連載小説ネトウヨ疝気 最終回 | 夏炉冬扇の長袖者の尉のブログ 

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 「お前が今いる岐阜は、お前の願いを叶えるために野壺の霊力が生み出した、いわばもうひとつの真実であり、時空の歪みの中に存在しているものだから、お前が逃げ出せは消えるはずだ」

「手配書が回っているので出たら逮捕される、逃げようがない」

「戦時体制に入っている岐阜は灯火管制をしているはずだ、夜は真っ暗になる、星を見て、北極星を背にして逃げろ、木曽川に出たら泳いで渡れ、愛知に入ったら電話をしろ、私が車で迎えに行く」

大先生の声は力強かった、そこまでしてくれるとは思ってもいなかったので俺様は感涙に咽んだ。

 

 大先生に励まされて俺様は脱出することにした。背中は痛かったがそんなことは言っていられない、こんな酷いところからは一刻も早く逃げたかった。真っ暗な中を南に向かい、懸命に木曽川を泳いで渡り、夜明けには愛知に上陸した。電話をしたら、1時間くらいで迎えに来てくれた。

 

 「助かりました、お世話になります」

「名古屋駅前にホテルが予約してある、今日はホテルでゆっくり休んで、明日、警察に自首しよう。逃げたから執行猶予というわけには行かないだろうが、弁護士も付けるから2年くらいで出られるだろう。金は私が預かっておいて、服役したら密かに手蔓を使って差し入れる、ああいうところでは金は命の蔓だ、金があれば暮らしやすくなる。警察の取り調べでは、偽の傷痍軍人になって稼いだ金は、借金の返済と遊興に使ってしまったと言え、持っていると言えば、騙した人に返せという話になる」

 

 「有り難い、仲間でもなかった俺様に、ここまでの配慮をしてもらえるとは、そうします」

大先生の言葉に俺様は涙を流して感謝をした。命の蔓があっての2年であれば、なんとか凌げるのではないかと考えた。それにしても大先生の提案は嬉しかった。

 

 翌日、俺様は大先生に付き添われて愛知県警に自首して、栃木県警に移送された。栃木県警で取り調べを受けたが、大先生が約束した弁護士は現れなかった。栃木では、在郷軍人会と国防婦人会が俺様に重刑を求める運動を起こしたので、裁判の検察の求刑は懲役20年になった。国選で付いた弁護士は俺様の非道を非難する有様で、判決は満額の20年になってしまった。

 

 服役が始まったが、大先生からの現金の差し入れはなく、刑務所も現金が命の蔓といった状態ではなかった。ここに至って、俺様は、大先生にまんまと騙され、500万円を騙し取られたことに気が付いた。検事調書では、金は全額使ったとなっているので、大先生は500万円を懐に入れても、どこからも追及されることはない。20年後に出所して文句を言いに行っても、大先生は年齢からして死んでいるだろう、茂賀左衛門が悪辣だと思っていたが、大先生はそれを上回る狡猾さであった。

 

 「ネトウヨが酷いと思っていたら、リベラル左派も酷い、ネトウヨかリベラル左派かといったことではなく、日本人はみんな腹の悪い酷い人間なのだ、この国に善人などひとりもいない」

俺様は刑務所のなかで、そのように呟いて、ひたすら自身の愚かさとこの国に生まれたことを悔やんでいた。

 

                                             終 

 

 

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