占星術と算命学。


同じく生年月日がベースとなる命占ということで、自分の「ホロスコープ」と算命学でいう「命式」を見比べてみると、やっぱり共通する点が多いように感じます。


わたしのネイタルチャートでは、4ハウスに天王星がありますが、この天王星は太陽と月のミッドポイントでもあるので、自分にとって影響力は高めの天体です。

太陽も天王星がルーラーとなる水瓶サインですし。


4ハウス天王星というと、例えば「生まれ育った家族がちょっと変わっている」とか「引越しが多かった」なんて解釈されることもありますが、引越しが多いに関しては全く当てはまりません。


ですが「ちょっと変わっている」に関しては、今考えると納得する部分がおおいにあります。

もちろん当時はそんなこと思ってません。

4ハウスは自分のルーツでもあるので、そんなもんだと疑問をもたないともいえます。


ですが夫や友人などを通して「他の家族の形」を知る機会をもつようになってきた時、あくまで比較ではありますが「家族の一体感」みたいなものが少ない家庭だった気もします。

みんなが自由というか。


あくまでこれは4ハウスに天王星があるわたし自身の感覚です。

同じ家庭で育った妹は4ハウスには天体が入らないので、また違った感覚を持っているかもしれません。


父親は仕事で生活を支えてくれる存在ではありましたが、わたしの印象としては趣味に生きる人。


母親は家や子供のことはそれなりにこなしつつも、自分のペースで生きる人。


妹に関しては歳が5つ離れているということもあり、姉妹ではあるものの友人よりは遠い存在。


もちろん同じ家で暮らしている以上、ぶつかり合うこともありましたが、今思うと「それぞれの領域を尊重し合っている家族」だったのではないかと思いますし、現在進行形でもそれは感じます。

あくまでわたし自身の感覚です。


お互いが理解できない部分に対して、歩み寄ることをそこまで努力することもなく、また自分の考えを押し付けすぎることもなく。


4ハウスは自分のルーツというだけあって、わたしの根底には上記の考えがやっぱりあるように思いますし、結婚して自分で作った家族に関してもそんなふうにありたいと考えています。


そんな自分にとって「人はみんな違って当たり前」「理解し合えないことはおかしなことじゃない」をわかりやすく教えてくれた占星術。

今思うと自分の考えが肯定されたように感じたからこそ、こんなふうにはまったのかもしれません。


算命学で自分自身の命式を見ると、「親のことを理解しにくい性質」や「家を出るなどして親から自立する流れが自然であること」が表れています。

これ、自分のホロスコープの「4ハウス天王星」とリンクしているように感じます。


家族といえども全てを理解し合えなくてもいい。

たまたま縁があって家族として過ごしているけれど、それぞれの個は尊重されるべきだなと。


また生まれ育った家庭を通して上記の考えが作られたともいえます。


実際は経済的な事情で自立できたのは1回目のサターンリターンの頃とわりと遅めですが、それまでの間は「自立できない自分はダメな人間」という気持ちが本当に強かったですし、同世代で自立して生きている人を見ると自分が恥ずかしくなっていました。


ほんとに人それぞれなので、いろんな事情を含め大人になっても親と一緒に暮らし続ける人のことを否定する訳ではないことを強調しておきますが、あくまで4ハウスに天王星がある自分にとっては、「親からの自立」がプラスになったように思います。


ただ4ハウスには苦手感につながるドラゴンベッドもあるのでなかなか難しいですね。


働くなどして社会に目を向けてる方が自分自身楽な自覚はあります。

10ハウスのドラゴンテイルなので。


ですが、テイル側をうまく使ってヘッド側に取り組むのが占星術的にはいい流れとされるので、結局は親の介護などでがっつり関わることになったとき、またなにか見えてくるものがあるのかもしれません。