昨年9月のパキスタン(カラコルムなど)の旅については2回に分けて
書きました。このとき、佛教遺跡の話は書きました。
今、パキスタンはイスラム国です。パキスタン以外でイスラム圏で行った国はトルコ、エジプト、東トルキスタン(中国ウイグル自治区)とインドネシアです。なお、どの国も酒が飲める国です。
1999年のパキスタンではフンザで地酒を飲んで踊った記憶があります(いい気分で現地の人たちと一緒に踊りました)。そのあと国境を越えてウイグル自治区のカシュガルまで行き、そこのガイドさんと仲良しになり、カシュガルの屋台でシシケバブを食べながらコーリャン酒を一緒に飲みました。エジプトやトルコではビールを飲みました。
今は飲みませんが、この頃は楽しく酒を飲んでいました。
フンザ周辺の地図 ブログ:フンザ写真展 ちっちゃな縁側から より
この地図でフンザとナガールがあります。どちらも王政でパキスタンから独立していましたが、1974年にパキスタンに併合されました。
両者の間ににはフンザ川が流れています。
フンザのバルチット城より撮った写真。
手前はフンザ、フンザが流れる谷を隔てて雪山(右はラカポシ、左はディラン)があるのがナガール。
1999年に来た時は左側奥に続く谷をジープで進み、ナガール側にあるホーバル氷河を観に行きました。
ホーバル氷河(1999年)
ホーバル氷河を観に行く途中で、住民から石や砂を車に投げつけられました。その時、現地のガイドさんは、こちら側は「シーア派」だからと言っていました。「ふーん、そうか」と思いました。
昨年9月に行ったとき、そのことをフンザの城近くで育ったガイドさんに言うと、ナガール側はシーア派で、自分が生まれたフンザはイスマイール派であること。ナガールとフンザは紛争を繰り返していたが、王族同氏の結婚等で和解したとのことでした。
その時は理解ができていなかったのですが、帰国して調べたら、イスマイール派はシーア派の分派でした。同じシーア派同士で喧嘩していたのですね。なお、パキスタンを始め、アラブ圏やトルコなどはほとんどがスンニ派。イランはシーア派の国ですが、シーア派でも十二 イマーム派で、ナガールも十二 イマーム派でした。
なお、イランが関与して、イエメンのシーア派が国内やサウジアラビアと紛争を起こしたり、紅海の入り口で船舶を乗っ取ったりしています。イエメンの武装組織はフーシ派でと言われていますが、このフーシ派はシーア派の分派であるザイド派の武装組織です。
さらにはシーア派、スンニ派とも原理主義と世俗主義があって複雑ですね。
そういえば、フンザの女性たちの服装はシーア派なのに結構、世俗主義の国のように大らかでした。
日本でも仏教は様々な宗派があって、昔はお互いに争いを起こして
いたこともありました。
ムハンマド(日本ではマホメット)も釈尊も、じぶんの後継者たちが
こんなに複雑に分派化して、争いもしているとは思いもしなかったでしょうね。
さて、パキスタンの旅の最後はいわゆるガンダーラの仏教遺跡を観に行きました。そのひとつにシルカップ遺跡がありました。
廃墟が広がっています
佛教のストゥーパの跡ですがギリシャ建築の影響があるようです。
このシルカップでは、佛教、ゾロアスター教、ジャイナ教徒が共生
していたようです。ガイドさんの話では街区は分かれていたとのこと
でした。
突然、話が跳びます。
ゾロアスター教はユダヤ教、そしてキリスト教とイスラム教の源と
なった宗教だというのが僕の個人的意見です。
「最後の審判」の考えはゾロアスター教由来であると思います。
その発想がとても「跳んでいる」ように思えるからです。
そう思いつくものではありません。
ゾロアスター教の善神と邪伸の二元的な神は、ユダヤ教の悪魔と天使に受け継げられていると考えてもいます。
さらに絶対神(ヤハウエ)は後から足したものだと書いたら、3宗教者から大非難を受けるでしょうね。
実をいうとゾロアスター教はユダヤ教が元にしてできたという逆の
説の方が有力です。ゾロアスター教の歴史はその発祥時期が不明であるといってもよいのです。二つの宗教の関係のストーリーを考えていると、僕の「異端」な考えが方の方が自然であるように考えてしまいます。
こんな危ない(ヤバい)ことを書いて大丈夫かな?
シルカップ遺跡をみて誰でも思い浮かぶのはエルサレムです。
ISRAERUウエブマガジンより
素人が神とか宗教とかを書くのはエエ加減にしろと言われそうです。
今は無理ですが、いつかエルサレムに行って、3つの宗教がどのようにお互いの関係か、見てみたいと思っています。
僕はふつうに言う神は人間の創作に思えてなりません。
一神教のヤハウエの神にしても、神道やギリシャ、ヒンズー教の神々
に、人間くさい個性を感じてしまうからです。
意地悪、嫉妬、祝福、破壊と創造とか、様々な「人格」の成すもの
を感じてしまいます。
むしろ、大宇宙の姿に神を感じます。お天道様もそうですね。