何かに依存すること、しないこと | 伊藤ニコラス
僕は一人でいる時間がとっても好きなのですが、これはあくまで「一人でいる時間の割合が多い方が好き」なのであって、ずううーっと一人でいたい!ってわけじゃありません。そんなのつらいです。

一人でいる時間が多い方が好きなので、どちらかというと友達とかにはあまり依存していない方なのですが、それでも日々、誰かしら、何かしらに依存せざるを得ない状況に自分がいると思っています。

大学の授業が始まって、「あーー。授業つまんないなー。勉強つまらないなー」とか思うのも他人への依存です。そもそも好奇心なんて内在的にあるものだし、もう大学生なんだから一人でその勉強をして、「おもしろいじゃん!」って思う事も出きます。それなのに、授業がつまらない=勉強がつまらない、となってしまうということは、勉強を面白くしてもらう事を大学教授に求めています。

僕はこのタイプです。今やってる勉強を一人でおもしろいと思う事ができないから教授に依存してる。黒板に向かって90分喋り続ける教授とか本当に腹が立ちます。

てか大学自体もそうだと思っています。大学に入ってみて思うんですが、大学で勉強したい!って思ってる人ってかなり少ないです。だから受験を通して『〇〇大学出ました』みたいなパスポートを得て、それを他人に自分に対する判断基準として使ってもらう。てかほとんどの人がそのパスポートのために大学に入ってますよね。

評価なんかもそうです。他人にいいね!と言われるために、他人に喜ばれるようなものを狙って作る場合と、誰からもすごいと言われなくても、これいいじゃん!って自分で思えて満足できる場合があります。

ものを売りたい時なんかは前者を優先的に考える必要が出てきます。もちろんそれは売り手が買い手に依存してるからです。

でも僕がブログを書くのは、今現在、ブログを書くことが楽しいからだし、これでいいや!って自分が思ったものをポストしてます。これは後者の方です。プロブロガーなんて目指してるわけでもないし、自己満足で書いてるからアクセス数が少ないとか全く気にならない。これに関しては全く他人に依存してません。

それに加えて僕は路地を見つけては入っていく事が好きなのですが、これも誰にも依存していません。この路地めちゃ雰囲気いいわーとか思いながら散策を楽しんでるだけです。


誰かに依存してるってことは、時として嫌でもなにかしらの拘束を受ける事へと繋がります。それに対して誰にも依存してないものは完全に自由。

このバランスがとっても大事だと思っています。生きてて何にも依存しないって不可能だけど何個か誰にも依存しないで自分がハッピーでいれるものを作っておくこと。

依存ばっかしちゃって、その依存していた対象が突然なくなってしまったとき、他に何もないと一気に自分が崩れていっちゃいますからね。


ではでは