ここ1年くらいでしょうか。
大体1日おきにブログを書いています。
「書くこと」は、自分にとってはブログのタイトルにもあるように、占星術の学びの一環という意味合いが強いです。
勢いにのってすんなりかける時もあれば、全く筆が進まないこともありますが、占星術に関する内容を自由に書ける「ここ」があり、自分に「1日おきにブログを書く」と課しているからこそ、アウトプットが続いていて、それは結果的に占星術のスキルアップにつながっているように思います。
ただ「書く内容」については、自分や自分の身の回りにあったことについてがほとんどなので、万人向けのものではないんだろうと思いますし、「星の読み方」を知りたいと考える人にとっては、興味がもてるようなものではないんだろうと想像します。
私自身、占星術に興味を持ち始めた頃、やっぱり「サイン」「ハウス」「アスペクト」について、辞書的に網羅されているネットの記事にお世話になっていましたし、「自分の場合はどうだろう?」とホロスコープを確認して一緒に楽しめるような内容のものを貪るように読んでいたように思います。
私は6ハウス(5度前ルールだと7ハウス)に水星があります。
そのせいか「人から求めれている記事を書きたい」と考える傾向があるように感じます。
今も書いててそうですが、こんなん書いて誰の役に立っているのか、誰得なのかとすごく考えてしまいます。
その点、占星術鑑定に関していえば、お客様にお尋ねした上でニーズに沿った形でホロスコープを読むせいか、そういった気持ちは芽生えません。
3ハウスカスプ乙女のルーラーとなる水星が6ハウスにあるので、「人から求められそうな占星術の記事」を書いてみることを試してみたこともあります。
なんですが。
まったくといいほど書けない!
そして同時に書いていておもしろくないし、それを自分が書く必要があるのかと頭をよぎります。
傲慢ですね。
ですがこの傲慢さがむしろ「3ハウス冥王星」ぽいなと思います。
3ハウスの冥王星については、興味の方向性が極端で、マニアックな方向にいきがちといわれますが、その自覚は大いにあります。
気になることはとことん調べ尽くすけど、多くの人が普通に知っていることを全く知らなかったり。
ただ「書くこと」に関していえば、自分が知っていることならば普通に書けると思っていたんです。
例えばホロスコープの読み方的な記事。
なんですが。
実際書こうとすると、笑っちゃうほど書けない。
これが「冥王星の極端さ」なのかもしれません。
6ハウス的に人から求められるものを書こうと思っても、3ハウスにある冥王星のこだわりが強すぎるのか、やっぱり無理!となる。
結局、書きながら自分のこだわりを発揮できるような記事じゃないと書けないんでしょうね。
また、3ハウスに冥王星があったり、3ハウスカスプルーラーの水星には土星がタイトにオポジションになっていたりと、3ハウスには重めの天体がかかわっていることもあり、もっと気軽に書きたいと思ってもやっぱりそうはならないのです。
勢いに乗ってどんどんかける時と、まったく書けない時の落差が激しいというのも3ハウス冥王星っぽい。
「冥王星」があるハウスに関連することについては、徹底的にそこを深堀していくことで、一皮むけるようなことになる可能性がありますが、私の場合は「書けない~」となりながらも書き続けることで、新たな境地にたどり着けるのかもしれません。
引き続き「誰得?」と思えるような内容を書いていくかと思いますが、3ハウス冥王星だし、と思っていただけるとありがたいです。
ちなみにこの記事を書き上げるまでの時間を測っていたんですが、1時間3分でした。
内容の薄さに対して、かけた時間が多すぎる。