私が強直性脊椎炎を発症したのは
2011年からだった。
しかしまだ、現役で教員は続けていた。
あの日2時50分頃、大きな揺れがあり、
学校内で体育館に避難指示が出された。
保護者の迎えを待って児童が無事帰宅した後
情報収集にあたったが
詳細な状況はわからなかった。
しかし、大きな津波でかなりの犠牲者が出ていることは予想がついた。
それからというもの、
当日市民はランナーであった私にとって
数々の大会が軒並み中止になり、目標を失う空虚感にも襲われた。
日本中が元気がなくなっていくのがわかった。
その頃からであるーー
私の病状が悪化し始めたのは😣
自分も痛み、痺れでだんだん辛くなり
詳しい検査をするために
2ヶ月休みを取った
しかし気が抜けたように突然やってきたのは
左足の痛みだったーー
今まで2キロくらいは歩けていたが
突然100メートルも歩けなくなった😭
それから家にただ籠る生活
足の裏が痛くて歩けないので
急遽ドクターショッピングを始めた。
3ヶ月後、今の先生に出会った。
仙腸関節の癒着が見られ、
脊椎関節炎と診断されたのである。
それから長い闘病生活が始まるのである。
思えば、あの震災が病状悪化に火をつけたのかもしれない。
あまりにも痛いので
かなり強い痛み止めを処方された。
トラマール、リリカ、
あとは後になってデュロテップMTパッチという医療性麻薬まで使うことになる。
後にステロイドなどから離脱するのにかなりの時間を要した。
今でも、リボトリール、リリカは手放せない。
でも、スポーツジムに通い、いろいろエクササイズまで出来ている。
回復しよう!と思う意思があったからここまできたのかもしれないが、
幸い脊椎の硬直がなかったのも幸いだった。
この春に東日本大地震の被災地を訪ねてみようと思う。
まずは、仙台に行こう。
暖かくなって旅行によりになるまであと少しである。