大野智「絵が描けない」と言った本当の理由は?
趣味で、独学でやってきた。「絵の才能なんかないよ」
嵐の活動終了を目前に、ちょっと寂しすぎて
今さらながら大野智の活動を一から振り返り始めた私。
『FREESTYLE』を久しぶりに開くと、まず思い出されるのが
ご本人が過去にぽろっと言っていた、「絵が描けない」という言葉。
これは「上手く描けない」じゃなくて「自分が納得できるものが描けない」
って意味だったんじゃないかなと思うんです。
そもそも大野くんの絵は、“上手さアピール”の絵じゃないんですよね。
ご本人も「絵の才能なんかない」とおっしゃっていますが、これは本心なんだろうなあ。
テクニックを見せたい絵じゃなくて、内側にあるものを外に出すための絵。
奈良美智さんが、インタビューにて大野くんのことを“美大生みたい”と評したエピソードがありますけど、
あれは本当に言い得て妙で。
誰かに見せるためというより
自分の中の何かを掘るために描いてる人の絵なんですよね。
だからこそ、自分の中が動いてないときは「描けない」になる。
これこそがめちゃくちゃアーティスト気質だと思うんです。
一人でこもって
納得いくまでやり直して
誰に評価されなくても手を止めない
そんな、職人気質みたいな集中力と根気が、絵の空気にそのまま出ている。
改めて、『FREESTYLE』というタイトルがすべてを物語ってる気がします。
『FREESTYLEⅡ』パグの絵を振り返る
『FREESTYLEⅡ』のパグの絵。
あの絵、いろんな意味で話題になりましたけど…
アート作品として、個人的にめちゃくちゃ好きなんです。
理由はシンプルで、大野智のアート作品の中でも
あれほど“感情のにおい”がする絵はなかなかないと思うから。
本当に絵が描けない人は、そもそも忙しい中であんな量のアート作品を生み出せない。
それでも「描けない」と言っちゃうのが大野智。
たぶんあの人にとって“描けている状態”って、
自分でもびっくりするくらい何かが降りてきて、
時間も忘れて没頭して、
描き終わったあとに「これだ」って思えた時だけなんじゃないかな。
だからこそ、私たちはあの作品たちに心を掴まれるんだと思います。
嵐の活動が一区切りに向かう今、
歌やダンスと同じくらい、大野智のアートもまた、彼の人生そのものだったんだなとしみじみ感じます。
きっとこれからも、
「描けない」と言いながら
ふとした瞬間に、またとんでもないものを生み出し続けるのでしょうね。