が満たされて帰っていった。

その中で、内振りに角度をつけてくれた一人のスペシャリストのおかげで、

より真価を発揮することとなり、自分が追い求めてきたサウンドコンセプトを体現するオーディオシステムがここに完成した。

 

あらゆる音楽を、最高の音質で。

夢は必ず叶う、イトケンサウンド。