新年あけましておめでとうございます。
ということですが、特に年末年始らしいことはせず、割と通常運転な我が家です。
わたし以外お節を好んで食べないので、用意しないのは例年のことですし、今年から紙の年賀状もやめましたし。
お雑煮もまだ食べてません。
紅白歌合戦は娘と一緒にながら見しました。
米津玄師氏とサカナクションが見たかったので。
あと、娘に勧められつつも「音」だけ聞いた時は特になんともというかんじだったHANA、初めてパフォーマンスを見ましたが、すごいエネルギーを感じました。
わたしとおんなじように感じた人は多いようですね。
こういうアーティストが、シンプルに受け入れられているのをみると、時代が変わってきているのを感じます。
クラウドで過去の画像データを管理しているのですが、娘が友人と撮影したがっつりメイクの画像を見せてくれたことに対して、自分の30年くらい前の画像を見せてみました。
センスはダメダメなりに、それなりにおしゃれを楽しんでいた金星の年齢域の頃のものです。
ある意味攻めた格好というか、髪型含め「モテ」とは対極なファッションをしていたのですが、娘からの評価は上々。
「かっこいい!」との言葉をいただきました。
当時、自分的には「あり」と思っていましたし、自分と属性が似た友人の中では馴染んできたファッションですが、一般的にみると浮いていたところがあったように思います。
自分は「少数派」なんだなという自覚はあったものの、大衆に迎合することをあえて選ばないようなところがありました。
今考えると自意識過剰で恥ずかしさを覚えることこの上ないのですが、自分のホロスコープのアセンダント獅子であったり、そのルーラーの太陽のサインが水瓶であることは影響しているように感じます。
自分が好きかどうかはもちろん大事なのですが、その他大勢に埋もれなくない、どこか自分は特別でいたい。
流行っているものに対して斜に構える。
そんなところがすごくありますし、こういうのは水瓶のルーラーである「天王星」の出方のひとつだと思います。
厨二病っぽさ満点ですが、「獅子ー水瓶」軸に天体やアングルをお持ちの場合、そういう傾向が強く出るかもしれません。
また書いていて恥ずかしいですが、「特別な存在になりたい」という思いが、自分の中にあるように思います。
ただ、太陽は8ハウス、月は12ハウスと、活動領域としては、目立つような立ち位置は避けるところがあるので、突き抜けることができないという。
注目されたくないのに、大勢には埋もれたくない、そんなところがずっとありますし、それが自分なんだとホロスコープを見てるとよくわかります。
そんな「昔の自分」に対して、時代を超えて娘が「かっこいい!」と言ってくれるのはやっぱりうれしいですが、冥王星が水瓶にはいったことによる影響もあるように感じます。
個性を大事にすることが当たり前になってきてるし、みんなと同じであることが以前よりも必要でなくなってきている。
身近に「娘」という存在がいることで、今の世の中の流れをより早く捉えることができているように思いますし、若い世代とかかわる機会をもつ、または若い人が生み出す作品等にふれるということは、自分が時代の流れに置いていかれないようにするためにも大事なことなんだと感じます。
自分がさらに年老いた時。
「昔は良かった」とそればかりを口にする人にはなりたくないなという思いは以前からあるのですが、新しいものや、新しい考え方の方が全て優っているとも思いません。
スタンダードなものの良さもありますし、失ってほしくない考え方ももちろんたくさんあります。
紅白を見てても思いましたが、古いものでも新しいものでも、いいものはいいと認めることができる。
これって普遍的なことを大事にする「水瓶」に通じるよな、などと考えた年末年始でした。