二日酔いである。

しかもただの二日酔いではなく、二日連続の二日酔いである。

一昨日は友人たちに自作の生ハムを食べてもらいたく、我が邸宅に招き、酒宴を開いた。

件の生ハムや、湯豆腐、刺身などをツマミにビールやワインや日本酒やウイスキーなどを飲酒し、タモリ倶楽部を見たり、友人が買ってきてくれた人生ゲームをやりながら過ごした。

夜の9時前から飲み始め、気づくと朝の4時前であった。

愉快な時間はあっという間に過ぎていくものだなぁ~などと思い、数時間仮眠をとったのであった。

そしてその日の夕方に、6時半に別の友人と飲酒の約束をしていたため、お昼頃に移動を開始した。
なぜ夕方からの飲み会に昼からの移動が必要であるかというと、名目は友人の誕生日祝いであったが、当日までプレゼントを用意していなかったのである。
駅ビルで何か程よいものを購入しようといろんな店舗をウロチョロウロチョロしていた。ウロチョロしながら気付いたのであるが、イヤホンで音楽を聴きながら店舗をウロチョロすると店員に声をかけられず、落ち着いてウロチョロする事ができる。

はじめは、ファッションアイテムなどがよいか、アクセサリーがよいかなどと考えていたが、これらは人により好みが分かれるし、特段センスが良いわけではないので探しているうちに諦めることにした。
時節柄、あったかいんだからぁ的なグッズが良いかなと思いつつ、手袋やマフラーを見ていると、手袋ホルダーなるシャレオツなアイテムを発見した。手袋をバンドで留め、カバンの取っ手などにぶら下げる事が出来るというものである。
この組み合わせなら予算的にもちょうど良いし、これを持って生誕祝いの品物とする事に決定した。

と言うことで生誕祝いの品物を用意し、スペイン料理の店で飲んだのであった。(ちなみにこの店を予約したのは祝われるはずの友人である事は伏せておこう。)
スペイン産のビールを飲みつつ、パエリアや珍しい名称の料理を食べると、闘牛をしたくなったのであった。

ハシゴし、次の店で飲んでいると、友人が上司から誘われていたので、何故か自分も付いていくこととなった。
そこでひたすら焼酎のお湯割りを飲み続けたところ、ボトルを空けてしまい、しかもその上司の方にご馳走になったのである。

7時から飲み始め、気づくと深夜0時であった。

二日間でトータル12時間ほど飲んでいた事になる。お酒は楽しく適量を、というが、お酒を激しく大量に、飲んでしまったのであった。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

…と書いて、ふと疑問に思った。本当にめでたいのか、と。

昔、アラブか何処かの偉いお坊さんが、恋を忘れて哀れな男か誰かに対して、

正月は、メイドの道の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし

という事を言ったという。

きっと秋葉原かそこらにある喫茶店の事を指して言ったと思われるが、めでたいと思うのはそれぞれ個人であり、思想の自由ではないだろうか。と言うことを言いたいはずである。

なので、年賀状に必ずしも「めでたい」というニュアンスを含める必要は無いのではないだろうか。

なので今年から、新年の挨拶は下のようにする事としては如何だろうか。

年が明けましたね。私は特に年が開けることに対して、めでたいと思っておらず、そりゃ、朝から酒を飲めるのは至上この上ないが、年明けと言ってもただ、日付が変わるわけであって、その日付も人間が勝手に決めたわけであり、天地を創造された神々からすれば、単純な一日なのであり、まぁ、日付がクリアーされて新しい気持ちになるのはありがたいが、といっても、この日付クリアーも人生で何度も経験しているので、そんなにめでたくはないと考えている。

また、今年もよろしく、と言うのも不可解である。よろしく、というのはちょうどよい具合に、という意味である。今年もちょうどよい具合にお願いします、というこであるが、全く理解不能である。
例えば、行きつけの店で、お燗を頼んだとする。どの位の温度か、と尋ねられた時、まぁそのあたりはよろしく頼むよ、と言えばちょうど良い具合に、という意味になる。行きつけの店であるから、その人の好みを店側も把握していて、あの客は少し熱めだなとか、あいつはぬるめの燗がいい、肴は炙ったイカでいいとか、判断してくれるはずである。店と客の信頼関係があってこその、よろしく、である。

しかしながら、今年もよろしく、というのはどういうことか。例の場合、燗の温度をちょうど良く温めてくださいと言っているのに対し、今年もよろしくというのは、今年に対してちょうど良くしてくださいと言っているわけである。今年という、漠然とした日付に対してちょうど良くしてください、というのはどう言う事か。おなめになってやがるのか。なので以下の通り、挨拶は変えた方がいい。

来年の某月某日に、宴会を企画していて、あと、某月某日に旅行に行こうと思っていて、また、某月某日に貴殿の家に遊びに行こうと思っていて、さらに某月某日にバーベキューなどを企画しようと思っているので、あと、某月某日に醤油を切らす予定であり、貴殿の家に醤油を借りにいくので、そのあたりを、よろしくお願いします。

と、言うように具体的にすれば、日付も明確で、相手側も何をやればいいのか、何を調整すればいいのかもすっきり分かってもらえるのではないだろうか。

上記のような事を年賀状に書こうと思ったら、そんなに先々の予定を立てると鬼に笑われる可能性が高く、醤油を切らす予定があるならば、前持って買っておけるし、そもそも私は占い師ではないので、先々の事が予知できない。また、あの小さい年賀状に上のような事を書き切るスペースなどは存在しない。

よって、自分の考え、思想信条、今年の予定は省き、すっきり明確に、クリアーに年賀状を書いたら以下の通りになった。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


まぁ、何が言いたいかというと、私は沸騰寸前の熱燗が好きであるが、なかなか高温で出してくれる店は少ない。この酒は冷で飲まなければならないとか、風味が飛ぶとかいう理由をつけられるが、やはり酒は熱燗に限ると思うのである。
最近ここ一週間、夜や疲労時に耳鳴りがするようになった。ネットで調べてみると、耳管狭窄症という病や、首や足の異常が原因という事だった。耳鳴りの種類、とりわけ低い音がブゥーンとなる感じ、また原因不明の足の痛み、首に至っては過去に事故で頚椎を骨折し、今もなお金属片で固定しているという有様で、恐ろしい事に全てが当てはまっていたのである。

ストレスや疲労もまた要因の一つらしい。やってもやっても我が仕事片付かざるなり、じっとパソコンの画面を見る、といった状態である。こうして自分が忙しくしていても、周りには日中帯、だいたい寝ており就業のチャイムとともに去って行くような人もいる。
有給休暇が支給されたのだが、既に上限近くまで溜まっていたので、半分くらいは無駄になったという事実を知って愕然とした。
夜中にラーメン食べたら、胃もたれで全部嘔吐した。
周りに起こる全ての事がまさに負のスパイラルに陥っており、もはや発狂寸前の状態である。

ストレスというのは目に見えないので、自分でもよく判断がつかない。これまでは仕事もさほど忙しくなく、穏やかな気持ちでいられたのだが、最近では忙しさもあいまって、イラっとする事や、不安を感じる事が多くなってしまった。

忙しいのは皆同じ、と思うようにしていたが、何故神は自分にばかり試練をお与えになるのか、もし、今度街ですれ違ったら故三沢光晴の必殺技タイガードライバーでスリーカウントをとる、という思いを押し殺して今日を生きているのである。

過去にニューヨークで天然痘が流行ったときの話であるが、街じゅうに予防接種のアナウンスがされたという。保健所の職員が一軒一軒、ドアを叩いて。しかし、実際に天然痘で命を落としたものは千人中、たった三人であったそうだ。
天然痘など流行っていなくても年間、数十人のものがストレスで自ら命を絶ったり、体調を崩していたのに、そちらの方は誰が知らせてくれたのであろうか。

現代に当てはめてみれば、インフルエンザの予防接種よりも何か他に見落としているものは無いだろうか。ストレスには十分気をつけたいものである。