新年はじまりました。
今年もよろしくお願いします
お正月は、息子シンが帰省してきて、ずっと一緒にすごしました。
この27年前、こんな将来があるとは、思いもよらなかったでしょう。
命があることが、とてもとても、ありがたいです。
【1〜109まで、骨髄移植病院での入院でのアレコレアップしています。110〜は、もっとさかのぼって、病気になったころからのエピソードとなります。一度アメンバー限定ブログにあげたのを未公開記事を含め、リメイクしています】
7月8日つづき
6:00㏘〈夕食〉
ごはん、蒸し魚(サーモン)グラッセ、マカロニカレーソテー。
切干大根炒め煮(にんじん入り)
クリーム煮(野菜たくさん)
それに、レバー。
食事中も、ずっとプリントアウト中ー。
7:00㏘
おとうさん、かわいそうに椅子でうとうと。
ごめんね。ほんとありがとう。
私はいいから、アナタ自身をいたわってください。
誰もいたわるものがいなくって、いちばん悲劇なのは、おとうさんなのよね。
でも感謝しています。心からありがとう。
8:30㏘
協会のMさん(もとの上司)に電話してみる。
協会とは、わたしが数年前まで勤めていた会社。
ここは接骨院のレセプトを一括に集めて、審査したり、全国の保険者に発送したりという会社。
2年ほど勤めたけど、実家の家業を手伝わなければならなくなって退職しましたが。
退職してからも、レセプトを毎月提出するので、ずっとご縁がありました。
もと同僚、上司みんな仲良くて。
Mさんは、事務局長なんだけど、みんなの母というか、姉というか。
公私ともに、おつきあいがありました。
同僚も、レセプトの作業を、かわりにするよ、と。
言ってはくれてたけど。
まだ、この時は骨髄移植になるということは、思わなかったし、自分は元気だったし。
断っていました。
「Mさん、明日、協会のシャッター開いてるかな~。
あさってのお昼ならもっていけるけど、ムリをいってすみません…。」
といいながら、又泣いてしまった。
「しんちゃんのために、がんばらなきゃ!」
と、Mさん。
そのことばにわたしは弱い…。
Mさんも電話の向こうで泣いているー。
みなさんに心配かけるつもりはないのだけど、みんな心配してくれてありがとうー。
9:30㏘ 消灯
なんとかギリギリ間に合ったー。
予定終了。
とりあえず、わたしの役目は終わった。
肩の荷がおりた。
おとうさん、大荷物で帰っていった。
バイバイ気を付けて。
今日の検査結果、悪くてがっかり。
輸血するまで、外出できないー。
10:30㏘
まーさんに電話したり、おとうさんに電話したり。
そろそろ寝よっかー。
でもなんか、レセプトからの解放感でうきうき!!
この、もと職場の上司のMさん。
15年ほど前に、アメリカ在住の娘さんを急性骨髄性白血病でなくされました。
急きょ帰国したけども、骨髄移植にはいたらず、亡くなるまでが早かったようでした。
残された、一人娘さん。まだ未成年。
アメリカ育ちでしたが、Mさんが面倒をみました。
Mさんには、とてもお世話になったのに、なにも力になれずにすみません。
次回「132 やっぱり骨髄移植はしたくない」
来週金曜日更新予定です。
いつもイイね、フォローありがとうございます!