前回の続きです。
翌朝6時頃のこと。
妻からメッセージがありました。
「36.7℃まで下がったよ。」
続けて、
「このまま上がりませんように。」
とも書いてありました。
昨晩は、もし治験への参加が見送りになった場合でもすぐ次に動けるよう、今後のプランを練り直していました。
一方で、朝までに熱が下がる可能性もある。
そんなことをまとまらない頭の中でずっと考えてしまい、結局4時頃まで眠れなかったことを覚えています。
「下がってよかったね。」
そう返事をして、しばらくメッセージのやり取りをしていました。
治験薬を予定どおり投与できるかどうかは、朝の血液検査と検温の結果を踏まえて、担当医が判断することになっていました。
採血は滞りなく終わり、看護師さんによる検温でも36.8℃。
「これなら大丈夫かもしれない。」
そう思い、7時半過ぎから1時間ほど眠りました。
その日の仕事中。
妻から連絡がありました。
治験を担当する診療科の先生たちが病室に来て、
「予定どおり、本日投与しましょう。」
という話になったとのことでした。
午後から、点滴による治験薬の投与が始まります。
私は短く、
「よかった!」
と返事をして、仕事に戻りました。
今回の治験では、一人の担当医だけが診るのではなく、診療科の先生たちがチームで患者さんを診る体制になっているとのことでした。
さまざまな面から状態を確認しながら判断してもらえることに、安心したことを覚えています。
そして、昼休み。
妻に再びメッセージを送りました。
しかし、返信がありません。
「治療が始まったのかな。」
点滴は全体で2時間ほどかかると聞いていたため、14時過ぎまで待ってみました。
それでも返信がありません。
「大丈夫かな。」
だんだん心配になり、教えてもらっていた治験の診療科の直通番号へ電話しました。
CRC(治験コーディネーター)につないでもらい、
「妻と連絡が取れないのですが、大丈夫ですか?何かありましたか?」
そんなことを聞いたと思います。
CRCは少し笑うような優しい声で、
「大丈夫ですよ。アレルギー予防のお薬を飲んでいるので、その影響でぐっすり眠っています。連絡するように伝えましょうか?」
と教えてくれました。
私は、
「寝ているだけでしたら大丈夫です。お騒がせしました。」
と答え、電話を切りました。
治験薬については、これまで重篤な副作用は確認されていないと説明を受けていましたが、このときは私が心配しすぎていたようです。
それからしばらくして、16時過ぎ。
妻からようやく連絡がありました。
「めっちゃ寝てた。」
とのことでした。
眠気以外に特に症状はなく、点滴もCVポートから行うことができたため、血管への負担もありませんでした。
こうして、治験薬の初回投与が無事に終わりました。
治験参加後は抗生剤の使用も問題ないとのことで、今後発熱した場合には必要に応じて使用できることになりました。
その後、入院中に発熱することはありましたが、予定していた2回目、3回目の投与も無事に終わりました。
そして明日、妻は退院して家に戻ってくる予定です。
血液検査では、治験薬の投与後からAST、ALTが40前後から100前後まで上昇しており、肝臓にはある程度負担がかかっているようです。
一方、アミラーゼやリパーゼはほぼ正常値。
総ビリルビン、直接ビリルビンにも大きな問題はありません。
今のところ、血液検査では大きく気になる変化はなさそうです。
また、気になっているのが好中球数です。
投与前は4,000〜6,000ほどありましたが、投与後は徐々に低下し、現在は1,500前後で推移しています。
担当医からは治験薬の投与を続けられる範囲と判断されているため、このまま治療は続けられると思います。
ただ、感染症には気をつけた方が良さそうなので、家の中を清潔に保ち、人が多い場所ではマスクをしてもらうなど、できる範囲で対策していこうと思っています。
今回参加している治験では、腫瘍マーカーではなく、6週間ごとの画像検査を中心に治療効果を判定していきます。
初回の評価は9月中旬頃になりそうです。
かかりつけの病院には月に一度の予約が入っているため、そちらでは引き続き腫瘍マーカーの確認や胆管ステントの点検などをしてもらえる予定です。
結果が分かりましたら、またこのブログでも共有できればと思っています。
というわけで、無事に治験へ参加することができ、1クール目を終えることができました。
妻は明日のお昼過ぎに退院し、家に戻ってくる予定です。
長かった入院生活もようやく終わり、しばらくは家でのんびり過ごせそうです。
病院食にはかなり参っているようなので、おいしいご飯でも用意して帰りを待とうと思います。
膵臓がんの告知から、約1年が経ちました。
1年前、妻が膵臓がんステージ4、多発肝転移と告知されたときは、この先どうなってしまうのか、何をすればいいのか、何も分かりませんでした。
膵臓がんや標準治療について調べ、遺伝子パネル検査を受け、治験を探し、病院へ電話をして、セカンドオピニオンにも行きました。
その間、一次治療のアブゲムがよく効いて喜んだ時期もあれば、耐性がついて落ち込んだこともありました。
二次治療のオニバイドが効かず、腫瘍マーカーが上がり続けたときには、時間がないという焦りもありました。
治験の枠が流れ、絶望したこともありました。
それでも、別の病院へ電話をして、紹介状を用意してもらい、関西まで何度も通い、ようやく今回の治験までたどり着くことができました。
振り返ってみると、本当にいろいろなことがあった1年でした。
もちろん、私がどれだけ調べても、最終的にどの治療を受けるかを決めるのは妻です。
私にできることは、妻が治療を選ぶときに、一つでも多くの選択肢を用意しておくことだと思っています。
「標準治療だけでは終わらせない。次の選択肢は常に探しておこう。」
以前の記事にも書いたこの考えは、今でも変わっていません。
それは何より、妻には少しでも長く生きていてほしいからです。
そして、この1年間、本当に頑張ってきたのは妻だと思います。
抗がん剤を受けながら仕事を続け、脱毛しても、病院へ通い続けても、これまでと変わらず友人と会い、自分らしい生活を続けてきました。
今回の治験でも、何度も関西まで通い、たくさんの検査を受け、長い入院生活を乗り越えました。
弱音らしい弱音をほとんど吐かず、ここまで治療を続けてきた妻を、私は本当にすごいと思っていますし、尊敬しています。
治験薬が効くかどうかは、まだ分かりません。
初回の画像評価は9月中旬頃です。
期待する気持ちはもちろんあります。
でも、今はまず、妻が無事に1クール目を終え、明日家に帰ってきてくれることを喜びたいと思います。
このブログを書き始めてから、私たちがこの1年間で経験してきたことを振り返ってきました。
同じ病気と闘っている方や、そのご家族に伝えたいと思っていたことは、ひと通り書き残すことができたかなと思っています。
これからは過去を振り返る記事ではなく、妻の現在の治療経過を中心に更新していくことになると思います。
治験の結果がどうなるのか。
この先、どんな治療を選ぶことになるのか。
まだ何も分かりません。
それでも、これまでと同じように、その時々でできることを考えながら、妻と一緒に進んでいきたいと思います。
まずは明日。
妻が元気に家へ帰ってくるのを待ちたいと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。