先日の山羊座の満月。

 

山羊の最終度数の月と冥王星の初期度数の冥王星のコンジャンクションは、私のディセンダント上で起こりました。

 

t冥王星は長いことディセンダント付近にありますが、今回の満月でもその配置が強調されています。

 

ディセンダントに冥王星というと、あがなうことができない環境に飲み込まれることで結果的に自分自身がガラッと変わったり、出会う人から大きな影響を受けたりと、そんな風に思うのですが、今のところよくわかりません。

 

ただ、以前にも書きましたが、占星術鑑定を通してご縁ができた方の人生の一部や考え方にふれることは、自分にとって大きな影響があるなぁというのは感じています。

 

 

慣れ親しんだ安全圏内を飛び出して、アウェーな人とかかわること。

 

これ、月が蟹サインの私にとっては、すごく敷居が高いことです。

でも、月とクインカンクスになっている太陽水瓶はそれを目指すようなところがあって。

 

なかなか自分の中でも折り合いが付きにくい部分ではありますし、さらに月は土星とコンジャンクションだったり、12ハウスにあるので、自分の殻に閉じこもりシェルターに逃げ込みたくなります。

エヴァンゲリオンの碇シンジの気持ちはすごくわかるんだけど、彼を見てイライラする気持ちも同時に生まれるようなのと同じ感覚。

 

 

ただここにきて、少し自分の中で変化が出てきたというか。

 

自ら積極的に新しい環境や人間関係に飛び込もうとは相変わらず思えないけれど、選択肢として提示されたものがいくつかあった時、「いつもなら選ばないもの」をあえて選択することが、結果的に自分を取り巻く環境を変えていくことにつながっていくんじゃないかと思ったりしたのです。

 

最近はそういうのがとても多くて、例えば基本いつも同じ髪型だったのを美容師さんの提案を受けれて些細なかんじではありますが変化をつけたり、仕事関係で同職種の集まりがある際に、終了後の懇親会はいつもならパスしていたところを今回は参加で申し込んでみたり。

 

選択肢がいくつかあった時、そこで迷ったら、「いつもと違う方」をあえて選んでいくことで、何かにつながっていくのではないかとどこかで期待している自分がいたりします。

RPGゲームの中の世界をリアルに持ち込むかんじと近いかも。


 

「宝くじを買わなければ当たらない」という例えはよく使われますが、火のエレメントが少なかったり、月の性質だったり、もしくは火星の状態によっては、「行動しなければ」がプレッシャーになることもあります。

現状に不満があるわけではない時こそ、現状維持でもいいじゃんとなりがちだし、私がよく陥りがちなパターンです。

 

だけど、どっかで「今の自分じゃない自分」を夢見ているというか。

これって白馬の王子様を待つように、自分を引っ張り上げてくれる人を待っているのと同じで、それが「占い」に該当する場合もありそうです。

 

 

でも、私も含めこういうタイプの人でも「いつもと違う方を選択する」くらいであれば、敷居は低いかもしれません。

一見受け身のようではあるけれど、ディセンダントとアセンダントは対になっていることを考えると、結果的に自分が変わることにつながっていく。


ホロスコープでいったら西側であるディセンダント側に天体が多い人や、柔軟宮が多い人なんかはこの方がスムーズかもしれません。

 

ただ、一つ言えるのは、「あえていつもなら選択しない方」を選んだ結果、自分の求める状態にならなくても、それは周囲や環境のせいなのではなく、あくまで選択したのは自分だということを忘れちゃいけないなと思います。


 

「行動するのが苦手」

「具体的に何をしたらいいのかわからないけど何かを変えたい」

 

そんな風に思うことがあったら、いつもと違う選択をすることで環境の変化につなげ、結果的にアセンダント側である自分自身が変わっていくことにつなげてもいいのではと思いました。