ホロスコープの「水星」をみると、その人が物事を学ぶ際の傾向が表れていることが多いです。
いろんな知識を増やすことに向いているのか、もしくは専門分野で知識を深めるのが向いているのか、などなど。
ただ「水星」だけでなく、3ハウスや9ハウスにある天体やそれぞれのハウスカスプルーラーがどうなっているのかにもよりけりですし、そこに合わせてサインのエッセンスもプラスします。
また、知識が定着するまで継続できるかどうかなどは、ホロスコープ他の要素を見る必要もあるかと。
娘を通してご縁ができたご家族のうち、学校の勉強についてかなり優秀と感じるお子さんをもつ方が2組います。
あくまで公立中学でのトップレベルですが、これは今に始まったことではなく、小学校時代から成績は常によく、学校の授業と自宅学習をコツコツ丁寧に続けてきた結果というか。
2人とも娘と同じく受験生ですが、難関といわれるような学校を志望校にしています。
ホロスコープを拝見させていただく機会があったので、もちろんそこに着目してみました。
結論からいうと、2人とも水星はトランスサタニアンとのハードアスペクトが目立っていました。
なんとなく木星や土星あたりとソフトアスパクトがあるのかなと予測したんですが。
※ハーフサムでもみてみましたが、これだという配置は見当たらず。
仮に「Aさん」「Bさん」とします。
Aさん。
天王星と冥王星が絡むトールハンマーの頂点が獅子の水星。(オーブ一度未満)
お母さんがいうには、性格的にきついところがあり、言い方が辛辣なのでトラブルを起こさないか心配するようなところがあるそうです。
Bさん。
乙女の水星と魚の海王星のタイトなオポジションにプラスして、ゆるめですが火星とのセクスタイル、冥王星とのトラインがあります。
さらに水星には獅子最終度数の月がコンジャンクションしている配置です。
月海王星のオポジションの影響か、繊細でメンタルの不安定さが気になるとお母さんは話していました。
ただAさん、Bさん、共通してお母さんが言うのは「勉強ができることが自信になっている」ということ。
ここに着眼点をおき、もう一度それぞれのホロスコープをみてみると、Aさん、Bさんともに「MC」がいずれも水星がルーラーとなるサインということで共通しています。
あえてぼやかして書いていますが、MCサインが双子か乙女ということです。
MCといえば、社会的な立場や看板を表しますが、同時に社会での居場所も表します。
MCらしさを発揮することで、社会で認められやすくなるからこそ結果につながりやすいというか。
娘と同じく中学生であるAさん、Bさんにとって、「学校」はまさに社会であるといえますし、「勉強ができる」「スポーツが得意」「おもしろい」「かわいい」「個性的」等々、なんでもいいのですが、そのキャラに寄せて振る舞うことで、学校という小さな社会の中で自分の居場所を獲得していくのではないかと考えます。
もちろん水星の象意はいろいろあることは踏まえた上での話ですが、MCルーラーが水星である2人にとっては、「勉強ができる」ということが学校やクラスの中での立場を作るためには大事なことなのかもしれませんし、だからこそそこを目指してがんばれるのかも、なんて思いました。
ちなみに娘はMC山羊なのでルーラーは土星。
この土星はディセンダントにあり、アセンダントにのる金星とタイトなオポジションを形成します。
家ではテキトーな面が強調される娘ですが、学校では委員会や係の仕事などかなりちゃんとやっているようですし、昨年の年度末にクラスみんなからもらった一言コメントにも「楽しい」「かわいい」と同じくらい「信頼できる」という言葉も目立っていたので、学校という場でMCルーラーの土星を発揮しているのではないかと感じました。
ちなみにわたしのMCルーラーは火星ですが、「火星」を学校という社会の中で発揮できていたかといえばそんなこともなく。
だからなのか、学校が居心地の悪い場所だと感じていた可能性もあるなぁなんて今更ながら思ったり。
ただ音楽が好きになってからは、「まだみんながあまり知らないアーティストにちょっと詳しい人」みたいなポジションを得たようで、それまで話したことがなかったような人とも会話のきっかけが生まれたり、一緒にコンサートに行くようなこともでてきました。
わたしの火星は太陽と緩くトライン、木星とセクスタイル、海王星とオポジションなので、音楽など「海王星」的なものとの相性がよかったのかもしれませんし、この海王星はバーテックスがコンジャンクションしていて5ハウスにあることを見ても、「自分の好き」を出していくことが大事だったのかもしれません。
娘からの話や、ネット上での情報等含め思うのは、「学校に行かない」という選択肢をとることはありだと思う反面で、何らかの形で社会の中で居場所を作れるといいなと思うのです。
これは個人的な思いが強いから故なのですが、わたし自身はどうにか堪えた側だったけれど、やっぱり学校に自分の居場所があるとはあまり思えませんでしたし、妹についていえば「学校に行かない」という選択肢をとりました。
家でも何でもいいのですが、ICが表すような安心できる居場所ももちろん大事。
ただ同じようにMCも大事で、決して居心地がよくなかったとしても、もしくは緊張するような場所だったとしても、その中でいかに自分の居場所を獲得していくかということも必要だと思いますし、容易くないからこそ、そこを目指そうとすることで自己成長にもつながるように思うのです。
ここまで書いてみましたが、なんか説教くさいですね。
ICを生まれ育った国や地元、MCを海外や上京先と考えてもわかりやすいかもしれません。
そこで認められるためには努力も必要。
学校はある意味、アウェイ。
「自分らしさ」って言葉はすごく抽象的だと思うのですが、素の自分を出すことが「自分らしさ」ではないような気もするのです。
メイクして作り込んだ顔だって「自分らしさ」はもちろん出せるわけで。
MCを「結果」とみるのも、やっぱりそこに辿り着くのにはそれなりの努力が必要だからかもしれませんし、素の自分が受け入れらる場所(=IC)を確保した上で、学校など社会では別の角度から見た「自分らしさ」を発揮できるといいように思います。