2026年6月下旬。

私たち夫婦は、妻の遺伝子パネル検査で見つかった遺伝子変異を対象とした治験について相談するため、関西の病院を訪れました。

今回はセカンドオピニオンではなく、正式な受診という形で予約をお願いしていました。

治験などを専門に扱う診療科については、通常の治療を受けながら並行して受診できる場合があります。

昼12時に予約していたため、11時半頃に病院へ到着し、主治医から預かった紹介状や検査資料を受付へ提出しました。

30分ほど待った後、担当医の診察が始まりました。

電話では何度も話をしていましたが、担当医は電話で受けた印象どおり、とても優しく誠実な先生でした。

同席していた看護師さんも、遠方から来た私たちを気遣ってくれました。

私たちが希望していたのは、汎KRAS(pan-KRAS)を標的とした第一相試験です。

担当医からは、第一相試験がどのような目的で行われるのかについても丁寧に説明してくれました。

その流れで、

・治験の仕組みについて
・治験薬について
・治験へ参加するまでの流れ
・数多くの検査が必要になること
・現時点で確認されている副作用
・検査結果によっては参加できない可能性があること

などの説明を受けました。

一通り説明を受けた後、私は担当医へ尋ねました。

 「治験の枠については、現在どのような状況でしょうか。」

担当医は、

 「現在は枠が埋まっています。次にいつ空くかは確定していませんが、おそらく7月中旬頃になると思います。」

と答えました。

私はその回答に驚きました。

東京で受けたセカンドオピニオンでは、

 「いつ枠が空くかは分かりません。」

という説明しかなかったため、治験とはそういうものなのだと思っていたからです。

そこで続けて尋ねました。

 「その枠が空いたら、妻は参加できますか。」

担当医は、

 「治験の説明を聞いた上で、それでも参加されるということであれば、その予定で進めていきましょう。」

と答えてくれました。

その言葉を聞いたとき、久しぶりに大きな希望を感じたことを覚えています。

その日は診察だけの予定でしたが、私たちが遠方から来ていることもあり、

 「せっかくなので、今日できる検査は済ませておきましょう。」

と言ってくれ、血液検査と心電図まで実施してくれました。

病院を出たのは15時過ぎだったと思います。

その帰り、妻はSNSで知り合った同じ病気と闘っている方と会う約束をしていました。

私は近くの駅で妻を待ちながら、膵臓がんの告知からここまでの治療を頭の中で整理していました。

膵臓がんが見つかってから約10か月。

一次治療のアブゲムを6か月。

二次治療のオニバイドを約3か月。

約9か月間、抗がん剤治療を続けてきました。

この頃はまだオニバイド治療を続けていましたが、画像検査の結果からは効いていない可能性が高く、標準治療として残されている選択肢も、FOLFOXやS-1くらいしかありません。

一方、標準治療以外へ目を向けると、期待できる新薬もありました。

その一つが、当時大きな注目を集めていたダラクソンラシブです。

当時はまだアメリカでも承認前で、日本で保険診療として使えるようになるまでには、まだ数年かかるだろうと考えていました。

個人輸入やEAP(拡大アクセスプログラム)についても調べました。

個人輸入については、アメリカで承認された後、日本の医師を通じて輸入する方法があることは分かりましたが、保険適用ではないため非常に高額になることが予想されました。過去の事例などを参考にすると、毎月数十万円から数百万円程度かかる可能性もあると考えていました。


EAPについては、適用範囲はアメリカに限定されるため、実施施設の一つであるアメリカのMSKCC(Memorial Sloan Kettering Cancer Center)へ問い合わせも行いました。

返ってきた回答は、

・EAP参加に必要な手続きや検査は可能であること
・初回はアメリカへ1〜2か月滞在する必要があること
・初診だけで約7,000ドルかかること
・治療全体では約6サイクルで10〜12.5万ドル程度が必要になること
・デポジットが必要になること

というものでした。

※詳しい内容を知りたい方がいれば、メールの内容をお送りします。

通訳の帯同や滞在費なども必要になるため、実際にはさらに高額になります。

当時の私たちには、現実的な選択肢ではありませんでした。

KRAS以外も含め、私が把握していた有望な治験は、あと数件しかありませんでした。

選択肢は確実に少なくなってきていました。

だからこそ、

「どうか今回の治験に参加できますように。」

そう願わずにはいられませんでした。

妻と合流し、SNSで知り合った方にもご挨拶をして、私たちは関西を後にしました。

それから数日後。

忘れもしない、2026年6月30日。

関西の病院から電話が入りました。

 「治験の枠が空く予定となりました。同意説明と放射線科の受診がありますので、7月中旬にもう一度来ていただけますか。」

私たちは、すでに治験へ参加する方向で話し合っていました。

私はその場で、

「お願いします。」

と返事をし、すぐに日程を調整して新幹線のチケットを予約しました。

もちろん、この時点ではまだ治験への参加が決まったわけではありません。

スクリーニングを通過しなければ、参加することはできません。

 

確実に効く保証もありません。

それでも、私たちにとっては、確かにつながった希望でした。