占星術を学ぶ際、まず入り口としてネットの情報から入り、さらにもっと詳しく知りたくなって書籍を購入、占星術講座を受けるなど、人によってその方法は様々かと思います。
わたしの場合も同様に、ネットから入り、書籍、そして講座とどんどん深みにはまっていきました。
双子の火星と射手の海王星のオポジションもち故か、「情報は質よりもまずは量」というかんじで、いろんな本を読みましたし、講座に関しても1人の先生からじっくり学ぶというよりは、気になった先生の講座はとにかく受けてみるというスタイルで学んできました。
そのやり方がいいか悪いかはわかりませんし、もしかしたら無駄なことをやっている可能性があります。
火星と海王星がアスペクトをとっていると、行動が、散漫になり疲弊する場合がありますし。
ただ自分の「太陽水瓶」にとって、このやり方はやっぱり合っていたと思います。
水瓶では太陽がデトリメントになりますが、それが意味することのひとつとして、「独りよがりになっていないか」「自分が見えている世界はもしかしたら片寄ったものなのではないのか」という疑念を持ちやすいことにもつながるように思うのです。
だからこそ、いろんな情報を求めるし、集めた情報をもとに自分の中で再構築することで、不動宮の水瓶らしく「簡単には揺らがない信念」を作っていく。
水瓶のルーラーの一つである「天王星」は天邪鬼的なところがありますが、それは既存のものに対して「疑いの目をもつ」ということでもあります。
占星術を学ぶ際でもその視点はもちろん出てきて、ネット、書籍、講座などより多くの情報にふれることで、それがスタンダードな解釈なのか、はたまたそれを発信している方独自のものなのかが段々と見えてきます。
太陽水瓶と火星双子には木星牡羊がセクスタイルとなっていて小三角を形成します。
木星はとにかくなんでも増やしがちですが、自分の勉強スタイルをみていると、「多くの情報にふれる」ということが必要なんだなと感じます。
ただ、もちろんこの方法が合うか合わないかというのは人によると思います。
情報が多すぎると迷ってしまいどうすればいいかわからなくなる、という方ももちろんいますし、それはホロスコープの性質としても表れているかもしれません。
例えば柔軟宮が多めだったりすると、数ある情報の中から「絶対的な正しいもの」を選ぼうとするあまりに迷ってしまい、なかなか行動にうつせないようなことが起こる可能性もあります。
書籍、講座とこれまで占星術に関してさまざまな情報に触れてきましたが、今少しその状況が落ち着いてきた感があります。
自分の「核」のようなものが出来上がってきたように思いますし、書籍や講座などを参考にする際も、闇雲に購入したり講座を受けるというかんじではなくなり、「この先生なら」と厳選するようになってきたかもしれません。
ここに辿り着くまで。
人によっては、「無駄な回り道」と思うかもしれませんが、いろんな考え方があるというのを知ることができたというのは、やっぱり太陽水瓶の自分にとってはメリットだったように思います。