特に見返りを求めずにした行動が、めぐり巡って誰かのちょっとした幸せにつながるといいなと思いますし、一人一人のそういった行動が積もり積もっていい社会を作り、結果的に自分の幸せにもなる。

 

理想論かもしれませんが、そんな考え方が好きだったりします。

 

これは「徳を積む」ということなのかもしれません。

 

 

大それたことではなくて。

 

例えば外出先のお店などで、誰かの忘れ物かなと思われるものを見つけた時は店員さんに預けたり、ごみ箱が近くにあるのに周囲に放置されているごみを見かけたら、拾ってごみ箱に捨てたり。

 

あくまで無理なく自然にできる範囲でのこと。

 

 

自分のホロスコープのどこにその要素があるのかと考えた時。

 

サポート役としてのポジションにつながりやすい6-12ハウスに天体が多め。

そしてそれらの天体とつながるMCに乗っかる木星。

自分が幸せなのと同時にみんなが幸せであることを願う水瓶の太陽。

そこにつながる11ハウスに在室する火星。

 

なんかこう、競争世界には向かなそうですし、生き馬の目を抜くような環境では淘汰されるタイプだと自分でも思います。


学生の頃を考えてみても、世代的に今と比べて子供が多かったこともあり「受験」や「就職」などには競争意識が必要だったかもしれません。

とくに就職は氷河期といわれる世代でしたし。

 

でもそこで「どうにかしてやる」というバイタリティーのようなものはあまりなく。

どこか冷めた目で周囲を見るような部分もありつつ、そこにうまくはまれない自分に対してのダメダメ感みたいなものもありました。

がむしゃらにがんばってもダメだった時の為に保険をかけていたようにも思います。

 


占星術を学び始めたばかりの頃。

個人天体に火のエレメントがないことが、自分のそういう性質に影響しているのかなと考えたりしましたし、もちろんそれも理由の一つだと思います。

ただよくよくみると、アセンダントとMCが火のエレメントだったりと、それなりに「火」の要素があることにも気づきました。

 

ですが、自分のチャートを時間をかけて深堀していく過程で、そもそもチャート全体を見ても競争社会に向かないタイプなんだろうなということがだんだんとわかってきて。

 

アセンダント獅子で、ルーラーの太陽が水瓶なので、「みんなと同じところで認められたり評価されても意味がない」というのもある気がします。

 

すごく厨二病っぽくて、うわーとなるのですが。

でもまぁ、実際そうなんですよね。

 

 

ただ「自分自身」は変わらなくても、社会は確実に変化しているのを感じます。

 

世の中の価値観が多様化して、「多くの人が選ぶ定番ルート」以外の生き方もありなんじゃないかと、みんなが気づき始めている。

 

そしてやっぱり若い世代ほど、定番ルート以外の生き方に寛容な気もします。

もちろん個人の資質によるものは大きいと思いますが、あくまで全体的な雰囲気として。


 

自分やもっと上の世代からみた時。


今の若い世代に対して「無難を選びがち」「あきらめ感が強い」「挫折することを恐れる」といった言葉を耳にすることもありますが、それは生まれた時から不景気で日本が成長していく姿を見ていないからこそだという意見もあるように思います。

 

だけど、それだけじゃないんじゃないかなー、と。

そういうふうに見ることで、自分たちが理解できないことを、無理やり理解できることにしようとしているような滑稽さも感じます。


決まったレールがわかりやすく目立っていた私たちの若い頃に比べ、「自分の生き方」について今の若い世代の方がしっかり考えている人が多いように思います。

それこそ環境がそうさせたともいえますし。


自分に合った生き方がそれぞれあって、それが受け入れられやすい社会になってきたからこそ、競争が激しいフィールドをあえて選ばない人が増えてきているといるようにも思います。

 

話が広がりすぎてきたので、この辺にしておきます。