【 このブログは、25年前、重症再生不良性を発病し、骨髄移植をうけた当時の家族や、周囲の人たちの、記録となります。


当時の日記があって、育児日記や忘備録も兼ねていますので長文すみません。ブログ主は、現在元気で生活しています。】

 

1995年12月25日

クリスマス。




 

しんちゃんから、朝、電話があった。

今日は、朝から外一面真っ白の雪。

雪が冷たいなんて、この24時間あたたかいところにいては、ピンとこない。

でも、外は大雪で、万博の外周道路もとても混雑しているー。

今朝の採血の先生は、到着しないのかー、まだ来ない。

現在8:30.

今日は遅くなるのかなー。





 

「・・・・・・。」

「しんちゃん、モシモシしてくれてありがとう。ママよー。」

「・・・・・ん。」

「お外、ふってるねえー。」

「うん、雪ふってるねえー。」

「雪は、つめたいねえー。」

「ん。あのね、ツリーがあるのよ。」

「え?」

「あのね、クリスマスツリーもらったよ。」

「えー、よかったねえ!だれにもらったの?」

「あのね、サンタクロースがくれたのよ。」

「へーえ、しんちゃん、いい子だからね。」

「ん。

しんちゃん、いい子だからくれたのよ」

「しんちゃん、いい子だから、ママだーいすきよ。

しんちゃん、ママのことすき?」

「すきよ。」

「ママ、きらいーっていわない?」

「いわないよ・・・。

ママー、きらいってゆって、ごめんね。」

「いいよ。ちょっと、ゆっただけやんな。」

 

夕べ、病室でちらっと気に入らないことが合って、「ママ、きらい」って言ったので。

覚えていたしんちゃん。

いいのよ、ママもごめんね。

 

「ほら、ママみてみー。こんなんついてるで~。」

と、多分、ツリーを指さしてるのだなーと。

 

「うん!いいねえー!」

もちろん、電話からは見えないのだけど。

目に浮かぶー。

 

シン、離れていても、そばにママといるみたいな雰囲気にひたってるらしいー。

 

しんちゃん、ママもそうだよ・・・。



 

アイツ、言葉がうまくいえない。

シャキシャキ話すのが、苦手。

性格は繊細。

心の中では、いっぱい考えてる。

 

ワタシもそうだった。

 

あれから、もう27年か~。

あの子は、いったいどこに行ったんだろうかなあ。

もう一度、会いたいなあ。

 

今では、かわりにゴリラみたいなのが、時々、家に帰ってくるけど…。

 

次回

「72 病室での紅白歌合戦は泣けてくる」

来週火曜日夜、更新予定です。

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