某著名人が「占いは宗教」といった発言をされたという記事を目にしました。


わたしはこの方に対してどちらかといえばいい印象がありますし、この発言に対しても「人それぞれだし」と特になんとも思わないのですが、この記事に対してのいろんな方のコメントを見ると、世間一般では「占い」って胡散臭いものだと思われていることを改めて実感します。


そしてこういうことを実感する機会というのは大事だなと。


占星術、そして算命学にしても、自分自身はそこから得るものは多いですし、それらを通してかかわりをもつ方も多いこともあり、「マイノリティ側にいるという意識」が以前に比べて薄くなっているように思います。


海王星が魚座を運行している期間、とっつきやすいかんじの占星術関連の書籍が多く出版されたり、自ら学ぶ人が増えたりと、占星術以外でも占い全般に対して拒否感を示す人は確かに減ったかもしれません。


でもやっぱり「占い」は胡散臭いと思われがちなものであることに変わりはないし、それでいいんじゃないかと思っています。


こっそりと参考にするものというか、他の人にはどうであれ自分に刺さればいいんじゃないかと。


確かに「宗教」ぽさはあるかもしれません。


いくら努力しても報われないことってあるし、生まれや育ち、性別や体型など本人の意思ではどうにもならないこともあります。


「そんなの言い訳にすぎない」となるかもしれませんが、それはうまくいっている人や、努力が結果に結びついた人の言葉のような気もします。


生死やギャンブルなど、占うことをタブーとされていることはもちろんあるものの、現実では非難されがちなことに対して、違った視点でアドバイスを受けることができるのは占いのよさだと思います。


なので、「こっそり」がやっぱり合っていますし、マイノリティ側であるからこそ柔軟に対応できるともいえます。



「占いをする自分」と「世間一般の信用を得られる自分」のバランス加減は意識しているつもりですが、それこそ自分のホロスコープにある「6ハウス」と「12ハウス」をつなぐ2つのタイトなオポジションぽいなと感じます。


そしてこの先。

占いを活用するにしても、「自分はどうしたいのか」がより大事になってくるように思いますし、トランジットの牡羊土星と牡羊海王星からもそんな風に変化していくように思います。


ますば自分の意思ありきで、そこに向かうための具体的な方法を探るためのツールとして占いが広まっていくんじゃないかと。