少し前ですが、たまたま星野源さんの記事を目にしました。
※リンク切れています。
全ての曲を聴いたわけではないので、多くは語れないのですが、某アニメの長編スペシャル版にも使われていた「ある車掌」という曲が大好きで、ひたすらリピートで聴いていた時期もありました。
今回の星野源さんの記事のコメント欄にて。
その「孤独感」がわからない、と書いている人が意外に多いように感じまして。
素敵な伴侶もいるし、仕事は順風満帆というイメージが一般的にはあるのかも。
大病をされていることを考えると、そうとはいえないと思いますが。
孤独感。
ああ、わからないものなのか。
ものすごくわかってしまう自分は、やっぱり少数派なのかもしれないな、などと思ったり。
でもこの「わかる」というのも、私の勝手な押し付けなんでしょうね。
出生時間を公表されているのか不明ですが、お昼の12時で星野源さんのチャートを出すと、太陽水瓶、月蠍と不動宮のスクエアとなっていて、月はどの時間でもギリ蠍であることは確実そうです。
「蟹」「蠍」「魚」の水のエレメントは、情緒的なつながりを重視するサインですが、その中でも特にオンリーワンな相手を求め、自分も相手にとってそういった存在であることを求める蠍の月に対して、「特別」をあえて作ることを避ける水瓶の太陽の組み合わせ。
どんなに気持ちが通じ合っているように感じても、人にはそれぞれ不可侵領域があることをわかっている方なのではないかと思いますし、だからこそ「孤独はなくならない」と思うのかもしれません。
私は太陽水瓶、月蟹で、実際アスペクトとしてはぎりクインカンクスといっていいくらいのかんじですが、誰かと気持ちを共有することに安心しながらも、基本別々の人間だからという線引きみたいなものは常にあって、相手によってはとっつきにくさみたいなものを感じさせているかもとは思います。
では孤独を感じないほどの一体感を経験したことがないかといえばそんなことはなく、今思うと娘がお腹にいた時期のなぜか満たされた感覚、あれは「蠍」が求めるものに近かったのではないかと想像します。
出産後あるあるだと思いますが、うれしいのと同時に「これからは別々なんだ」という謎の喪失感もありました。
だけど「完全には満たされないもの」があるからこそ、それを作品などで表現するパワーに転換できるのでしょうし、その作品を媒介として多くの人と繋がることができるように思うのです。
自分が生み出した作品に共鳴してくれる人の存在が孤独感を軽くしてくれるというか。
全て私の勝手な想像でしかありませんが。
アスペクトでいえば、スクエア自体の葛藤や矛盾は同じだとしても、特に「不動サイン」のスクエアは、本人の中で取り扱いの難しさがあるように感じます。