母親は2019年にアルツハイマー型認知症と診断され、はや4年が経つ。コロナ禍を乗り越えるも、少しずつ悪化している。認知機能の衰えもさることながら、身体機能の衰えはさらに早い。歩行がおぼつかなくなり、転倒を繰り返して今は自宅で寝た切り状態である。「ありがとうね」としみじみと感謝を語るときもある。
けれども毎日の実態はしみじみどころか、人格が変貌し、喚声と暴言にあふれた振る舞い。褥瘡治療では「痛〜い!痛〜い!」に始まり、「やめて!やめて!」のあと、虫の居所が悪ければ「あち行け!出て行け!」と叫んで、訪問看護師さんを戸惑わせる。挙げ句の果てが、「これが私の人生なのよ」と達観した口調で言い放つ(笑)。
思い起こせば認知症と診断される前、母親はやれ「財布がなくなった」「通帳がなくなった」と家族を疑い、犯人扱いした。財布は買い替えればよいが、通帳は銀行員に何回も来てもらう羽目に。最終的にはタンスの奥から見つかることも…。《お母さん、このままではあかんやろ!!》。そして認知症外来を訪ねようと決意した。
病院では認知症かどうかの検査をうける。頭部MRI・CT、頸部エコー、脳波、心理検査、血液検査等など。その結果から専門医に診断してもらう。2週間後、母親とワイは専門医から説明をうけた。「画像を見てもらうとわかるように、脳の萎縮がみうけられます。他の検査結果からもアルツハイマー型認知症と言えますね」と。
イラストはイメージ
認知症は日時と場所があいまいになっていくと言われる。たしかに母親は曜日の感覚がなくなり、月日なんかまったく気にしていない。かろうじて季節の感覚はあるようだ。場所で言えば、自宅(大阪)にいながら、故郷(愛媛)にいるように振る舞う。かと思えば、本人は病室にいる設定で「早よう(自宅に)帰らなあかんわ」と困惑させる。
いろいろと困ることが多いのは事実だが、母親の手を握り同じ時間、空間でこれほど長時間過ごしたことはない。《今が掛けがえのない”時“かもしれへんなー》。親孝行したとはいえないワイは、ひとりコーヒーを飲んでいると、感傷的な想いにさそわれる。ベッドから中庭の草木を愛でる母親は、永遠の“時”に棲んでいるように見えた。
★いつも丁寧な看護をしてくださる訪問看護ステーションOの皆さま、気さくな人柄で訪問診療をしてくださるFクリニックのF先生、感謝申し上げます。そしてケタさん、いつもありがとう!




