前回、4日の朝ブログを更新し、軽く朝飯を食べて村へ、途中でビールとお昼のサンドウィッチを購入、西港へ。

港の西側のリトルアイランドから

 
   このリトルアイランドは治外法権の島だぜ、だって。


今日も海は綺麗、ゴミが無く底迄はっきりと見えています。だからロタの釣りは見釣りに成ります。

まず釣り場の確保、桟橋の先端に竿・仕掛・ビール・つまみを用意して腰を下ろし両足は水の中。

先端の柱の陰が指定席

サンダルを脱いで足を水に浸けて釣り始めます。

おつまみは、“海ぶどう”です。良い塩加減で幾ら食べても飽きが来ません、ミネラル補給にも絶好。

ロタの海ぶどう


塩気が利いていてビールにはGood !。


さて、エサは缶詰のソーセージをお魚さん用に一口サイズに切って、4号のサビキを投入。

一発目、おじさん・25cm


これはリリース。

次は、南洋モンガラ・30cm


フィリピンでマゼランが食って死んだらしい。

こいつもリリース死にたく無いし。次が来ないと言うかエサ取りのトゲチョウチョウ魚が固まりで。

エサ釣りを諦めてエギング開始、イカが居ません。桟橋をあちらこちらと移動するもイカの姿は無し。

主が “へぼ釣り師今日は釣れねーよ” って


今日は止めます、帰ります(涙)。


悔しいのでリベンジ決定 !。5日は都合が悪く6日は雨模様。雨だとバイクのエンジンが掛からない(

)。

本日再度港でリベンジ開始。快晴・30度・北の風5~6m。イカが集まっていれば良いけど。

開始30分、イカの姿無し、ビール1缶が空に、移動です。東港に行く事に決定。

釣り座は左のポールの先


右の突端も良形が出るが、数は左側が良い。

右左中央と広角に探りイカを手前に寄せる様に早めに巻きます。中央左に6投目、ググッと重たいっ !。

来ました待望の一杯目350~400gくらいでしょうか。釣られたイカにあと2杯がチェッサーしています。

久々、待望のアオリイカ

 

ロタではまあまあ大きい方です。

続いてチェッサーを狙います。さっきと同じ場所に落とし、ゆっくりとシャクリながら巻きます。

居ました、エギを追っています。一番手前2m位迄巻いても抱いてくれません。

その場でエギを上下させます。3回目、エギが沈む瞬間にしっかりと抱きついてくれました。

そのまま抜き上げます。盛んに水を吐いて抵抗をしますが、最早岡の上です。

本日2杯目も、350g以上

ロタではかなりの良形です。

更にもう一杯チェッサーが居るので投げます。しかし仲間が居なく成ったので警戒したのか出て来ません。

6投・7投、とうとう現れません。イカが新鮮な内に処理をしたいので撤収をする事に。

バイクで三分、友人ヘンリーの家へ『スクイッドが釣れた キッチンを貸して !』『上がって、使って』。

開いて内蔵を取り、2階のデッキに有る干物用の網篭へ、これで明日にはイカの一夜干しの完成です。

明日は、ヘンリーと二人で昼間から呑んダクレる予定。でもアオリイカの一夜干し、贅沢の極みの様な気が。


今週は庭の草刈りに2日と半日も掛かりました。今は雨期で草の伸びが半端無く早いのです。

3週間に一度は草刈りをしないと庭がジャングルに成ってしまいます。

まず服装ですが、
履物は地下足袋に雨合羽のズボン・長袖の T シャツ・帽子・ゴーグルで全身を固めます。

そして、ガソリン・オイル・カッティングラインを外に出し、続いて草刈り機を外へ出します。

ガソリン・オイル・カッティングライン

この三点セットが必需の消耗品です。

主役の草刈り機、日本製です

ECHO・日本
山梨県)去年グアムで買いました。

現在の草刈り機は、ノコギリの様な円盤で草を刈るのでは無く、ビニールの紐を回転させて草を刈ります。

このビニール紐が高速回転して草を刈ります

草と露が飛び散ります。

敷地がおよそ1,000坪程で、全部を綺麗にするには最低でも2日は掛かります。

東側



西側



南側




北側


椰子の実はいつでも飲み頃です。

今回は2日と半日を要しました。腕と足の筋肉がパンパンです。この後は、夜寝ている時に足がツリます。

まあ、金縛に遭うよりは良いでしょうが痛いです。そんな時はベッドから降りて歩き回ります。

草刈りをしながら改めて庭を点検すると、思わぬ収穫が有ったりもします。

家の北側に有るレモン、もう落ちていました。


側の紫蘇に似た葉は傷薬、搾った汁をつけます。

もう少しで完了です


   綺麗にすると犬どもがゴミを散らかすんです。

           家の東側の庭


早速犬がゴミを集めて来て散らかしました。

北側の庭です


敷地の外はジャングルです。

夜に成ると鹿が近く迄来て鳴きます。風邪を引いた犬の様な鳴き方で、犬どもがケタタマシく応戦します。

泥棒除けには成りますが、鹿除けには成らないらしく一晩中犬が吠えて眠れない事も有ります。

昨夜がそうで、鹿が鳴く・犬が吠える・雷が鳴る・雨が降る、で寝られませんでした。

起き出してこのブログを書いていると夜明けです。綺麗な朝焼けに思わず写真を撮りました。

久しぶりの綺麗な朝焼けです


今日はよい天気に成ります。

ロタは東から天気が変わります。日本は西から天気が変わりますから夕焼けに成ると明日が晴天ですね。

ロタ島は反対で、東から天気が変わりますから朝焼けは晴天の印なんです。今日も暑く成りそうです。

ちなみに現在、11月4日午前7時40分(ロタ時間)、気温37度。東の風2~3m位でしょうか。

さて、今日は何をして遊ぼうか。村へ降りて友達とダべろうか、バイクでツーリングでもしようかなぁ。

金曜日に銀行へ行くのを忘れていたので、財布には$1しか入って居ないのでレストランでの昼食は無理だし。

とりあえず、朝飯を食ったら釣り竿を持って港へ向かおう !。


毎年8月末頃から西港に入って来る鯵の群れが、今年も大群で入りました。

鯵釣りが島民の楽しみに成り、土曜・日曜に成ると家族連れでフィッシング・ピクニックを楽しんでいました。

その内に網を持ち出して、一網打尽にして“バケツ一杯10ドル”と言う商売を始める者が出ました。

網の投入を見守ります

本日釣りは中止です。


入れ物を並べて待ちます

バケツ一杯(30匹程)$10です。


いよいよ待望の網の投入です

手前に見える黒いのが鯵の群れです。


網の投入完了

これを小さく絞って行きます。


網が絞られてタモ網ですくいます

この時は満潮、利口な鯵は下からランナウエイ !



この日の網漁は失敗でしたが、チケットを販売しているので再度チャレンジ、次は成功しました。

その数日、サビキの投げ釣りをしようと西港へ行くと、鯵達は釣り針の届かない所に移動。


網を入れて驚かされたので端の方へ


群れも小さく成って港の隅でじっとしています。


ならば、一週間もすれば釣れる所へ来るだろうと再度出掛けて行きました。

何処を探しても鯵のアの字も見当たりません。今年の西港は居心地が悪かったのか全員撤収していました。

何時もの静かな西港に戻っています

今年は出て行くのが早かったです。


去年は12月いっぱい迄西港に居たのが、今年は10月下旬には外洋へ出て行ってしまいました。

ロタ島の鯵釣りシーズンの終了です !。


忘れられた絶海の孤島、北マリアナ・ロタ島に来ました貨物船 !。あーあ、何ヶ月ぶりですか ?。

久しぶりに見るコンテナ船です

何時もは、グアム~サイパンの船です。

グアムからサイパンへ行く途中に、ついでに寄ってくれたみたいです(汗)。

SUPER  SHUTTLE と言う、いかにも外洋仕様の貨物船と言う感じのコンテナ船です。

時々ロタ島の西側沖をサイパンに向かって航行するのを見る事は有りましたが、ロタで見たのは初めてです。

いつもはこの船です


やはり小さい船ですね。

ロタの西港にもあんなに大きな船が入れるんですね。それもパイロット(案内船)無しでした。

で兎にも角にも食料に雑貨も当分は間に合うでしょう。これで蚊取り線香も手に入ります(笑)。

ロタで買える唯一の蚊取り線香


This is a 

Japanese products 

Lion Chemical,Wakayama)

この和歌山産の蚊取り線香が、10巻き1箱で約$2.5です。日本円換算で200円以下です。

キンチョーやアースの蚊取り線香だったら$10はするでしょう。和歌山のライオン・ケミカルさん頑張っています。

ただ、燃えるのが早くて四時間程で終わります(涙)、だから夜中にもう一つ点けないと朝が大変です(痒)。

で、濡らしてから点けると持ちが良いと聞いたので、水に浸けてから使う事にしたら、

ダレちゃって下に着いて消えちゃいます


30分毎に裏返します、眠れません(涙)。

で、Yahooブログの“えせ善人”さんに『下にガラス綿を敷いた蚊取り線香置き』が良いと、教えて頂きました。

      買って来ました前回の帰国時に !。


     アース渦巻香・バラの香り、上品な紫色 ?。

バラの香りも紫色も要らないし、臭いがキツくて大変でした。おまけに咽をやられて3日程苦しみました。

今日からはライオン・蚊取り線香を点けてゆっくりと寝られそうです。

貨物船は港を出ると北に向かって行きました。サイパンへ行くんでしょう。ご安全に !。

頼もしいコンテナ船です


      ミクロネシア諸島も廻る船です。

当分の間は、ビールも米も大丈夫でしょう。飲むぞーっ !、バドワイザーの不味いビール(涙)。

残る問題はだだ1つ、フリーダムエアーの30人乗りが復活してくれる事です。

依然として見込みが無いです。観光客は皆無に近い状態が続いています。




今日は久々の好天、洗濯と買い物に、普段の足が原チャリだから雨だとちょっとね。

家を出て1Km程デコボコの水溜まり道を行くと舗装道路に出ます。そこから1Km程で目的地。

スーパー&ランドリー&ポーカーハウス

 
      取り敢えずランドリーへ。


まずコインランドリーで洗濯です。久しぶりで洗濯物はかなりの量で一番大きな洗濯機へ。

洗濯物と洗剤を放り込みます


絡まん棒(?)洗濯機、意外と落ちが悪いです。

25¢×5=$1.25


ちゃんと動いてくれるか不安です。

そして洗濯が約30分、その間に買い物です。これもちょっと久しぶりです。

まず野菜を、キャベツ・タマネギ・人参。次にサッポロ一番(ICHIBAN)オリジナル。

日本の醤油味です


麺が日本の物より多いかも。

チキン・シュリンプ・ビーフ・オリジナル


この他にスパイシーがあります。

見かけないカップ麺発見 !

 
       どうも、フィリピン製の様です。

     名前がイマイチ解りません、Quichie ?

 
        NILAGANG  BAKA ?

          BAKA ?(爆)

 
   タガログ語・スペイン語の辞書でも ? ? ?。

続けて見付けた、パクリもの


いちごポッキーの完全パクリ。

買い物をして、パクリ物を見て楽しんでいると洗濯完了の時間に成りました。

何時もだと、これを家に持って帰って庭に干すか、倉庫の中に干すのですが天気がイマイチ。

    今日は乾燥機を使います$1.5で45分間。


奥から2番目のマシンが沢山入ります。

これを乾かしている間に、CUCへ電気と水道代を支払いに。電気・水道代を支払って、蚊取り線香を。

天候不順で海が荒れています。船が来ません、蚊取り線香が無くなりました。

シナパロ中のスーパーを探しましたが、有りませんライオン蚊取(メイド・イン・和歌山)。

仕方が無いので乾いた洗濯物を持って帰宅です。あーあ、蚊取り線香は何時届く事やら(痒)。

蚊取り線香の次はビールが無くなり、即席ラーメンが亡くなり、米が無くなり、パンも無く成るんです何時も。

早く来てくれTALAPOPO丸。小さい船で船長が意気地無しで、意地が悪いから困っています。

ちょっと波が有ると来ません。来たとしても港の入り口で難癖を付けて引き返す事も有ります。

半年程前に入港した時の写真
 
船長が意気地無しで底意地が悪い奴です。

さて、明日も天気は良さそうだし釣りでもするかなぁ。あと日本へ送る写真も撮りたいな。


ロタ島はマリアナ諸島の有人島5島の北から4番目の島です。人が住む一番北がアナタハン島、次がサイパン島。

テニアン島、ロタ島と続き、一番南がグアム島でこのグアムを除く有人・無人の14島を北マリアナ諸島と言います。

この島々には紀元前2,000年から1,500年には人が住んでいたと言われています。この先住民をチャモロ人と言います。

1521年、ポルトガル人マゼランが島々を確認、調査の為にグアム島に上陸したと言われています。

この時に原住民とイザコザが有り、チャモロ人数名を虐殺したと言われています。

一説に拠ると、この時の上陸用の小舟に積んで有った物が盗まれた事が発端と言われています。

原始共産制の暮らしを続けていたチャモロにとって、道具はみんなの物、盗むと言う意識は無かったかも知れません。

しかしポルトガル人のマゼラン一行には許せなかったのでしょう。小競り合いの後数名が殺されました。

その後、1668年にスペインが領有を宣言するも、それまでの名称のドロボウ島と言う訳にも行きません。

布教に訪れたカトリック祭司・イエズス会宣教師、ディェゴ・ルイス・デ・サンピトレスが名前を考案。

時のスペイン王フェリペ4世の妃マリアナ(ローマ皇帝フェルデナント3世の娘)の名前を付けマリアナ諸島。

布教活動が始まるが、自分たちの宗教を持つチャモロ人にとって、キリスト教は受け入れがたいものでした。

チャモロ人とスペイン人の間で戦争が起こります。戦闘は鉄砲を持つスペインが圧倒しました。

マゼランの船・スペインの虐殺と破壊

キリスト教・アラグアン・ベイ、当時の生活。


また戦闘以外でも、西洋からの伝染病などで10万人とも言われたチャモロ人が3,000人強に激減しました。


サイパン・テニアン・ロタの先住民・チャモロ達は強制的にグアムに集められました。

ロタ島では秘かに逃れた人々が島の南東のアラグアン・ベイに隠れ住みました。

スペインはサイパン・テニアン・ロタにトラック諸島・ポナペ島周辺のカロリアン人を移住させました。

チャモロ人は1800年には2,100人にまで減り、1886年には8,360人余まで回復、しかし混血が進みました。

併せてキリスト教化が進み、ほぼ100%がカソリック信者と成りました。それは現在も続いております。

そして、布教を始めた当時のイエズス会第3代総長、聖サンフランシスコ・デ・ボルハを祭るフィエスタです。

ボルハ総長、St. Francisco. de. Borja (1510. 10. 28~1572. 9. 30)カソリックの聖人・エクソシスト・地震の守護神。

正式には10月3日と決められていますが、現在では10月の3日過ぎの最初の土・日と成って居る様です。


まず、教会でミサが行われます。それが終わると場所を向かいのチャモロビレッジと言う広場に移します。

まずご馳走を戴きます


殆どの人はご馳走目当て、私もです。

列び始めてから30分は掛かります。

牛・豚・鹿肉・魚の焼・煮物、野菜の煮物・サラダ他


そして、式典や催し物、更にご馳走が食べ放題です。来賓の挨拶や市長の挨拶、高校生に拠るダンスなどです。


チャモロ人・アメリカ人・日本人など

何時もの年よりお客さんが少ないです。

K子さんと友人の娘さん

友人のお嬢さんは性格がとても素直です。

花火も上がりました

大きくは無いのですが数が沢山。

市長の挨拶
 
市長はスピーチよりも歌の方が上手です。

高校生チームに拠るダンス

クラブ活動も有る様です。

チャモロダンスと言うよりヒップホップ

一生懸命に踊っていました。 

 

なんだか年々規模が小さく成って行く様に見えます。今年は生バンドは有りませんでした。

途中、激しい雨が降ったりと、あいにくの空模様でしたが無事フィエスタが終了しました。


ロタ島周辺の海水温も高く赤道付近の西側に暖かい海水が集まっている様です。それでなのか今年は雨が多いです。

また、東側の南米大陸付近にも暖かい海水が集まって、いわゆるエルニーニョの様相を呈しています。


こんな時はお天気も乱暴に成る様で、集中豪雨や台風の発生も多く成りそうです。そして冬は暖冬だとか。

ところで、今ロタ島を含むマリアナ諸島を大きな低気圧が包んでいて、台風が生まれそうです。

10月1日午前のマリアナ諸島付近

          

巨大な雲が発生し纏まり始めました。


10月1日午後10時、渦巻きに成り始めました

       

間もなく台風に成るでしょう。

海水温が高いのでこのまま発達すると間もなく台風になるものと思われます。

今年は、ここマリアナ付近と少し西のヤップ島付近から、3つ程の台風を日本向けに発送致しました。

今回このトロピカルストームが台風に成ると4つ目をお送りする事に成ると思います。

あまり大きく成らずに、進む方向も日本には向かない事を祈っています。

台風つながりで、2002年12月の昔話です。

10年前、私がロタ島で借りていた家が、台風で酷い被害に遭い住む事が出来なく成りました。

その台風は、ミクロネシアのポナペ島付近に発生し、3日間程居座り西に向かって動き出しました。

12月の初旬に、諸用でポナペに居た私は、飛行機の欠航で帰るに帰れず、雨と風の中をホテルに缶詰でした。

やっと4日目に飛行機が到着、トラック島を経てグアムにたどり着きました。そしてグアムで得た情報に驚きました。

まず、グアム空港のレーダーサイトが倒壊し航空管制が麻痺し、アンダースン空軍基地のレーダーを代用。

発電所が停止し全島が停電している事。ポンプが停止して全島に水が出ない事。

グアム空港は、1階のガラスが殆ど割れて水浸し状態で有りました。

グアムに着いたのが夜の7時少し前、乗り換えは明日の午後2時過ぎ、19時間あまり有ります。

ホテルを取ろうとすると非常事態宣言が出され、『ホテルはローカルの避難場所として満室』との事。

どこかの国の様に、災害時に“公民館や体育館”などに押し込めたりはしません、ホテルが避難場所なのです。

諦めました、グアムの友人に『泊めてくれ』と言うのも、この状態では迷惑だと判断し空港内で待機。

水浸しの1階から床の乾いた2階へ、ただひたすら明日の午後便の到着を待つのみでした。

夜の11時過ぎにウトウトしていたところを起こされました。ケタタマしい団体の話し声、甲高い騒音です。

午前1時台のソウル行きに乗る韓国人の団体チェックインタイムだったのです。

それにしても、こんなに大きな声で話さないと聞こえないのか韓国人は、相当に耳が悪いのだと思いましたね。

すると、もう寝られません。仕方なくトイレに行ったり所在なく空港の2階をウロウロしていました。

こんな時の10分は1時間ぐらいに感じる物です。そして、夜が明け関空や名古屋へ帰る日本人を見送り。

ようようの事で午後の成田行きに搭乗しました。その後に出された機内食は美味かったです。

コーヒーも2回お代わりをしました。そして成田から自宅へ。飛行機で追い越した台風が日本へ。

1週間程してロタからの電話。ロタの借家が半壊状態で住めなく成っているとの事。

レストランの後を借りていて、店舗を含め5区画の家でした。店舗本体はコンクリートの陸屋根でした。

後から継ぎ足して広げて行った建物で、トタン屋根の部分が多かったのです。

留守番を兼ねて友人一家6人に住んでもらっていたのですが、ガラス窓が吹き飛び陸屋根意外は飛ばされました。

そして、『住めないので引っ越すから』との連絡でした。直ぐには修繕の目処も立たず了承。

後から調べると、ポナペに発生した台風が、トラック諸島を通りグアムへ。最大風速120メートル超とか。

この台風は2002年台風26号・ポンソナ、台風のレベル5=最大級、最大瞬間風速126ノット? ? ?。

そのあと向きを変えロタを直撃、ロタでは風速100メートル以上と、ただし観測所がないので正式な記録は不明。

住民の話では、最初は東港から上がった波がソンソン村の中心部を通り、郵便局前から西の浜へ。

風が変わり西の浜から上がった波が今度は東港へと、村の中心部を波が洗ったと言う事でした。

そして、波に打ち上げられた魚が食べきれないくらい拾えたと言う事です。百キロを超えるカジキも拾ったとか。

私の借家も直ぐ西は海です。風雨だけで無く相当に波に拠る被害も有った様でした。

ロタ島では10年毎の台風と言われています。もうそろそろ大きな台風が来るのではと言っています。

さて、メイド・イン・マリアナの台風19号は間もなくお届け出来ると思います。


ロタ島は離島です。場所は、グアムの約70Km程北で、サイパンの約120Km程南に位置します。

北緯で言えばマニラとほぼ一緒です。東経で言えば北海道の根室と一緒です。

世界地図か地球儀をお持ちの方は、マニラから真東へ、根室市から真南へ線を引いて交わる所がロタ島です。

日本からロタ島へは、グアムかサイパンで乗り継ぐ必要が有ります。直行便はチャーター便が年に数便だけです。

現在、グアム・サイパンからロタへの便は、フリーダムエアーとケープエアーが就航して居ます。

下の写真は、ロタ空港に注機中のフリーダム機、右のエンジンが故障中です。

修理の見込みは立っていません(汗)、何故かと言えば、フリーダムは放漫経営で金が無いのです(笑)。

フリーダム・エアーのショーツ360

またまた故障中です。

エンジンは取り外されています

でも修理は何時に成るのか。

プロペラだけ置いて有ります。

いつエンジンとセットして機体に戻るのか。

ただし、ケープアーの便はグアム~ロタ~サイパンと飛び、サイパンからはグアムへ飛んで行ってしまいます。

サイパンからロタへは寄りません

40人も乗れるのですが。

つまり、サイパンからロタへ寄ってくれるのはフリーダム・エアー便のみなのです。

そのフリーダムの30人乗りが故障中で、代替え機が就航して居ますが、8人乗りを6人乗りとして使用。

つまり、後ろ2席を荷物スペースとし、乗客は5人でパイロットを入れて6人が定員です。

一度に5人の乗客しか乗れません

朝・夕に2便で10人だけです。

現在、フリーダムは予約は出来ません。当日カウンターに行って先着5名が搭乗可能です。

来月の第一週にはフィエスタが有ります。年に一度のお祭りです。これではお客さんも来られません。

それで最後の手段として、イレギュラーですが、スターマリアナスのチャーター便と言う手が有ります。

スターマリアナスは、サイパン~テニアン、サイパン~ロタ~グアム就航のライセンスを取得。

現在は主にサイパン~テニアン路線に旅客便を就航。サイパン~ロタ~グアムへは、貨物便を飛ばしています。

スターマリアナスの6人乗りチェロキー

乗客は5人までです。

サイパン~ロタ間はスターマリアナスのチャーター便が便利です。片道$500以下で飛んでくれます。

5名なら1名あたり$100は掛かりません、往復でも$200以下で済みます。フリーダムより安いんです。

近い将来、スターマリアナスは10人乗りの機体を2機購入し、サイパン~ロタ~グアム間に飛ばします。

そうなれば、フリーダムは潰れる運命に有ります。しかし、フリーダムエアーは国際ライセンスの会社です。

潰れるのを待っている人もいます。買い叩いて韓国~サイパン、日本~サイパンへの就航を狙っています。

しかし何れにしても最早、日本資本の出る幕は無さそうです。今一番元気なのは韓国資本です。

30年前の日本のバブルを彷彿とさせる勢いです。しかしこれも何時まで続くのかアメリカ次第ですかね ?。

今、グアムもサイパンも韓国資本が席巻しています。しかし韓国も作られたパプル景気です。

日本の二の前に成って、バブル後に引き上げる時は投資額の3分の1~5分の1に成ります。

何年か後には来るだろう、そんな姿が透けて見えます。日本のバブルのミニチュア版です。


ロタ島からまた一人、重鎮の日本人が居なく成ります。ロタリゾート&C Cの総支配人・山口氏の帰国です。

ロタリゾート&CC創設以来のスタッフ、17年間に亘りホテル&ゴルフ場の運営管理に尽力して来ました。

孤立無援で奮闘して来た山口氏


長い間お疲れ様です。

ロタリゾート&CCは、自然との調和をコンセプトに運営をして来ました。『何も無い島で何もしない贅沢』です。

ロタのゾートは関西のスポーツ施設運営会社が、ホテルとゴルフ場を併設して開業しました。

そのゴルフ場を建設していた時です。コースの中程の大きな木に鳥の巣が有り、子育ての最中でした。

『鳥が巣立って巣が空になるまでゴルフ場の建設を止めよう。』これが結論でした。

結果、ゴルフ場のフルオープンが一年間延びました。最初は9ホールだけのスタートでした。

そんなゴルフ場付きのホテルも、日本の景気後退により顧客の激減と飛行機会社の撤退に遭います。

PIA(PACIFIC  ISLAND  AVIATION)の撤退です。撤退後はノースウェストが運営、それも撤退。

PIAのショーツ360(尾翼に日本企業のマーク)


30人乗りの古い機体でした。
(飛び上がるまで冷房が効きません・笑)

尾翼にSEINOとカンガルーマーク


NOとカンガルーのしっぽの消し残りです。

このマークの消し残りです

もはや古き良き時代なのでしょうか。

その後の日本人客の激減でホテルは経営者が代わり、その後もう一度経営者の交代が有りました。

現在はグアムに5つのホテルを展開するホテルチェーンが運営。オーナーは韓国系米国人投資家です。

そのホテルオーナーが、ロタ島に大規模なカジノホテルを建設する事を発表しました。

数百名を収容する大型カジノホテルです。まつり、ロタ島がロタ島で無く成る日が来ると言う事です。

ロタリゾートの山口GMも、『何も無いけど温かいロタスピリッツが好きで頑張って来たけどもう限界です。』

と、カジノホテルが出来てロタが変貌して行く手助けをする事を拒否。今月末で退職します。

『愛するロタ島がグアムやサイパンの様な喧噪と欲望の島に変貌するのを観たくない。』

と言うのが本音の所、私も同感です。日本から2,800Kmの地上の楽園が、近い将来地上の修羅場に変わります。

私の農業振興プランも現市長とは方向が逆で、現市長は都市化と近代化こそが発展と考えています。

そんな事は40年も前に経験した日本人としては、違う発展の仕方を提案しているのですが。

現市長もサイパンの現知事も、10年先の安定よりも目の前の現金・税収に目が行ってしまっています。

確かに、大型ホテルや店舗が出来れば税収もあがり、雇用も増えます。

しかし、大型カジノホテルが出来ても、従業員はフィリピン人や韓国人や日本人に成ってしまいます。

地元のチャモロはほんの少数だけ、法律で規定された人数を雇用されるだけです。

ちょうど、日本の障害者雇用規定の様にチャモロを雇用しなければ成らない規定があるのです。

さて私には、この後ロタ島でしなければ成らない事が2つあります。1つは、やはり農業の振興です。

大型ホテルが出来ればなお、新鮮野菜は必要に成ります。島の実質経済の底上げに成ります。

2番目は、現在企画が最終段階に来ております、自然回帰による癒しの実践モデルのお手伝いです。

これはもう少し具体的に成った段階で発表したいと考えています。

当面は、それらを形にして廻る様にするお手伝いをしなければ成りません。

その後は、もっと田舎の島に行くかなぁ。ポナペ島もコスラエ島も良いんだよねぇ。

ミクロネシア連邦・ポンペイ州


ポンペイ(ポナペ)首都の島。

パラオ人の友人が商売を始めるからGMとしてやってくれ、と言う話も有るんだけどねぇ。

私は横着者だから、何もしたく無いのも本音だし(爆笑)。


今回の帰国は、目的が3つ有りました。Drチェック・家の引っ越し・マニエル君口座の開設です。

Drチェックは、順調に快復をしている様です。ロタ島での生活で心身ともに原点回帰しております。

2つ目の家の引っ越しは、引っ越し先のリニューアルが来月まで掛かる様で、今回は出来ませんでした。

来月半ばには引っ越せる様で、準備をして後は家を守る弟に任せて帰島いたしました。宜しく頼みます。

3つ目の白血病で東京世田谷の病院で治療中の、マニエル・アタリック君を励ます口座の開設です。

東京世田谷で治療中のマニエル君

ロタ島のスーパーのレジ横に置いて有ります。


結論から申し上げます。郵貯口座新設の書類一式は受理してもらえました。現在は決済待ちです。

前回は、グダグダと小難しい事を並べて書類の受理さえして貰えませんでした。一歩前進です。

2~3週間で結果の連絡が来る事に。口座が成立した暁には皆さんの温かいご協力をお願い致します。

9月8日に、大田区の蒲田でマニエル君のお父さん・ジェームス氏と待ち合せ。

駅の改札で落ち合い、商店街の外れの焼き鳥屋さんへ。ロタで別れて以来3ヶ月ぶりの再会です。

マニエル君の父、ジエームス氏

日本語が堪能です。

ビールを飲みながらマニエル君の話を中心に四方山話を。彼の治療経過、骨髄移植は成功した模様。

現在、無菌室を出て一般病棟に移り経過を観ながら治療中との事。希望が出て来ました。

2ヶ月前までは一進一退を繰り返し、外泊許可が出た途端に高熱が出て無菌室に戻されていました。

このまま順調に快復して欲しいです。お母さんのチエさんは世田谷の病院へ行っていて会えませんでした。

焼き鳥屋で話をしていると、隣りのお客さんが『沖縄の方ですか ?』と話しかけて来ました。

ジェームス氏『はい』と言いながら調子を併せて話していましたが、『実はマリアナ諸島のロタ島人です』と。

で、息子が白血病で都内の病院で治療中、母親は日本人でチエさんと言い、ロタ島一の働き者。

ロタ島では、治療費捻出の為に宝くじ(ラッフルチケット)を発売し、賞品に土地を提供した話。

でも、予定の半分しか集まらず、残った土地を売に出している話、寄付金口座の開設の話などをしました。

すると、『私にも協力させて下さい』と、サイフからお金を。この方、Murawskiさんと言うポーランドの方。

めちゃめちゃ綺麗な日本語を話す方で、日本の大手の通商会社にお務めで名刺も戴きました。

その後、お礼を言って店を出て蒲田駅の改札で別れて帰宅。マニエル君の快復の兆しに一安心です。

前回5月のブログの後、沢山の方から励ましと協力の依頼を戴き、大変に嬉しく思っております。

口座の決済が出ましたら改めてお知らせを申し上げます。その時は宜しくお願いを申し上げます。