奇妙な宝があった。
くすんだ金の台座に、赤と茶色のマーブル模様をした石のはまった指輪で、サイズは男物であった。
ある盗賊の男──名前をジオという──は、砂に埋もれた遺跡の中で、これを見つけた。
幾何もの罠を回避し、仲間を失って、ようやくぼろぼろになった石像の指から、この指輪だけを手にし、歓喜した後、はたと我に返り、毒槍に貫かれた仲間の屍の前で祈りを捧げた。
すると、どうだろう。
指輪はどろりと溶け出して、ジオの目の前で、数個のルビーの原石になった。
ころりころりと、ルビーの欠片が血の海の中へ落ちていく。まるで紅のなかに帰りたがっているようだった。
ジオはその光景に唖然としながらも、盗賊の性か、無意識にルビーをかき集めていた。
紅の宝石は蝋燭の炎の下で、血を吸って活き活きと輝いていた。
麻袋にしまい込むと、とても指輪だったとは思えないずっしりとした感覚があった。
砂にまみれた石廊を登ると、湿った空気の中に、耐え難い血の臭いが漂っていた。
投石で頭や腹を潰された者、毒蛇に噛まれてひとしきり苦しんだ者、亀裂に落ちて身体を打ち付けた者。
盗掘に訪れた盗賊はもはや、ジオ一人きりになっていた。
蝋燭の炎がジオの皮膚をじっとりと焼くようだった。
爆薬で開いた出入口を潜ると、外は満点の星空になっていた。吹き付ける風は強く、冷たかった。
ジオは、「また俺だけか。」と誰にともなく呟いた。
このジオという男には、異名があった。
“死に損ない”である。
盗賊になる前は運送会社の運転手で、ある時、落雷により道路ごと爆発するような大事故に巻き込まれたが、怪我ひとつなく生き延びた。
しかしその後、運搬していた荷物が違法薬物であったことが発覚すると、会社ごと摘発されて、ジオは職を失った。
その後は気を病んで、結局会社と通じていた犯罪組織から薬物を買って、毎日自堕落に過ごした。
ある時思い立って自宅に火を放ち、家族を巻き込んで一家心中を試みた。
しかし、その時も、地下室で眠っていたジオだけが運よく生き延びてしまった。
そうして帰る場所を失くし、ある意味この世のしがらみから解放されると、遺跡の盗掘グループに属して、先人達の墓を暴いて暮らすようになった。
外で待たせている筈の車の前では、警官に銃を向けられた仲間達が、ジオに縋るような視線を送っていた。
ジオは一も二もなく逃げ出した。
後ろで発砲音が聞こえた。
その時、身体がずしりと重くなるような錯覚を覚えた。
否、錯覚ではなかった。
ジオは夜の街中の生垣に隠れて、重さの正体を暴いた。
麻袋の中で、いつの間にかルビーの欠片が数十枚の銀貨に変わっていた。
一体どんな仕掛けがあるのかと、ジオは銀貨を何度も数え直したり、麻袋をひっくり返してみたりしたが、あるのはただ、目の前の銀貨と使い古した麻袋だけであった。
奇妙ではあるが、僥倖だと思ったジオは、そのまま自宅を目指した。
貧民街にある屋根の低いアパートへ戻ると、妻が神像に向かって祈っている最中であった。
ジオが顔を見せるなり、妻は安堵したかと思うと、そのまま気を失ってしまった。
慌てて妻の身体を抱きとめてみると、酷い熱があるのが分かった。
同じく貧民街にある小さな診療所へと赴き、灯りの灯っていない窓口を数度叩くと、中から見知った老人の医師が、疲れた顔をぶら提げて出てきた。
急患だと伝えると、医師ははっきりとした眼差しになり、妻を抱えたジオを病室へ案内した。
一通り診療を終え、告げられたのは、流行り病の名だった。
ジオの妻は生まれつき身体が弱く、このままでは峠を越えられないだろうとのことだった。
どうにかならないかとジオは懇願したが、医師は眉間を揉んで、首を横に振るばかりだった。
妻の手に神具を握らせながら、ジオは必死に妻の名前を呼んだ。
いつもならば寝ている時間に、何故祈っていたのかを問うた。
すると妻は、息も絶え絶えに、ジオの無事を祈っていたことを告げた。
「あなたが生きていることが、神様からの贈り物ですもの。これ以上、何もいらないわ。」
「何を馬鹿なことを。お前が居なければ、この世界に意味などあるものか。」
ジオの手を握り返す妻の力は、頼りなかった。
感染の恐れがあるからと、ジオは病室を追い出されたが、それでも妻の名を叫び続けた。
まるでジオ自身が死神のように思えた。
周囲の命を吸い取って意味もなく生きている、庭に生えた毒草と同じだ。
掌に神具の跡が残るほど、強く握り締めて、朝を待った。
妻が目を覚ますことはなかった。
数日後、妻の葬儀が行われたが、やはり感染対策の為ということで、立ち会うのはジオと数人の親族だけとなった。
その夜、ジオは高熱に見舞われた。
今度こそ死神が、魂を蓄えた自分を迎えに来たのだと悟った。
妻が祈りを捧げていた神像の前で蹲り、その時を待った。
しかし、いくら待てども、ジオの命が尽きることはなかった。
肺や喉が燃えるように痛み、汗が滴った。
それでも、ジオはじっと耐え忍び、ただただ自らに死が訪れることを期待した。
朦朧とした意識のなかで垣間見た写真の妻は、笑っていた。
家の中で倒れたジオを近所の住民が発見し、診療所に運び込んだ。
ジオが目を覚ますと、医師が微笑んでいた。
「きっと奥さんが守ってくれたんですね。」
と、残酷な言葉を告げた。
ジオはまた、とぼとぼした足取りで、帰路についた。
誰も出迎えてくれなくなった自宅は、うら寂しく、それでいてどこか涼やかだった。
乾いた風がカーテンを揺らし、激しい陽光が埃まで照らしている。
砂まみれのベッドに身を鎮めると、ふと傍らに、例の麻袋があることに気が付いた。
もはや麻袋から溢れ出そうになっているそれは、多数の金塊となっていた。
ジオは金塊の重さを腹に抱えながら、笑うように涙した。
「死に神よ、何故、俺を連れて行かぬのだ。何故、俺を嘲笑うかのように全てを奪うのだ。」
天を仰ぎ叫んでみたが、答えは返ってこなかった。
その代わりに、腹の中の金塊がどろりと溶けだした。
銀の水へと変化したそれは、ジオの口内へと侵入した。
みるみるうちにジオの身体は朽ちていき、その姿は天を仰ぎ、両腕を掲げた物言わぬ石像へと変貌していった。
その指には、錆びた指輪が嵌められていた。
終.