ピッポのおじさんのブログ

ピッポのおじさんのブログ

静岡県静岡市”草薙駅のすぐ近くで、1978年より子どもの本と古書を取り扱っている専門店「PIPPO」の店主によるブログです。
本のことは勿論、日々感じた事や、趣味登山や自然のこと、旅行のことなど紹介したいと思います。


テーマ:

12月21日の金曜日、久しぶりに神田の古書市場へ出かけ、そこで3人の児童文学作家の草稿を落札した。いずれもエッセイの草稿で、松谷みよ子さん、神沢利子さん、そして与田準一さんのものだ。
じつはもう一人いぬいとみこさんの草稿にも札をいれたのだが、こちらは落札することができなかった。

松谷さんのエッセイの題は「柿の木」というもので、200字詰め原稿用紙12枚、神沢さんのは「わたしの林檎の木」という題で400字詰めで「神沢利子」という名入りの原稿用紙5枚に書かれている。与田準一さんの題は「トチノキ礼賛」で、200字10枚からなっている。

いずれも「木」について書かれている。もちろん、ぼくはそのことを意識して落札しようと思ったわけでなく、家に帰ってきて草稿を読もうとして気づいたことだった。市場では草稿はそろっておかれていたわけではなく、それぞればらばらに置かれていて、とくに乾さんのものは3階にあり、他のものは4階にあったが、出品者は同一人だった。

もしかしてこの原稿は「木」というテーマで雑誌のシリーズとして書かれたのかもしれないなと思ったりした。といのは、神沢さんのものは草稿のほかに一緒に書簡が一通入っていて、それは編集者宛のもので、草稿の内容に関係するものだった。
もう一つ与田さんの方には、ほかに絵本のテキストらしい原稿も付いていた。こちらは全部カタカナで書かれていて、タイトルは「イタズラアヒル」とあり200字詰め5枚のものだ。ただしこの原稿には署名がないが、「トチノキ礼賛」より古いもののようだ。

3人の草稿を読んで、ぼくはあることを強く思った。
それぞれの草稿は、自分と木との関わりについて語っているのだが、その内容はいずれも戦時中の自分の生活の思い出を語ったものだった。

ウィキペディアでしらべてみると、松谷さんは1926年生まれで、神沢さんは1924年生まれとある。青春が戦争の時代だったわけである。与田さんは2人より歳上で1905年であった。いずれも戦争を体験してきた人たちである。だから彼らがその時代の思い出や体験を語ることは身近な戦争そのものを語ることなのだ。戦後生まれの我々は、もっともっと日本と日本人が経験した身近な戦争のことを知る必要があるのではないか。

だがしかし、これらのことを語ったり、書いて伝えることのできる人たちがだんだん少なくなっていることにいまさらながら気づかされた。
与田さんも松谷さんもすでに亡くなっているし、神沢さんも90才を超えている。今、我々が知らぬ間に大切な事柄を伝えることのできる人たちを失っているような気がする。もっと、もっと先の戦争について知る必要がある。

3人の草稿を読んでいてこんなことを思っていたら、奇しくも、天皇が誕生日の記者会見で「戦中や戦後の沖縄の人たちが経験した苦渋を語り、その思いによりそい続けたい」と語っていたが、その言葉が心にしみた。その背景には、戦前戦後沖縄の人々の置かれてきたこうした状況を一顧だにしないで、米軍の新たな軍事基地を作るため、辺野古の埋め立てを強行する安部政権への批判がにじみ出ていたように感じたた。

さらに、「第二次世界大戦についても、戦後生まれの人たちにその歴史を正しく伝えることが大切である」と語っていたが、これも安部の歴史修正主義に対する危惧を表したものではないだろうか。

その言葉には知性と人間味の豊かさが感じられた。それに比べて知性や人間性のかけらも感じられない安部首相の数々の言動であるが、軍拡へ邁進する安部内閣にNOを突きつけることが今は大切だと思うな!

 

 

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス