クリスマスシーズンということで、娘からプレゼントのリクエストがありました。
LINEでAmazonのURLが送られてきて、ポチればOK。
これはこれで楽なのですが、サンタを演じていた頃に比べると味気ないなぁと思ったり。
ちょうど今、過去に遡って家計簿をデジタル化していますが、その過程で「お金を使った時のシチュエーションや記憶」が鮮明に蘇ってくることが多いです。
まだ欲しいものが明確でなかった幼い頃、夫と2人で娘が喜びそうなものをお店で一緒に選んだりしました。
そしてそれをサンタさんから受け取った時の娘の反応などが思い出されます。
「幸せな記憶があればあれほど、つらい時にがんばる力になる」
こんな言葉が思い浮かびます。
わたしの中でゼロから生まれた言葉ではなく、おそらく漫画か何かの受け売りだと思うのですが、これってまさに「月」がその人にとっての原動力になるってことだなぁと。
子育てにおいて特に幼少期は愛情を与えることが大切で、子供にとっても「愛」を受けとり、「自分は愛されている」と実感できることが大事だといわれますが、占星術的に考えてもその子の「月」を大事にした方がいいという点ではおんなじかもしれません。
それは愛しむことだけでなく、満足のいく食事を与えたり、安全な環境を与えることでもあります。
ただ自分のエネルギーが足りてない状態なのに「与える側」に徹するのってなかなか大変です。
よくいわれることですが、自分自身の月が満たされた状態であるからこそ、与える側になることができるように思います。
溜め込む性質をもつ「月」は「記憶」とも関係しています。
今、娘と関わる事に関してつらいとかしんどいとかそういった気持ちは全くありませんが、それは娘から与えられた「幸せな記憶」がわたしをそうさせているのかもしれません。
子供はその愛らしさ故に3歳までの間で一生分の親孝行をするなんて風にもいわれたりします。
確かにかわいい。
だけど実際は同じくらい大変なこともありました。
でも月日がたって思い出すのは不思議と幸せな記憶ですし、当時は深刻な悩みとなっていたことも何故か自分の中で幸せな記憶として改変されていたりもします。
そしてそれらの記憶は、日々がんばるエネルギーの一部になっています。
もちろんあくまで「わたしの場合」であり、人によってはこの言葉に追い詰められることもあることは承知です。
ただここで言いたいのは「月」の記憶って、それだけ曖昧というか、形が変わりやすいということ。
同じ記憶だったとしても、「今」の自分が幸せであればその記憶をエネルギーに変えることができる反面、日々不満を抱えている状態なら、その記憶自体が不完全燃焼の原因になりうるかもしれません。
おんなじ記憶であるはずなのに、今の自分の状態によって感じ方が違ってくるのは不思議ですし、それが月の不安定さともいえます。
「太陽を使って月を満たす」という考え方がありますが、これは自分の持つ「光」で人や周囲を照らすことができるようになると、逆に受け取るものも多くなりエネルギーが増えていくということでもあるんじゃないかと思います。
なんとなく自家発電っぽいイメージです。
それなりの年数を生きていると、蓋をして隠しておきたいレベルの黒歴史な記憶もいくつかあったりします。
ただ「今」に満足できるようになると、記憶の改変が起こるというか、「そんなこともあったけど、まぁ今が幸せだし」とどうでもよくなってくることが実際あります。
結局は太陽を意識することで「今」や「これから」に視点を向けることが、過去の記憶(=月)を改変させる鍵となるのかもしれません。