今年は、“マヤ暦”と言う西洋にも東洋にも馴染みの無い暦の事で騒がしい1年でした。

12月21日で世界は終わりませんし、ポールシフトも地磁気の逆転も有りませんでした。

巨大隕石落下も、
未知の惑星の異常接近も、宇宙戦争も起きませんでした。

1年間ちゃもろマンのブログにお付き合い、ありがとうございました。

今年最後のブログに載せて暮れのご挨拶、日本の古き良き文化 “お歳暮” をお届け致します。

ロタ島から花の“お歳暮” です

プルメリア
























バナナ

皆様にとって、来年が更なる飛躍の年と成ります様、ロタ島よりお祈り致しております。

そして、安心と平和と幸福がいつまでも続きます様に。




みんさん、世の中が終わらなくて良かったです(笑)。全世界的にクリスマスがやってまいりました。

ロタ島、2012年12月24日、午前1時。気温27度。今日はクリスマス・イブ。日本は結構寒そうですね。

そんな、Tシャツ・短パンでサンタ・クロースがやって来そうなロタ島のクリスマスの一部を紹介致します。

ロタ島はスペイン統治時代からキリスト教(カソリック教)の永い歴史があります。

また労働者のフィリピン人もカソリック信者が多く、クリスマスと復活祭は島中で盛大に祝います。

そして、今年もクリスマス・イルミネーションは飾り付けられました。少し紹介させて戴きますね。

Merry Christmas! & a Happy New Year!




          ソンソン村の中央公園



 奥へ廻ると、何故か提灯が(お盆じゃ無いよ・笑)



       飼い葉桶のイエスを拝む博士達

     ベツレヘムの星に導かれた東洋の博士達。

         丘の上のクロスポイント
      復活祭のゴルゴダの丘に成る場所。


     クロスポイント(ゴルゴタの丘)のアップ

      この丘からの夜景もロマンチックです。

教会では、今夜は救世主の誕生を祝うミサが夜通し催されます。その模様などは、またの機会に。

Merry Christmas !


ちょっと前の話、双子座流星群の観察です。12月14日の深夜から明け方迄の事です。

松野氏からのお誘いがありました。松野夫人が『双子座流星群のピークなので観に行きませんか ?』。

勿論、即座に『行きます、ありがとうございます』、で深夜2:30に迎えに来て頂ける事に。

あっ、誤解の無い様にお断りをします。松野さんは毎日遊んで居る訳ではなくて仕事をしています。

彼は、朝3時から4時頃に起きて、コンピュータに向かい7~8時間仕事をしてからバード・サンクチュアリへ。

その後、風呂に入り昼寝を。午後からはビール・焼酎を頂きながらロタ・タイムを楽しんでいます。

そして、約束の時間に車でお迎えが。3人で観察場所のバード・サンクチュアリへと向かいます。

車で約20分、民家の明かりも街灯も無い真っ暗闇の“野鳥の聖地”。星空観察には
最高のステージです。

着くと直ぐに、ビールと串焼きバーベキュー(笑)。その他おつまみ・焼酎・氷などを展望台のテーブルへ。

南を見ると遠くにグアムの灯りがオレンジ色に輝いています。

これは、夜明け間近に撮ったものです


グアム北部のアンダーセン空軍基地の灯りでしょうか

星は流れています。1分間に3個~4個は観られます。松野さんが調べた情報だと1時間に100個程度との事。

いえいえ、ロタではその3倍は観えています。双子座はほぼ天中です。流星は真上から空一面に降っています。

それぞれが思い思い別の方角を観ています。『うおーっ!』と言う歓声を聞いてはそちらを観ます。

これは、Yahooからお借りした画像

私のカメラと腕では写せません(涙)。


でも、その時には流れた後(涙)。そこから目を戻すと自分の観ている所に“スーッ ! ”とスジが『うおーっ !』。

無数の星が流れる天体ショーを満喫していると、西に見えるサバナ山の麓近くから点滅する灯りが。

カーツ家の辺りです。『今夜がピークだから観に行こう』と声を掛けると、カーツさん『私は寝る』と。

きっと、クリスティーナが起きて観察をしているのでしょう。こちらからも電灯を向けて“チカチカ !”。

あちらからも“チカチカ !”、湾を挟んで対岸までは、4~5Kmでしょうか。電灯の灯りで無言の語らい。

その内に東の空がかすかに明るく成り始め、明けの明星が輝き始めました。間も無く夜明けです。


東の空に明けの明星が


他にも星は沢山見えますが、カメラと腕が(涙)。

ここは、日の出の観察ポイントでもあります


元旦はここで初日を拝みます。

残った飲み物と食べ物を胃袋におさめ、荷物をまとめて帰り支度。雨にも降られずに良い星空観察でした。

今日も晴天の1日の始まりです


海は少し荒れ気味ですが、空は穏やかです。

ロタの魅力は、世界一透明な海・夜空の美しさ・野鳥の多さ・手付かずの自然・フレンドリーな人々。

美味しい水・豊富な果物・1年中咲く花・おいしいチャモロ料理、遠慮の要らない、いつも楽しい飲み仲間。


松野さんから電話でお誘いです。『今夜、ジョイちゃん・ジミーちゃん達が来るから一緒に飲みましょう。』

勿論、1も2も無くOKです。『じゃあ、3時に迎えに行きます。』、この上なくありがたいお言葉です。

私のバイクはタイヤが擦り減って空気が漏れて走れないのです。そして、ロタにはタイヤが無いのです(涙)。

いえ、厳密に言えばタイヤは有ります。チューブが無いんです(涙)。今、日本から取り寄せ中です。

松野夫人が迎えに来てくれました。そして松野邸に到着、ジョイちゃん・ジミイちゃん・ロミさん&夫人。

今日は始めての、ロミさん夫人の親戚親子(名前を忘れちゃいました)そして松野ご夫妻と飲み会はスタート。

まず、魚のホイル蒸しを作ります。鱗を取り内蔵も取ります。マヨネーズとタマネギのみじん切りを和えます。

そのオニオン・マヨネーズを満遍なく魚に塗り、お腹と鰓にしっかりと詰めます。

鱗と鰓を取った魚を準備

アルミホイル、バナナの葉を敷き、上におきます。

オニオン・マヨネーズを塗り、お腹と鰓に詰めます

バナナの葉で包み、更にホイルで包みます。

これを遠火で焦さない様にゆっくりと蒸し焼きにします。約30分~40分程度を掛けて火を通します。

しっとり柔らかホクホクです


これは多分フエフキです、これがオナガなら最高です。

他に、イクラ・塩辛・タラコ・生ハム・伊勢エビの煮物。アジの刺し身・アジのナメロウ・骨の唐揚げ。

そして串焼きバーベキューと有ります。ちなみにナメロウは私が作りました。

まずスタートはビールから、シャンパン・
ワイン
・酒
・ブランディ・焼酎、とお好み次第でいろいろです。


話も箸も弾みます


肴は全部が美味しいです、もちろん酒もです。

楽しい、ごった煮の様な四方山話に花が咲き時の経つのを忘れます。そして、在庫のビールが無く成る頃。

『ティアーズ・カフェに行きません ?』松野氏の提案です。否は無し、ロミさんの親類のおばさんだけ帰宅。

後は、2台の車に分乗して村へ。旨いフィリピン料理の店。カラオケも有り、残念ながら日本の曲は無し ?。

店の入り口から盛り上がっています


飲むといつもテンションは高目を維持(笑)。

さて、仕切り直しです


飲んで、食べて、歌って、踊りま~す。

良いですね


円熟のご夫婦です。

良いんですか、この組み合わせ ?


店のマスターは、ゲ◯ですけど(汗)。

夫人も笑っている事だし、良いとしましょうか。ただ、これが前哨戦でしか無かったのです。

食べて・飲んで・歌って・踊って、弾けた処で河岸を変える事に、ディスコへ、次は “アクエリアス” へ。

車で1分程、老舗のグラブ&ディスコです。店に入り、テーブルに着き、飲み物を頼み、歌って踊る。

ダンスタイム、スタート


ステージが狭く感じます(笑い)。

あっ、これ揉めている訳では有りません


踊っているんですよ、たぶん(汗)。

ジョイちゃんのポール・ダンス


ここまでは格好良かったんです。

気持ちは解ります


いつか、オリンピック種目に成るかも(汗)。


ロタの3バ◯・トリオ


この3人はいつもこの調子です。

そして今宵もロタの夜は、激しくも静かに更けて行くので在りました。明日は全員筋肉痛だろうなぁ~。


故郷のロタ島に帰ったManuel,Kobokata,Atalig君の葬儀がありました。12月15日午前7時半からでした。

棺は家から教会までを友人達が運びます


友人・同級生達が街の中を廻って教会へ。


教会入り口で司祭によるお祈りと聖水が掛けられます。そして親族の手によって教会の中へ。

親族の手によって祭壇に運ばれます

先頭手前が父ジェームス氏・向こうが母チエさん

棺に花が飾られました

安らかな眠っている様なマニエル君。

賛美歌から聖書の永い朗読と続きます。そして、参列者全員が棺の前で最期のお別れをします。

その後、親族と挨拶を交わします。これは日本式で言えば、お焼香と親族との挨拶と同じです。

そして、会場ではマニエル君の思い出を綴った冊子が配られました。

手作りの冊子です









本葬儀は、午前11時から更にしめやかに行われ、棺は隣に有るお墓へと埋葬されました。

去年の震災直後にロタ市長を先頭に
『今が日本に対する恩返しの時だ』と
公営住宅をリニューアルしました。

市の幹部数人と被災地を訪れ
『日本の被災者に住んでもらう住宅を用意しました』と表明しました。

日本の外(害)務省始め、無能・無策・無知・無思慮な役所の対応で実現はしませんでした。

しかし、ロタ島民の日本人に対する親愛の情には篤い物が有り、その気持ちを有り難く受け止めていました。

そして、マニエル君の白血病発症の後、日本での治療が始まり、2~3年の長期療養を覚悟していました。

父ジェームス氏は、土地を手放す事を決め、ラッフルチケット(土地が賞品の宝くじ)を発売しました。

当初見込みの半分程度の売り上げしか無く、追加で土地を個別販売に踏み切りました。

日本から数名の購入希望が有り、10区画の内の賞品2区画以外の6区画は買い手が決まりました。

私は別に日本での募金活動を考え、“マニエル君がんばれ”と言う口座名で郵貯口座の開設に動きました。

しかし、振込め詐欺や麻薬取引その他のアンダーマネーの洗浄に関する規制により時間が掛かりました。

約半年掛かりで先日口座の開設が承認され、これで本格的に動き出せると思った矢先の訃報でした。

この間、多くのブログ読者から温かいお言葉を多数戴き、多くの励ましも寄せて戴きました。

日本人の心は大丈夫だ。日本人は素晴らしい、と更にもう一頑張り役に立てればと思いました。

しかし時すでに遅く、汐は満ちてしまいました。マニエル君への気持ちを形にする事は出来ませんでした。

そして、震災後のロタ島民の気持ちに答える募金活動を遂行する事が出来ませんでした。

私の気持ちに不純なものが無かったろうか ?。募金活動を呼び掛ける事で感謝や名誉を期待しなかったか ?。

動機・目的がヨコシマなものでは無かったのかと、自己を反省しております。

天が『お前の様な者がやるべき事ではない』と、戒めを与えたのでは無いかとも。

この上は、マニエル君の冥福を信じ、天国での安らかな日々を願っております。

ブログで繋がる多くの友人の皆様、応援のお気持ちをお寄せ下さりありがとうございました。

彼はこのお墓の一画に眠ります


ロタを訪れる機会が有りましたら、ここへも。

Manuel, Kobokata, Atalig 君のご冥福を祈りつつ、日本の皆様への感謝を込めて、        合掌。


白血病の治療中だった、マニエル・アタリック君が12月6日に亡く成られました。15才でした。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

5月に記事をUP後、皆様からの温かい励ましの言葉を多数戴きありがとうございました。

今回の帰国で待ちに待った“マニエル君がんばれ
”の募金口座も設立、運営可能と成りました。

そこへ、NAGIさんから連絡が入り、『マニエル君逝去』の一報です、茫然自失でした。

現在、彼は都内の斎場で日本式の通夜が営まれ、間も無くロタへ帰ってまいります。

そして、葬儀が執り行われ生まれ育ったロタで土に帰ります。

マニエル君のロタでの葬儀の模様など、機会が有りましたらお知らせしたいと思っています。

まずは、ご一報まで。

マニエル・アタリック君のご冥福を祈り、合掌。

皆様からの温かいお言葉の数々ありがとうございました。両親に成り代わり御礼申し上げます。

ロタ島は北緯17度、フィリピンのマニラとほぼ同緯度です。東経145度、北海道根室市と一緒です。

マリアナ海溝の西に位置し、小笠原の更に南、硫黄島よりも更に南大小15の南北に連なる列島が有ります。

その一番南がグアム島、その北隣がロタ島です。更に北に無人島・テニアン島・サイパン島と続きます。

風はいつも北東から西南に吹いています。いわゆる北東貿易風です。だからロタの天気は東から変わります。

そして、寒暖の差は殆ど無く1年を通して27度~30度です。季節としては雨期と乾期に別れています。

雨期は6月~11月で、乾期は12月~5月が通常です。今年は11月10日頃に雨期が開けた模様です。

ただ、雨期とは言っても日本の梅雨の様に朝から晩までシトシトザアザアと降る事は殆ど有りません。

雲が多く成り、スコールの回数が多く成ると言う事です。まれに大きな雨雲が掛かって1日雨と言う事も。

乾期は、雨の量が極端に少なく成ります。1ヶ月近く雨が無く畑がカリカリに成ってヒビ割れる事も有ります。

ジャングルの茅が枯れて一面が枯れ草色に成ります。こう成ると火がつき易く山火事が頻発します。

乾期に成ると日の出や夕陽が綺麗に成ります。一昨日の夕方綺麗な夕陽を見ながら雨期開けを実感しました。

乾期は夕陽が綺麗です


茜色の空が何とも綺麗です


この後に空全体が染まります


フィリピン海に陽が沈むと空全体が茜色に染まります。東の空も北の空も一様に真っ赤です。

その後を追う様に東の空に大きな月が昇って来ます。今宵は満月十五夜の月です。

月食と言うので夜中過ぎまで観察
コンパクトデジカメの限界、倍率いっぱいだとピントが

月食のピーク時間、ぜんぜん欠けて来ない
帰って調べたら半影月食 ?、なんじゃそれぇ~ !。

ロタは普通に月の明かりで新聞が読めます。あっ !、でもロタの新聞は英字紙 、私には読めません(汗)。

満月の晩は自動車のヘッドライト無しでも走れます。そして、ヤシガニは巣穴から出て来ません。

夜の海の素潜り漁も魚の動きが活発で、銛で突く事が出来ません。

一昔前には、満月に乱舞する大コウモリ(フルーツバット)が沢山居て月面を横切る姿が幻想的でした。

今はフルーツバットを見る事も年に1~2度に成ってしまいました。なぜ ?、食べちゃったんですよ(涙)。

さて、このブログをUPしたら帰国の準備です。3日の早朝3時台のフライトでグアム経由で帰ります。

ロタに戻るのはクリスマス前に成ると思います。早ければ10日過ぎに戻るかも知れません。

その間は、リコメや訪問が出来にくいと思います。悪しからずご理解下さい。

では、いざ極寒の日本へ ! !。さむそぅー !、帰りたく無いなぁー(涙)。


11月22日は全米の祝日・感謝祭です。日本人には馴染みの無い祝日ですよね、ちょっと説明致します。

Sank's giving Day とも Turkey Day とも言います。このお祭りの歴史は1621年の11月に始まります。

イギリスのエリザベス1世は、ローマ法王庁と袂を分かったカソリック教を国教と定めました。

イギリスではキリスト教各派は弾圧を受け、新天地アメリカで信仰の自由を得たいと考えたグループがいました。

1620年9月、イギリスを出発したメイフラワー号は2ヶ月を掛けて新天地アメリカに着きます。

その船でピルグリム・ファザーズと言う一団102名が到着、マサチューセッツ州・プリマスと言う所に入植。

しかし季節は冬に差し掛かる11月、住居や食料・医薬品も充分では有りませんでした。

冬の訪れと共に食料不足と病に次々と倒れ、半数の仲間が死んで往く辛い試練を迎えました。

先住民のインディアン・ワンパノアグ族の知恵を得て、彼らの空き家に住み畑を耕した。

夏が過ぎる頃には大豊作と成り食べ物に事欠く心配は無く成っていました。

その年の全ての収穫を終えた11月の最後の木曜日に、ワンパノアグ族を呼んで感謝祭を開きました。

感謝祭の模様

インディアンと同席する移民達。

ローストされた七面鳥


正式には下味を付けたパンがお腹の中に。

さて、ロタでの感謝祭はどんな物でしょうか。本日のメニューには七面鳥とパイは欠かせません。

準備が出来た様です


マティオ・ファームのバーベキューハウス。

一番手前がパイ、次が

七面鳥

です。


男達が準備をします。

私の戴いた一皿目


レッドライス・魚・七面鳥・焼肉・春巻・茄子・サラダ。

これを2皿とビールをたっぷりと戴きました。この後しばし雑談、話題は終わったばかりの選挙。

国際情勢・政治・経済・ロタに計画中のカジノホテルの賛否など。結局最後は“市長は能無しだ !”。

アメリカ政府は破綻している、中国バブルは弾けて30~40%に萎む、韓国経済は破綻状態。

頼りは日本だけ、北マリアナを救えるのは日本だけだ。日本からもっとお客が来る様にしてくれ。

私に言われても・・・・。まあ心掛けてはおきます、はい。

次にマティオの弟ディビットさんの感謝祭会場へ。感謝祭のハシゴです。

こちらはビーチサイドでBBQ


ディビットさん痛風が悪化しています。

食事の後の歓談の時間です


やっぱり景気の話が中心です。

綺麗どころのお二人


残念乍らお二人とも子持ちの亭主持ちです。

この若者が良く働きます


進んでゴミを集めています。

しばし雑談の後、流れ解散的にポツポツと帰宅します。私もタイミングを見て帰宅の途に付きました。

いやーっ、お腹も膨れた楽しくも美味しい感謝際の1日でした。感謝祭に感謝 !。


今年もロタ・ブルートライアスロンが開催されました。大会の歴史は古く今回で19回目です。

11月16日AM2:10頃、ユナイテッドの
チャーター便がロタ空港に到着。130人のお客様ご一行です。

長蛇の列を作り1時間以上も待たされて、イミグレーションを通過、送迎車でホテルへ。

明るく成れば起き出して、自転車の組み立て・試運転です。

まずは自転車の組み立て

1台50万円~100万円は当たり前。

貨物便で運ばれた自転車

飛行機がパンクして遅れて到着しました。


試乗に出発 !


気持ちはトップでゴール。

その頃、東港では

試泳の開始



真剣にコース説明を聞きます。

今年はコースが変更になりました

沖の浮きドック4つを時計回りに周回。


港口のブイでコース説明と帰り方の説明


救助&ガイドは船の他、水上バイクとカヌーを用意。


一夜明けて11月17日、第19回、KFCロタ・ブルートライアスロンのスタートです。

私は、例によってバイクの機嫌が悪く30分程掛けてエンジンはスタート。

走り出してロタホテルを過ぎた頃エンジンストップ。
ガス欠です。

前日に$5入れたので大丈夫だと思っていました。燃料計は半年前から動きません。チャイナ製 !。


LUTA GASまでバイクを押して戻っていると、車が止まってくれました。

10m程のローブでバイクを引いてくれたんです。
お礼を言って、ガソリンを入れてスタート地点へ。

ちょうど泳者が戻って来る処でした。まだ、山の向こうに太陽が顔を出した所です。


少し波も有り苦労した様子

この後は着替えて自転車です。

シューズを履いて、ヘルメットを付けて


この方誰だか解ります ? 後で教えま~す。

バイクも過酷です


長いキツい登りが有ります、下りには80kmも出ます。


島民のボランティアによる給水所

“がんばって !”と日本語で激励。

RUNの折り返し地点


ガガ二・フルーツガーデン前。


シャワーのサービス


テネトと言う地区のボランティア。


最終ゴール !

水泳・バイク・RUN を終えてのゴールです。


ウイナーはこの方

デフェンディングチャンピオンの勝利です。


この方も、まずまずの成績でゴール !

お疲れ様 ♡ !、“道◯カ◯ン”さん。

と言う事で、ロタ島でも最大級のイベントのトライアスロンが無事終了しました。

この後夕方からレセプション・パーティでしたが、私は友人の子供の誕生日会に出席。

だから、成績発表や表彰内容は全く解らずです。中途半端なレポートですみません。

でも参加者が全力で頑張っている姿と、島民が大歓迎で迎えている事を理解して戴ければ幸いです。

来年は第20回と言う記念大会に成りますが、はたしてホテルが存続して居るかどうかが心配です。

参加者の皆様、関係者各位、お疲れさまでした。

今、ロタ時間午後5時50分、帰りの飛行機が離陸致しました。ご無事でお帰り下さい。


アオリイカのエギング三昧の毎日です。8日に東港で2杯釣って干物にし、翌日ヘンリー邸でBBQ。

遠火でじっくり焼いたイカ

旨かったです。

裂き目がケバケバに、美味しい証拠です

甘みが有って旨かったです。

昨日もアオリイカを釣りに行きました。まずは一昨日釣れた東港へ。でも釣れません、ではと西港へ。

桟橋周りを探ってからリトル・アイランドへ。ポイントを決めて右・左・中、とエギを振り出します。

水際の石に腰を降ろして

実はリトルアイランドでは釣れた事が無いんです。

何の反応もなく10分程経った頃、イカが2匹エギに付いて来ました。良い型のイカです。

5メートル程の所でエギを止めて一旦沈めます。その時1匹が触手を延ばしエギを抱き込みました。

グッと重く成り、ジェット噴射でグイグイと引き込もうとします。ドラグを絞りゆっくりと巻きます。

一定の速度で慎重に巻いて行きます。足下まで引き寄せ一気に抜き上げて岩の上に着地させます。

350gから400g位でしょうか

まずまずの食べごろサイズ。

釣り残したチェッサーを狙ってエギを投入、すると足下にヒラアジでしょうか、素早い動きの大型の魚が。

イカが姿を消しました。何度投げても何の反応もありません。イカは逃げたか隠れてしまったようです。

暫くはダメだと諦めて釣ったイカを〆て松野邸へ。『イカがつれました、刺し身で食べましょう』。

松野夫人に冷蔵庫へ保管してもらい、再びソンソン村へ、今度はチャモロビレッジの式典へ。

11日は1918年11月11日、第一次世界大戦終結の日に因んで、復員軍人の日(退役軍人の日)です。

Veterans Day の式典の日

催し物や挨拶など。

式典の後は会食です

お皿に取って木陰で頂きました。

その後もう一度西港へ。イカの反応無し、あちら・こちらと探りましたがイカが居ない様です。

すると“ツバメ魚”が一匹、係留された船の脇で優雅にじっとしています。

ここがお気に入りなのかも

しばらく見ていましたが優雅です。

もう一度東港を偵察してから松野邸へ。松野さんと奥さんが二人列んでPCの前に。

SKYPEでカリフォルニアのアレックスと通話中。顔を見ながら話せる電話は実に良い。

アレックスは17年前にフィリピンからロタへ。ロタリゾートの仕事をしロタのチャモロの女性と結婚。

去年夫婦でカリフォルニアへ移住。現在、本人はカジノのセキュリティ、奥さんは資格を活かして看護婦。

今、外は雪が降っていてとても寒いと言う、でも二人とも元気で頑張っている様子に一安心。

ジョイさんが来たら掛け直す事にして一旦終了。その後ジョイさんが来て、SKYPEで再びカリフォルニアへ。

ジョイさん、親友のアレックスの顔を見ながら涙をこぼして会話。しばしの間タガログ語が飛び交って終了。

ビールで乾杯。松野さん、奥さん、ジョイさん、私の4人。早速イカ刺しと炙った干しイカをつまみます。

奥さんがイカを丁寧に皮剥きをして刺し身に、ゲソも手間をかけて皮を剥いてくれました。

昨日届けた干したイカも炙ってくれました。こちらも甘みが有って旨いです。

どれも美味しい。松野さんが『こんなに旨いなら、明日から僕も釣りに行く』との事。

うーんっ、ロタ島のアオリイカは小振だけれど、甘みが有って旨いです。また釣って来まーす。