定期的に参加している占星術の講座にて。


妊娠、出産を希望されるお客様について、特定のアスペクトを取り上げて、「このアスペクト持ちの子供はちょっと…」的な発言をされる方がたまにいらっしゃると先生がおっしゃっていました。


そのことに対しての先生のご意見はここではあげませんが、私なりに思うところがあったので書いてみたいと思います。



今って、専門的な知識や経験がなくても、

本やネットから情報を得ようと思えば 

ある程度のことがわかる時代だと思いますし、

私もその恩恵を受けています。


興味のあることについて自分から情報にアクセスすることで、新しい世界にもふれることができるというのはありがたいです。



占星術でいうならば、書籍や講座等でガチで学んでいる層の他、スマホで気軽に情報に触れることができるようになった分、サイン・ハウス・アスペクトはなんとなくわかりますくらいの方はだいぶ増えたのではないかと思います。


ですが、「知識を得る」ことによって、今までなら普通に受け入れていたものを、受け入れられなくなるということにもつながるのかな、とも思ったんです。



冒頭の話であれば、

このアスペクトはダメ

このアスペクトが欲しい

と生まれてくる子供に対して考えてしまう。


別にこれは占星術に限ったことではなく、男女の産み分けや、出生前診断など、「選択するための情報」を知ろうと思えば誰でも手に入れられる世の中になったからこそ、理想が高くなってしまうのではないかと思うのです。

知らなければ受け入れることに抵抗がなかったことでも、知ることで「選別」に繋がり、その結果、受け入れられるものがどんどんなくなっていく。


理想を求めることがダメというわけではないけれど、そこから外れるものに対してより厳しくなったというか、受け入れる度量が狭くなった人が増えているようにも感じます。


そして、知識や情報を自分に都合のいいように解釈する為の材料にしてしまうというか、アスペクト一つとっても、どういう風に現れるかは人それぞれですし、チャート全体の配置を考慮する必要があるのに、一部をピックアップして「いい」「悪い」とわかりやすくカテゴライズすることで、受け入れない理由を自分で作ってしまっているようにも思います。


うちの娘はニンジンそのものは好きではないと話しますが、カレーや豚汁は好きです。

もちろんニンジンも入っています。


どういう料理に使うのか、どんな調理法で仕上げるかで、ニンジンはおいしくなる可能性を秘めていると思いますが、ニンジンそのものを「おいしくないもの」と最初から決めつけてしまえば、そもそも料理に使うという選択肢にはあがりません。



知識や情報を重視するのは風のエレメントです。


ですが、風が優位になりすぎると、頭でっかちになりすぎて行動にうつせないということが起こります。

情報に縛られたり踊らされたりして、身動きできなくなる。


行動にうつすまえから、あれはダメ、これはダメ、理想はこう、とシミュレーションし過ぎると、受け入れられるものがどんどん減っていくように思います。