日本での所用はまだまだ片付きそうに有りません。GWで肝心のお役所がお休みでした。

さて、緊急で皆様にお知らせが有ります。7日午後7時からロタ島で生活する女性が紹介されます。


夕陽を観ながら乾杯 !


ロタ島は時々テレビの取材が有り、日本で放送されています。主にTBSの番組が多い様です。


TBS、“世界の果ての日本人”、「家はテント、風呂は海、ロタ島リアル0円生活、47歳女性」。


村のお祭りにて

会えばその場でみんな友達です。


彼女は、テント1つでロタ島に来て、浜辺でキャンプ生活を始め、そろそろ1年です。


世界中を旅行して、ある日ロタ島に住みたいと思い付き、日本の全てを捨てて島に来ました。

元々彼女は、アメリカ領のグリーンカードを所持、USAの何処へでも出入りが自由なのです。

仕事も永住するのも自由なのです。だから、良い子の皆さんはマネをしないで下さいね。

旅行者が無断で浜辺でテント生活をして居たら、移民局に連行されて強制帰国に成るかもです。

そんな彼女のロタでの生き方を紹介するテレビが有りますので、お時間のある方はどうぞ。

おとといの29日に潮干狩りに行って来ました。7年振りでしょうか、船橋三番瀬です。

弟と私、そして4年振りに成るでしょうか、友人の森さんを誘って3人でした。

三番瀬は海浜公園が隣接して有料駐車場も完備、駐車は1日500円です。

有料の潮干狩場も有ります。でも、前日に撒いた中国産のアサリを拾うのです。

有料は檻の中での貝拾い

入場料とアサリ代は別。

檻の中の撒かれたアサリ獲りは、入場料が400円で獲れたアサリは1Kgで600円です。

その代わりに必ずアサリが獲れます。家族連れで大変な混雑でした。

私はその沖の自然の貝を狙います。ただしアサリが居るか居ないかは運まかせです。

東京湾は、元の海岸から数キロ沖までの干潟を埋めて工場地帯や住宅地を造成しました。

その埋め立ての為に、更に沖の海底から砂を海水ごとポンプで汲上げて陸地を造りました。

その砂を汲み上げた海底には大きくて深いスリ鉢の様な穴が無数に在ります。

その穴に微生物の死骸が堆積し分解される時に酸素と結び付き貧酸素の水が出来ます。

その酸素の殆ど無い冷たい水が、風向きや海水温や海流の影響で表層へと移動します。

その貧酸素海水には嫌気性の微生物が造り出した硫化水素を多く含みます。

その硫化水素が海水や空気中の酸素と反応して白濁し青白い色に成ります。これが青潮です。

この青潮が発生すると、動きの遅い貝やカニや海老などは酸欠と硫化水素で死滅します。

だから、去年は大豊漁だったアサリも全滅して、全く居ないと言う事も良く有ります。

今年は、残念ながらアサリもアオヤギ(バカガイ)も全く居ませんでした。

その代わりに、通称・大アサリ(ホンビノス)と言う、アメリカ東海岸原産の貝が獲れました。


ホンビノス(通称大アサリ)

ゲンコツより大きいです。


この貝は元々は日本には居ませんでしたが、数十年前から東京湾で繁殖しています。

なぜ大西洋原産の貝が日本に来たのかは、無口なホンビノスは教えてくれません。

考えられるのは、大西洋で貨物を降ろした船が、空のままではバランスが悪いので水を積みます。

その水に貝の幼生が混じり、パナマ運河を通って太平洋を越えて日本に来たと思われます。

今では魚屋で売られている事も有ります。身は少し硬いですが出汁も出て美味しい貝です。

そんな訳で、アサリとアオヤギは獲れませんでしたがホンビノスの大漁でした。

スマシ汁と酒蒸をお腹いっぱい頂きました。当分の間は貝類を食べたく無いくらいです(笑)。

でも家では食べ切れず、ご近所にお裾分けです。ロタでは出来ない潮干狩り楽しかったです。


15日Am12:30頃に帰宅して約一週間が経とうとしています。いやーっ、こんなに寒いとは(涙)。

帰国したのが月曜日、昼は回転寿しを腹一杯食べました。久しぶりの寿司、旨かったです。

火曜日は朝から年金事務所へ、延々と待たされ話しをするも納得が行かず、資料を集めて出直し。


不親切の極み、お役所の典型、年金事務所

水曜日は病院へ、バスと電車を乗り継いで、またバスに乗って片道約1時間ほど掛かります。


病院

受付を済ませて、2時間程待たされて診察は10分程。さして異常も無くまだ生きられそう。

木曜日は市役所へ、日本での住宅を確保すべく生活支援課に相談。ここでも延々と待たされる。


市役所

公団住宅・市営住宅・県営住宅・雇用促進住宅と斡旋してもらえる住宅を選択・相談。

住宅を絞り込み、斡旋条件や申し込み窓口等を確認。必要書類や資料を貰って帰る。

その足で教えられた住宅申し込み窓口へ。説明を受け入居資格条件を確認し書類を受け取る。


公営住宅の事務所の有るビル

金曜日は再度市役所へ、入居資格と支援条件の確認と摺り合わせ。書類が山ほど必要(汗)。

土曜・日曜は役所がお休み、こちらもお休みです。なにやら前途多難やる気が折れそうです。

私が日本に帰った時の住宅が無いのです(涙)。弟が独身なので彼の所に居候をしています。

この際自分のベースを確保して置きたいと考えたのです。まだ当分死にそうに無い様です。

月曜日は、以前に在籍していた会社へ離職証明書を貰いに行きます。片道1時間30分ほどです。

最早すでに嫌気が差しています。出来れば直ぐにでもロタ島に帰りたいのです。

青い海・青い空、おおらかなチャモロ達。年間を通して30度前後、寒く無く暑過ぎないロタ島。

ぎすぎすしてゴミゴミした日本。もう限界に近づいている様です。病気に成りそう(汗)。

ロタの写真を見て、気分を変えて後一頑張り。諸々を片付けて連休明けに帰りましょうロタへ。


今が満開の南洋桜


霧のサバナ高原


望遠で見たグアム島


ザ・ロタホール、ダイバーの聖地


テテトビーチの夕景


早く所用を済ませて帰ります。『私の居場所はロタ島なのだ』、と再認識をした帰国であります。


今月15日に帰国致します。15日と言ってもフライトはAm3:50でチェックインがAm1:50。

14日の深夜と言った方が良い時間帯です。帰国準備と言ってもほとんど何もないのですがね。

電気代の支払いをして来ました。留守中は家の中の電気は用心の為に点けて置きます。

電気代を払っておく必要が有るのです。この家の電気代はプリペード式先払いのシステムです。

CUC(電気・水道公社)に行って料金を払い、20桁の番号を貰いそれを家で打ち込みます。


これに番号を打ち込みます


すると数量が表示され一ヶ月は賄えます。使うのは照明と冷蔵庫とPCで月に$30です。

TVはケーブルが来ていないので映りません。ケーブルTVが映れば4CHがNHKなのですが。

そして明日・明後日でお土産を見繕います。と言っても果物を少し集めるだけです。

今の季節の果物は、バナナ・パパイヤ・サワーサップ程度で、マンゴーはまだ早いです。

アティスもまだ先、アセロラはもうちょっとです。そして今回はヤシガニは無しです(涙)。

そんな訳でロタの空ともしばしお別れです。なのでロタの夕陽の画像をUP致します。


毎日違う夕陽が沈みます


雲との競演が表情を変えます


ジャングルの向こうへ


穏やかな一日の終わり


雨期の終わりに山の向こうへ


全く雲が無い日は貴重です


フィリピン海の雲


ザ・ゆうひ ?


小島の向こう


日没後の黄昏色


そんな訳で(どんな訳 ?)、しばらく見納めのロタの夕陽をUP致しました。

来週の月曜日の夕陽は、日本の家で観る事に成るでしょう。次回は日本から~。


イースターが有りました。先週の日曜日の事です。だから、記事は一週間遡る事に成ります。

イースターは言うまでもなく、処刑されたイエスが復活したとされ、それを喜ぶお祝いです。

金曜日をGood Friday と言い、全ての人の罪・穢れを背負い、イエスが処刑された日とします。

日にちの決め方ですが、春分の日の後の最初の満月の後に来る日曜日と言うのが決まりです。

イエスの処刑後の復活だけではなく、太陽や季節の復活をも祝うものと言われています。

前日にディビットさんから電話、デ・『明日はイースターのBBQがビーチがあるよ。』

私・『何時から ?』、デ・『Am 11:30 から、ビーチサイドだよ』、との事。

翌日、目が覚めると叩き付ける様な雨。これではBBQは無理かもと思いながらビーチへ。

12:00に成っても誰も居ません。雨で中止かと帰ろうとする所へディビットさん一家が車で。

更に来るは来るは、車の数にして20台以上でしょうか。ご近所ご一統が集まりました。

早速ビールで乾杯 !。BBQが焼き上がるのを待ちます。話題は北朝鮮のミサイル発射です。

ロタでも北朝鮮のミサイルは心配の種です。グアムが標的に成って居ると言われています。

グアムには親戚知人も多く、軍隊に入ってグアムで勉強中の息子や娘の居る親も居ます。

そして、ミサイルは北から飛んで来ます。ロタ島はグアムの北方約76Kmに在ります。

燃料が足りなかったり、打ち上げ角度が違うと、手前のロタに落ちる事も考えられます。

迎撃ミサイルの性能を信ずるしか在りません。そして北朝鮮がミサイルを撃たない事を。

そうこうして、世間話をしているとBBQが焼き上がり、持ち寄った料理も並べられました。


いつもながら美味しい料理が並びます

食事の開始、沢山の美味しい料理の数々です。まず、皿とフォーク、ライスに芋類を取ります。


レッドライスに芋はタピオカです

肉・魚・カニ類・焼きそばなどを好きなだけ取ります。そして、飲み物を受け取って着席します。


私の皿、上から時計回りに、ヤシガニ・鳥肉・焼きそば・レッドライス

タピオカ・カツオの刺し身・ショウジンガニ・マンゴーの漬け物・天ぷら


しばし歓談の時間が続き、『日本は寒いんだろう ?』、『今は温かいし桜が咲く良い季節だ』。

『桜ってワシントンの桜と同じか ?』、『そう、あれは日本から送ったものだよ』、『ほーっ』。

『ロタにも送ってくれよ』、『ここは、暑すぎて咲かないと思う』、『へえー、そうか』。

世間話をしていると、子供達の歓声が。復活祭の象徴カラーエッグが撒かれました。


子供達の最大の楽しみ

中には、¢25コインが入っています。何やら紙切れの入ったものも有ります。


タマゴから命、復活の象徴

紙に書いて有る物は後で交換してもらいます。子供達に取ってはこれが一番の楽しみです。

大人達は、ビールを飲んで美味しい物を食べて、世間話をして明日への英気を養う“復活の日”。

BBQ会場のビーチ


今ロタ島の空港に降り立つと、木犀とバラの花を混ぜた様な甘い風が吹いて来ます。

日本ではタコの木やアダンと言われるパンタナスの実が熟れて匂いを放っています。

始めての人には、パイナップルに見えるかも


           濃い緑から、熟すと赤に近いオレンジに

一見すると食べられそうですが、これは食べません。ヤシガニや大コウモリの大好物ではあります。

もっと実が大きく赤く成らない種類の物は、1つ1つバラバラにして割ると中にナッツがあります。

そのナッツは食べられますが、手間が掛かる割には食べる所が少なく、あまり食べません。

また、ロタには無いのですが、ポナペ島に有る大きな物でジュースの搾れる物もあります。

ロタの自然は、天然の物ばかりでは有りません。最近は不景気で離島者が増えております。

その離島に際し、ペットや家畜を放置する家も多く、犬・猫まもとより家畜も野生化しています。

空港近くにはいつも、ヤギ一家の集団がのんびりと楽しげに草を食べています。

つまり野ヤギの一家です。あまり人を警戒する様子も無く、家族団らんで群れているのです。

空港の敷地でのんびり


野ヤギの生活に憧れが


先日、27日は満月でした。久しぶりに月の写真を撮りましたので掲載致します。

ただ、カメラと腕がイマイチでおはずかしい写真ではありますがお許し下さい。

西港からの観月


満月は血が騒ぎます


少し時をおいて


と言う事で、アダン(パンタナス)と野ヤギと満月でした。


23日、松野夫人を空港で見送りました。その飛行機で帰国中だったジョイさんが戻って来ました。

ジョイさんを迎へ、本人と荷物をロタリゾートの宿舎へ。その後、松野氏と2人で絶景ポイントへ。

そこはバード・サンクチュアリ、つまり鳥達の聖域です。ロタ島は知る人ぞ知る野鳥の楽園です。


日の出の方角、この先はハワイそしてアメリカ


そして、このバード・サンクチュアリの展望台は、海を望む施設としては最東端に位置しています。

だから、日の出を観るのには最高の場所でも有ります。元旦の初日の出ツアーの場所はここに成ります。


熱帯鳥(ネッタイ鳥)が乱舞します


若鳥にはまだ長い尾が有りません

若鳥達の飛行訓練風景


南側、霞が無ければ76Km先のグアムが望めます

一度ペアを組むと一生続くと言われます


かつお鳥の飛行も優雅です






西側の景色、夕陽は山へ沈みます


この他にも、おおぐんかん鳥やアジサシなども営巣しています。更に、この近くで良く見掛ける鳩が居ます。

頭赤アオバトです。鳩の中でも最も美しい鳩ではないかと思われます。絶滅危惧種の貴重な鳩です。

近くの農場の松の木で


鳥に関しては只今勉強中です。詳しくは解りませんので説明は省略させて頂きます。

ここで、風を感じ、世界一透明な海と溶け込んで仕舞いそうな青い空を観て “ボ~~ッ” とするのも良いです。


昨夜は松野家で飲み会でした。夫人が23日のロタ発サイパン経由グアム乗り継ぎ便で帰国です。

“さよなら晩餐会” と言う事で、ロミさん・マルシーさんに私と5人で夜中迄飲みました。

松野ご夫妻・ロミ&マルシーご夫妻

何時もながら楽しい一時でした。

料理は松野夫人作の切り干し大根の煮物。マルシーさん作の鶏の煮物とヤシガニの煮物。

切り干し大根が大人気でした

ロタの人も認める美味しさでした。

鶏肉の煮物

ロタの人も醤油は良く使います。


ヤシガニも絶品です

この身をほぐしてくれました、もう最高です !。

そして本日午前10:55 松野夫人がロタ空港から帰国の途に着きます。空港でお見送りしました。

そして、その便で帰国中だったジョイさんがフィリピンから戻って来ます。

彼はピザの切り替えの為にアメリカ大使館での面接が有り有給休暇を取り帰国中でした。

彼の帰国が決まると永く病気療養中だった母親が亡く成られました。悲しい帰国に成りました。

一月半ぶりのお帰りなさい

いつもと変わらぬ笑顔です。


積もる話しは、今夜と言う事で

と言う事で、今夜も飲み会です。

ビザの切り替えの為の帰国が、急遽母親の葬儀が重なり更に帰国中に祖母が亡く成ったとの事。

誠にに御愁傷様です。

彼は、ロタリゾートがスタートの時から約18年間ゴルフカートのメンテナンスをしています。

その間、ロタリゾートはオーナーが2度替わりました。現在は韓国系アメリカ人オーナーです。

そして、総支配人も韓国人に替わり、彼がビザの切り替えの為に有給休暇を申請したのです。

するとGMは、2週間の有給休暇しか認めません。彼の帰国は仕事の為のビザの切り替えです。

アメリカ大使館からは、面接日が未定で4週間とプラスOrマイナス1週間との連絡です。

最低でも5週間は必要です。それも仕事の為の帰国です。全期間の有給扱いは当たり前です。

往復の交通費も会社負担で当たり前の事です。彼は自費で飛行機を抑えての有給申請でした。

それがGMからは、『2週間で戻って来い !』の返事。彼は辞表を出し帰国する事にしました。

しかし彼が辞めたらゴルフ場が廻らなく成ります。GMが有給を認めビザ取得後ロタに戻る事に。

その帰国の1週間前にお母さんが亡く成りました。彼は、母親の治療費を稼ぐのが目的でした。

結婚もせずに毎月給料の半分以上は仕送り。その帰国中に祖母も亡くなったと言う事です。

松野氏が、『彼も目標が無く成って、国へ帰るか彼女の居るカナダへ行っちゃうのかな』。

寂しそうにつぶやきました。ジョイさんには新しい目標を見付けて頑張って欲しいです。

ロタ空港で、松野夫人をお見送りし、ジョイさんを待つ間、喫茶室でコーヒーを飲みました。

いつも通りに時計が止まったままです(笑)。この時計の正しい時刻を見た事は有りません。


ロタ空港の喫茶室

ここのスムージー(かき氷)が美味しいです。


今、ロタはAM9:50です

ロスもホノルルも全く違う時刻です。

Tokyoの時計も有りました、今は外して有ります。聞かれたのでしょうね『合っていますか ?』。

実にロタらしいのでは有ります。さて、これからジョイさんの帰島祝いの飲み会です。

古郷の様子、これからの事も聞きたいです。何の力にも成れませんが理解者が居る事だけでも。






日本は春めいて風も温んで良い季節に成って居る様ですね。桜の開花も始まったとか。


日本の桜


ロタの桜(南洋桜)

火炎樹、と言い桜とは種が違います。


この季節に成ると何時も里心が頭をもたげます。それは、ワラビ・ウド・タラの芽・こごみ、

大好きな山菜の季節、山に行きたく成るのです。ロタ島には美味しい山菜は殆ど有りません。

北海道へ行って行者ニンニクも採りたいですね。あれを麺つゆに漬け込むと旨いんですよね。

ご心配を頂いております、薬草のボタンボウフウですが、昨日、日本から種が到着しました。


ボタンボウフウの種

これで、何れだけの人が救われるのか。

これを、取り敢えずポットに播種して、畑に苗を植える予定です。限定的に栽培します。

他の植物を侵略する様な物ではないのですが、自然環境への影響が無い様に配慮致します。

さて、話しは変わりますが。ある計画(発表出来なくてすみません)の為に色々調べています。

『ロタ島は日本に比べて酸素が濃い』と言う話しを聞きました。最初は ? ? ? 、と思いました。

色々調べても「地球上の酸素濃度は一定・均一」と書いて有ります。ではと自分で計測する事に。

酸素濃度測定器を買う事にしました。Yahooオークション・Amazonなどを検索します。

¥ 40,000から¥ 70,000程で高い。まあ携帯電話やゲーム機の様に売れる物では無いですからね。

有る程度高いのは仕方が無いとは思いますが。しがない年金暮らしとしては予算が執れません。

でも、ぎりぎり有りました。¥ 20,000以下です。ただし中国製です。一抹の不安は有ります。

でも、使えるとすれば¥ 19,000は魅力です。もう清水の舞台から飛び降りる覚悟で注文です。

それを、日本から転送してもらいました。使って見ると扱いは簡単で数値も出ます。

ただ、表示された数値が正しいかどうかには疑問も有ります。色々な所で計って観ました。

ロタ島では、23.8%~24.1%を示します。だけど元々表示が違っていたらデータには成りません。

そこで、日本の数値と比較する事にし、先日の帰国時に機械を持参し日本でも計測をしました。

日本到着後、自宅室内では18.6%。屋外では18.7%です。買物の時の最寄り駅では18.3%。

成田空港の建物内は18.3%を示しています。機械はそのままの状態でロタ島へ戻り再計測します。

殆どの場所で14%前後です。ロタ島は日本より、29.7%つまり約30%酸素が濃いと言う結果です。

これは以前に、近畿地方のある大学職員に聞いていた話しと符合します。その時は50%程濃い、

と言われたのですが、今回の計測では約+30%と言う結果が出ました。実際に酸素が濃い様です。

ところがこの機械、やはり中国製です。買って1ヶ月で液晶表示が飛んでしまいました。

これを買ったAmazonショップに連絡すると、修理でなくもう1台送ってくれる事に。

そして、壊れた機械は返品不要との事に。それで現在、酸素濃度測定器が2台有ります。


左が新品・右が故障機

全く使えない訳では有りません。


液晶が一分飛んでしまいました


日本の電卓でも良く有った故障です。


ここは、機械の数値を信ずる事にします。ロタ島は日本の都市部よりも約30%程酸素が濃いと。

そして酸素が濃いと体にも影響が出る様ですね。悪影響ではなくて体調が良く成る効果です。

まず、濃い酸素を取り込むと肺から吸収され、血液に乗り各組織に運ばれ、細胞に行き渡る。

効果は、リラックスする。循環器の働きが良く成る。細胞が活性化する。
疲労回復など。

その他、色々と有る様です。聞く所では、脳疾患や心臓疾患、鬱をはじめ統合失調症。

また、傷や打撲・骨折などの外傷の治りも早い様です。だから観光だけでなく療養・リハビリに、

良い結果が出そうです。現に埼玉県の I さん(64)は、脳溢血で倒れ一命を取り留めて退院後、

奥さんとロタにやって来ました。来た当初は車椅子で、杖をついても歩くのが困難でした。

先日、久々にお会いすると。杖無しで歩いておりました。高濃度酸素の効用と理解しております。

以前、友人達とヤシガニを獲りにジャングルへ入りました。トラップを仕掛けた場所は山の中。

登っては下り又登りと延々と歩きます。普段歩いていませんから息は揚がり心臓は飛び出しそう。

友人が気を利かせて休憩を執ってくれます。しゃがみ込んで3分もすると呼吸も心臓も普段通り。

驚く程の回復です。これも、高濃度の酸素が作用していると考えれば理解出来ます。

以前に、森林浴が大ブームに成った事が有りましたが、高濃度酸素浴の事だったのでしょうか。

ロタは常時24%以上の酸素濃度で皆さんをお迎え致します。ずばり“天然の酸素カプセル”です。

最近落込んでいる方、鬱傾向の方、脳疾患・心臓疾患の方、術語や退院後の方などなど。

勿論主治医と相談されて許可を貰う事は大前提ですが、綺麗な海・手付かずの自然と併せて、

濃い目の酸素の効用を試してみる事も良いと思います。また、失恋を癒したい方にも是非。

ただし、日本へ帰りたく無く成っても、また社会復帰が出来なく成っても責任は負いません。

ロタ市長に成り代わりましてご忠告を申し上げておきます。
悪しからず念のため(爆)
2年前の大震災の時は南関東に住んでおりました。私がロタ島に家を借りたのはあの年の6月です。

2011年3月11日、14:50頃、私はスーパーで夕飯の買物を済ませ袋を下げて歩いていました。

最初にズズンと縦揺れが、そして大きな横揺れに、
電線がヒュルヒュルと空気を切る音がしました。

揺れが激しく成り、側溝の水が波立ち道路に溢れました。
私は立ち止まり周囲を見渡しました。

電柱から離れ、落下物の危険に注意を払いました。
心配なのは屋根瓦の落下と電柱の変圧器の落下です。

家々から人が出て来てました。『怖い』とか『凄い揺れだ』と口々に話しています。

今迄に経験の無い、大きな永い揺れが収まりったのは、5~6分も経った頃でしようか。

まだ電線はユラユラと揺れていました。家にたどり着くと玄関が開きません。

家の中に居る母親を呼んで廊下の窓を開けてもらい家に入る事が出来ました。

玄関以外の被害の確認をすると、浴室の壁のタイルが北と南それぞれが縦にヒビ割れていました。

母親が玄関の修理依頼の電話を入れ、業者でもある義理の叔父が直ぐに来てくれる事に。

震源地と被害状況が気に成り、TVの電源を入れました。震源は宮城県沖マグニチュードは7.9と言っています。

そして、津波警報が出されていました。津波の到達予想時刻や高さ予想を報じています。

そこで見ていて感じたのは、民放各社は報道局デスクフロアーからの中継が多く、

ザワザワと人が動き廻り、情報が錯綜したまま、入った情報を垂れ流している感じでした。

特にフジTVの女性キャスターなどは、1人興奮してパニックを煽る様な雰囲気でしゃべり続けています。

情報も、訂正また訂正と見て居られないものでした。NHKはそれでもまだ冷静な方でした。

午後3時過ぎに津波が到達し始めると、目を覆いたく成る惨状の連続でした。


そして、民放TV各局はコマーシャル無しで報道番組のみを延々と放送を続けました。

ここでも、フジTVの女性キャスターの興奮したキリキリ声は不愉快そのものでした。

夜に入っても、津波映像が垂れ流され続け、更に福島第一原発の電源喪失が報じられました。

何かとてつもない最悪な結末に成る様な、嫌な予感と言うか胸騒ぎがしたのを覚えています。

この後の流れは、皆さんも良くご存知の通りです。
ここでTVでは殆ど報道されていない、

外国からの支援・援助に焦点を当てながら、3.11のその後を振返って見たいと思います。

当日夜には、
外国からお見舞いや義援金や援助物資の報道があり、翌日には救助隊や救援隊が到着

報道はまず、アメリカ軍の動きからでした。いち早く在日米軍が支援行動を開始しました。

アメリカ合衆国。
日本の政府要請で救援隊約150人の派遣を決定。救援用資材機材を150トンと救助犬10数頭を出発させた。

三陸沖に原子力空母“ロナルド・レーガン”と“ジョージ・ワシントン”などの艦艇を派遣すると発表。

米軍の日本に対する救援・支援作戦は、“オペレーション・トモダチ”
(Operation Tomodachi, 「友達作戦」)

という名称が付けられた。空母は13日午後には仙台沖に到着、海上自衛隊と共同で陸上への物資補給を開始。

アメリカ赤十字を始めとする民間団体から160億円に上る義援金が寄せられる。

メジャー・リーグ・ベースボール(MLB)& 選手会(MLBPA)から4,000万円の義援金が発表される。

ロシア共和国。
スタッフ40人と救助犬3頭の派遣の申し出、プーチン首相は12日、サハリンで生産する天然ガスの

日本向け供給量増を指示
。ロシア外務省は国営銀行が日本の被災者支援ための義援金口座を開設したと発表

最大15万トンの天然ガス、300万~400万トンの石炭
を提供する用意があると表明

医師や心理学者を含む200人以上からなる救援隊を派遣する準備があると発表


プーチン首相は「支援に全力を尽くす事が必要だ。日本は親しい隣国で両国間には様々な問題があるが、

信頼できるパートナーであるべきだ」と声明を出し、海底ケーブル
で電力を援助することも打診している。

韓国。
50万ドル(約4,000万円)の支援を申し出る。

外交通商部緊急対応隊で6人
、救助隊員を5人と救助犬2匹を派遣。12午後成田空港着。

支援物資
レトルト焼飯3万食、チョコバー14万4000個、羊羹11万2000個、チョコパイ12万袋、

ラーメン12万9024袋、
スープ4万8600袋、乾パン3600袋、レトルト御飯約10万食、

韓国のり225キロ、飲料水580トン、
ペットボトルお茶1万4000本、移動式発電機4台、長靴4000足、

ゴム手袋1万2000個、毛布6000枚。
マスク2万個、石けん2万個、作業用手袋3500セット、

レトルト炊き込み御飯2800食、等・・計約2400万円相当。

寄付を集めた支援募金の
8割『独島守護活動』の支援に転用するなどの対応もみられた

4月18日までの集計で、韓国からの義援金は43億円となった。

中華人民共和国。
中国赤十字から日本赤十字へ100万元(約1,260万円)

中国国際援助隊は、生存者捜索に必要な設備や救急医療物資など4トンを携行し羽田
に到着

中国政府商務部は、毛布2,000枚、テント900張、手提式応急灯200個など計3,000万元(約3億7,500万円)

援助物資追加支援を決定し、上海から空輸させ宮城県登米市に提供。第2陣はミネラルウォーター6万本、

ゴム手袋325万組が茨城県と日本赤十字社
に提供され、第3陣はゴム手袋1万組、仮設トイレ60個、

スニーカー2万5,
000足。さらに別枠で中国政府は日本政府の要請に応じ、ガソリンと軽油、各1万トン

福島原発へ三一重工がポンプ車の無償提供を申し出た
。巨大なポンプ車は1台約8,500万円、

運搬にかかる費用を含めた約1億円を同社が提供、24日に日本到着、31日から放水開始。

朝鮮人民共和国。
北朝鮮は、日本赤十字社に10万ドル、在日同胞(在日朝鮮人)に50万ドルの義援金。

台湾政庁。

3月11日・300,000台湾ドルと発表、翌12日・100,000,000台湾ドルに増額、(2億8,000万円)

以下は、箱単位のため具体的な個数は不明。

発電機688台,毛布1,599箱,寝袋2,587箱,スリーピングマット236箱,衣類(防寒着等含む)

4,488箱,食品16.5t 及び9,444箱,ストーブ900台,マスク404箱,カイロ150箱,飲料870箱,

手袋42箱,暖房器具53台,マットレス33箱,粉ミルク895箱,マフラー21箱,ナプキン10箱,
枕16箱,

キルト408箱,ティッシュ20箱,トイレットペーパー30箱,懐中電灯3箱,タオル48箱,納体袋24箱。

また、個人募金やテレビキャンペーン、或はイベントを通じ集めた義援金200億円以上を寄贈。

日本政府は菅直人
首相名で、米国、英国、韓国、中国、ロシア、フランスの6カ国7紙の新聞に感謝広告を掲載。

しかし、最大規模の支援を寄せた台湾の新聞には掲載無し。後に被災者有志が個人でお礼広告を掲載。

日本民間人有志による感謝広告が台湾主要新聞2紙に掲載。これが台湾の高校教科書・公民に載る話が進む。

日本政府の妨害により、台湾の高校教科書の掲載不可能に。

日本政府は4月15日に東日本大震災への国際的支援に感謝する決議を採決した。

しかし、またしても親日国家、パラオ共和国の国名が抜けるという不手際があった。

また、北マリアナ連邦ロタ島では、公営住宅の空き家をリニューアルし、日本の被災者に提供を決定。

ロタ市長を始め、幹部が日本を訪問し福島県迄出向き、『被災者の受け入れ準備が整っています』と表明。

『戦前・戦後を通じ日本にお世話に成った、今こそお礼が出来る』と言ったロタ市長の一人芝居に終る。

また、台湾政庁もホテル・公営住宅等を準備し、日本の被災者の到着を待ったが誰も行かなかった。

台湾は、アメリカよりも多額の200億円超の義援金と、被災者用住宅を準備してくれた。

しかし、日本政府は台湾だけ、お礼の新聞広告を乗せなかったのである。

そしてパラオ共和国は、戦後のアメリカ統治からは、最も遅い独立だったが、日本を兄とも父とも慕う国である。

パラオ共和国、国旗

独立時の初代大統領は、“Kunio Nakamura”氏、最初に制定された憲法の条文の50%は日本語です。

更に、冷静に考えれば緊急事態に最も力に成ってくれた国ともっと親密に国交を深めるべきではないのか。

たとえばロシアである。原発が停止し発電に使う天然ガスと石炭が必要だろうと供給を申し出てくれ、

また、電気が足りなく成れば、サハリンから海底ケーブルを敷いてでも供給すると言ってくた。

そして更に、医師と心理学者200人を派遣する用意が有ると申し出てくれた。

これはロシア・プーチン氏のサインであり、ラブコールでも有ると受け取れるのでは無いでしょうか。

大災害の時こそ、何をしてくれ、何を申し出てくれたかを忘れずに、国交を深めて行くべきでしょうね。

受けた恩には感謝の意を表し、きちっとお礼を述べる。これが常識でしょうね。

また、日本支援の名目で集めた義援金の8割をネコババして、竹島“韓国名独島”の活動費用に充てる国。

更に、地下資源と軍事戦略上必要に成った島を侵略している国と200億円を超える支援をする国。

日本が真の独立国で在るならば、誰に遠慮もなく交流する国を決められる筈なのですが。

今言える事は、日本を大好きな国や地域には見向きもせずに、日本が嫌いな国と親密に国交している。

なんか、日本外交って “振られた女に媚を売る間抜けな男” そのものではないでしょうかね。

亡くなられた方々のご冥福を祈り。被災者の復活を願い。新生日本の誕生を祈念して。

合掌