母の車がいっ時サニーだった頃、
車の中にある羽根がついた埃取りみたいな棒が車の後ろの方で陽に当たってなのか、堪え難い匂いだったと記憶しているので、私は、
サニー=臭くて酔う
→
嫌い=車は酔う
→
サニー=酔う
という笑、記憶が41になってもあります笑。
しかも、当時いつも母が聴いていた、谷村新司さんとか男の人が3人くらいかな?歌っていた、
🎶ヨーロリサンダー!ッハー突然すぎたぁ
ヨーロリサンダー!ッハーなんちゃらちゃららー
わすれなーいー なんちゃららー
なんちゃらちゃららーらーきずあとだけはー🎶
とか
🎶立ち上がれー!!!!!🎶
という歌は、私は『酔う歌』として当時思っていたので、
サニー=酔う=ヨーロリサンダー=酔う
みたいな。
思いだしました笑
『酔う人は運転する様になったら酔わない』
ということを教えて貰ったことがあります。
本当だなと思いました。
つむぎ(2歳2ヶ月)が生まれたとき、
重症新生児仮死という診断が付きました。
医大だったし、寧ろプロの方しか居ないので、
分娩台の上でコットに乗っけて貰って見送ったとき、先生や看護師さん、スタッフの方々がアルマゲドンのヒーロー達でした。
なので、とても安心してその後は会いに行くのを楽しみに寝た記憶があります。
勿論、色んなことを考えたらけれど、
私一人でないし、
多くの周りの方の助けが無いと2人とも生きなれないであろう状況が状況(出産したて、という意味で。)だったから、、何が言いたいか忘れた。
思い出に浸り過ぎました笑。
テスト勉強したいのに、部屋の掃除を始めて写真をみて勉強を後回しというか、いまは昔の記憶に浸りたい時に少し似ている、、
余談が余談になりました。
要は、1人だと限られる。
だから、
沢山の人の脳みそや手を借りたい。
助けてって、言える自分でありたい。
助けるよって、言える自分でも出来ればありたい。
どうぶつ占いがひつじの私、みんなと一緒が余計好き。
子どものころ、遠足や遠くに行くのが好きだったと言うより私は、その道中が堪らなく好きでした。
目的地は決まってます。
勿論そこについて何しよっー!!あれしよー!これしよー!あれ食べよー!みたいな楽しみはもちろんあります、そりゃあります。
何より目的地まで、どうやって行くかが楽しかったです。
歩いて、自転車で、タクシーで、車で、船で、漁船で、観光船で、バスで、観光バスで、深夜バスで、電車で、特急、快速、鈍行、新幹線ものぞみや、ひかりや、こだまや、さくら🌸、飛行機も空港が米子からかな、出雲かな、関空かな、とか、
遠足で飛行機とかは無かったけど笑
子育て2年2ヶ月ですが、私は子どものペースで歩いたり、おんぶしたり、ちゃりや、やくもや、時には飛行機、どれでもいいし、どれにも乗りたい。時に私も乗して欲しい。
目的は、私が芯にあって、
つむちゃんのお母さんとしての私が自分らしかった子育てできたな、がんばったなって思えればそれでいいけん。
ていう。
その日はゴールばきっとここ!!っていうときがあるかどうかも楽しみなところだけれど、少なくとも100歳で旅立ったおばあちゃんは、ずっと父や叔母の、お母さんでした☺︎1つのゴールを見せてもらった様に思います。
教え子の結婚式で、生い立ちムービーや幸せそうな子ども達の姿を見守る親御さんの姿が忘れられないのですが、あの時も、あー、これも素敵な1つの子育てゴールなのかなとも思いました。
はいはいせずにお尻歩きしていたつむぎが、
走る様になってます。これも1つのゴールだよなとも思います。
今はいやいやいやいやしているつむぎが、
そのうち彼氏が出来てイチャイチャイチャイチャするのも、『イヤイヤ期あったにかーに笑』なんて笑っていつか思い出すときも、1つのゴールなのかな?
笑
コーチングを学んでよかったのは、『自分なりの』ここかな?っていうのが見えてきた気がします。
何が分かったかって、ゴールは何回でも決めたらいいってこと。
この事に、最近気づきました^ ^
思い込みを無くしたら、状況が変えられます。
そしたら、色んなことが、色んな視点で見えるような気がしました。
長いですね、いつもの如く。
コーチングは、おもしろいですよ^ ^
わたしが皆さんにお伝えできるのは、
お喋りとリフレとエステと、マザーズコーチングと、トラストコーチングと、番茶(時にコーヒーなど。)とおやつです🍘



