【1〜109まで、骨髄移植病院での入院でのアレコレアップしています。110〜は、もっとさかのぼって、病気になったころからのエピソードとなります。一度アメンバー限定ブログにあげたのを未公開記事ふくめて、リメイクしています】

 

7月20日の日記は、レポート用紙びっしり、11枚ありました。

(未公開記事がつづきます)



 

7月20日つづき。

 

突然、おなわになって、収監されたように。
もう自分の意思で身動きできないのかー。
 
まあ、少しだけなら、ゆっくり入院生活して、日ごろの疲れをいやそうかー、とも思って…。




 
そういえば、お産で入院したときも、入院したらゆっくりできるし、楽しみーなんて思っていたのが。
 
やれ授乳や、講習や、マッサージ。
寝たかと思うと、授乳時間。
 
てくてく、眠い目をこすって、授乳室まで歩いて行ったり。
 
一日中忙しく、育児ってこんなに大変かーと思ったっけ。
 
しかもその時は、ごはんは持ってきてもらうし、もちろん洗い物もないし。
ミルクは作ってあるし。
 
なのに、
「なんでこんなに忙しいんだろうー。」と思ったっけ。
 
実際、赤ちゃんがオギャーと生まれた瞬間から、今の今まで、忙しい状態がずーっと続いた。
 
産後の里帰りもせず。
 
昼夜、エンエンと泣く我が子に振り回され、6キロもやせ…。
 
たかが、こどもひとり、なのに。
 
わたしが手をかけすぎたのかー。
 
それとも、小さいころからあこがれていた、この 「おかあさん」という職業を、身も心も捧げるほど、満喫したいがために。





 
1日1日、変化する、かわいい赤ちゃんのために。
 
異常なほど、手をかけたかもしれない。
 
「もう、この瞬間は、2度とやってこないのよー。」
 
といつも自分に言い聞かせて。
 
辛くっても、心がハッピーでいられるように。
 
それでもノイローゼになりかけたけど(とにかく寝ないので)
 
やっぱり、赤ちゃんって口で表現できないほどかわいいし、生きがい。
 
おっぱいの形が悪く、うまく吸えないため、かなり苦労した。
 
しぼって、哺乳瓶にいれて飲ませたりー。
 
でも、それでは枯れてしまうので、直接飲めるように、かなり苦労したー。
 
足りない分は、ミルクにしてー。
 
「かわいいしんちゃん、出会えてよかったー。」
 
今でも思い出す。あの時のことー。
 
ノイローゼになりかけたあの時のことー。
 
もう一度、あの頃に戻り、1からしんちゃんとやり直したい。
 
あんなに、カリカリ、ノイローゼになっちゃったことも、今となっては申し訳なくって。
 
右も左もわからない、新米ママだったのだものね。
ゆるしてね。
 
おっぱいでかなり苦労したので、完璧に母乳オンリーで、苦労なくあげっれるようになって。
 
いつまでもいつまでも、おっぱいを飲んでねーと思った。


 
おっとっと~。
シン、あぶないとこでしたねー。
 
こんなママですから、ママが入院したおかげで、あなたは「おっぱい」から離れることができました。
 
外国では、性別のちがう親子が、お風呂にいつまでも入るのは、性的虐待という概念だそうです。
 
母親は、つい盲目になってしまって、こどもが自分の所有物になってしまう。
 
「母の突然の入院」のおかげで、シンは助かったかもしれません。
 
おとなになって記憶に残るほど、「おっぱい」を飲まずにすみました。
 
なんだかわからないけど、わたしを病気にさせた誰か、ありがとうございます!
 
次回
「161 主治医の先生方は、すごく患者に寄り添ってくださいました」
来週金曜日更新予定です!
 
先週に引き続き、YouTube動画をアップしました!
これから、自分の動画ばかり出す予定で、まずは週に1度のアップをめざします!
耳コピ演奏カバー曲ばかりです。
楽しんでいただければと思います!
 
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