王様は嘘吐きで御座います、とクシャスが言った。
 神官ワレマルドは慌てて兵士を呼びつけると、その場でクシャスの身柄を拘束した。
 それでも尚、クシャスは声を荒らげていた。


「王様は嘘吐きで御座います、稀代の大嘘吐きでいらっしゃる。民の前であれほど永世の中立を約束しておきながら、今更ボイドと友誼を結ぼうなどと、酷い、こんなに酷い裏切りはありましょうか。」


 しかし王メアヒチは、依然として玉座で眠った振りをするばかりだった。
 王の沙汰がなければ、クシャスを裁く者も居ない。
 まるで決められた茶番劇のように、メアヒチはクシャスの陳情をやり過ごしていた。


「ボイドと結託して何になると云うのですか。今に天の怒りをお買いになるでしょう。川は氾濫し、木々に落雷が落ち、田畑が燃え上がることでしょう。すると、あなたが治めるべき市井とその民は、濁流に飲まれ、雨風にさらされ、血肉が枯れて灰になるまで焔のなかで踊ることになる。あなたはそれを黙って見ているおつもりか。」


 クシャスの意見に異を唱える者はいなかった。
 誰もが皆押し黙って、クシャスが言葉を発する度に、項垂れてかぶりを振った。
 この場において、最も愚かなのは王メアヒチその人唯一人なのである。


「もう一度申し上げます。王様は嘘吐きで御座います。」


 クシャスを縛り上げていた縄が撓んだ。城門から差す後光に照らされて、クシャスの輪郭をあらわにすると、宮廷内にまるで彼こそが聖者のような影を落とした。
 神官たちの悲嘆の声は、新たな革命者への賞賛にも聞こえた。
 王はここに、最早自分の権威は存在しないと悟った。
 であればする事は一つといった風に、ゆったりと瞼を開けた王メアヒチは、神官が注いだ毒の葡萄酒が入った杯を傾けると、再び、今度こそ深い眠りについた。
 クシャスに新たな冠とマントが授けられようとするなか、たった一人、王の亡骸のそばで嗚咽する少女が居た。
 王の娘姫であるダツタであった。


「お可哀想なお父様。あなたは只、ボイドのあの大きな崖から見える朝日を確かめたいだけだったのに。」


 この国に時間の概念は無い。
 娘は寝る間も惜しんで涙を流し続け、しかしその傍らでは昼夜を問わずに新たな王の誕生を祝う宴が催された。
 王の亡骸に泣き縋る小娘の手元には、血と葡萄酒の滲んだ未知の隣国ボイドの地図があるばかりであった。










終.