太陽魚座のシーズンもそろそろ終わりを迎えます。


以前も記事にしたことがあるように思いますが、私の身内や学生時代に仲良くしていた友人は魚座太陽の人が目立ちます。


身内では娘、母、妹。

小学校の時からの友人。

高校の時の友人2人。

※友人に関しては、多いというほどでもないかもしれませんが、分母がそもそも少ないのでかなりの魚比率です。


生まれ育った家族のうち、母と妹が太陽魚であり、父も水のエレメントの太陽蟹。

そもそも水成分が多い上、わたし自身も太陽水瓶とはいえ第3デークということもあり、月の年齢域を過ぎた頃にはプログレス太陽は魚になっていますし、月のサイン自体も「蟹」なので、魚や水の感覚には違和感がありません。


また水の性質に加え、月土星コンジャンクションやアセンダントに土星がのっている部分が関係しているのかどうかはわかりませんが、前述したように極々親しい友人には自分を見せることはできるけれど、その他の人達に対しては見えない壁を自ら作るようなところがあります。


この性質はもちろん今でもあって、仕事など公の場であればそんなことはないんですが、例えば娘の学校の関係で知り合った他の親御さん達に対しても、いつまでもよそよそしさ感が抜けないというか。

それが悪いこととは思っていないけれど、いつのまにか仲良さそうにしている周囲をみると、自分はどこか浮いているんだろうなという感覚も否めません。


例えば娘のクラスの懇談会が始まるのを待つ間。

気づいたら皆んなそれぞれお喋りしてるのに、自分だけポツンとなり時間を持て余したり。


学生の頃は何でそうなるのかわかりませんでしたが、今なら自分自身がそういう雰囲気を少なからず醸し出しているのもわかります。

 

ですがそんな場で、ぬるっといつのまにか親しくなるのがやっぱり「太陽魚」の方。


キャンプなと娘を通してプライベートでもお付き合いのある方に発展することが多く、何かのタイミングで誕生日を知った時、「あなたも太陽魚ですか」というパターンが本当に多い。



ただこれは、わたしとの相性的なものよりも、そもそも魚サインの人達の区別のなさであったり、人の懐にいつのまにかアメーバやスライムのように入ってくるような性質によるものが大きいように思います。


これらの魚サインの人たちは、わたしと特別親しいというよりも、誰に対してもどんな場でもそこに馴染むことが自然にできるというか、その場の雰囲気を感覚的に捉え、もしそこに違和感のあるものがあれば一緒くたにしてしまうような力を感じます。


これは母や妹、娘にも共通する性質。


人に警戒心を抱かせないようなところがあり、自分から積極的に交友関係を広げるタイプではないけれど、「友達の友達は皆友達」的なところがあるかもしれません。


逆にいうと「特別」もない気がする。



前にも書きましたが、そんな太陽魚の友人に私はだいぶ助けられてきたんじゃないかと思います。


そこが自分にとってアウェイな場だったとしても、彼等の存在が「自分はここにいていいんだ」と思わせてくれるというか。



「その環境に受け入れられやすい形に自分を変化させること」

「自分の個性がしっくりくる場所を選んで身を置くこと」


というのは、得意不得意はあるにしても、意識せずに多くの人がやっていることだと思いますし、どちらか一方だけということではなく、その時の状況によってそれは変わってくるのではないかと思います。


わたし自身。

環境に受け入れられやすい形に自分を変化させてきたと自分では思っていました。

でもなんか浮く。


ですが占星術を通して自分を見た時に、自己認識を誤っていたことに気づきました。


私の数少ない友人をみると、「太陽魚」の次に「太陽双子」が目立ちます。


共通点は「柔軟宮」のサインであること。


彼等的には「合わせている」という意識はないかもしれませんが、うまくいくのはそういうことなんだろうと思いますし、仕事で育休からの復帰を待ち望んでいる同僚も太陽魚だったことを思い出しました。


同じ柔軟宮でも「乙女」と「射手」が見当たらないのは、何でしょうね。


考えられる理由の一つとして、私の太陽サインの「水瓶」の風のエレメントと月サインの「蟹」の水のエレメントはいずれも「湿(モイスト)」の性質を持つので、「乾(ドライ)」の性質をもつ火のエレメント射手と地のエレメントの乙女とのつながりができにくいのかもしれません。




太陽魚の娘。


現在中学生ですが、学校の先生や学童の指導員さんからは、「誰とでもうまく付き合える」ところがいいところ、と判を押したように言われ続けています。


これは幼少期に「保育園」という環境に身を置いたり、両親お互いの実家で過ごすことも多かったせいもあるかと思いますが、その場に本人が馴染むのはもちろん、うまく溶け込めない子がいた時に娘を投入することで、いい雰囲気になったりするそうです。


ただ本人はそんなつもりがないというかそれぞれの場所でうまくやっているように見えて「それなりに闇は深いよ」などと、冷めた目線ももっていておもしろいなと思います。


すごく魚っぽいというか。

光と闇を区別する必要もないし、あるがままでいいと思っているからこそ、歪なものがあっても受け入れることができるのかなと思いました。


娘の太陽魚は火星乙女とタイトなオポジションがあるものの、太陽12ハウス火星6ハウスでキャデントハウスに位置しています。


太陽火星のオポジションであれば、もっと自分自分にもなりそうですが、そこは柔軟宮の魚と乙女であったり、キャデントハウスであることが娘の性質に影響しているようにも思います。


そしてなにより、太陽魚に対して月蟹とライツのエレメントに矛盾がないのが大きいのかもしれない。


太陽水瓶、月蟹の150度のクインカンクスのライツをもつ母からすると、そこはうらやましさを感じます。



魚サインの押し付けがましくないぬるっとした馴染み力、とっても素敵な部分だと思います。