最近気になっている「算命学」


自分のことについていろいろ調べていると、どうやら算命学的に私は「現実を生きる力」が強いらしいです。

言い方を変えれば、良くも悪くも「地に足のついた生き方」に向かいやすい。


このことを、占星術に当てはめるなら?

といつもの如く頭の中でグルグル考えていたんですが、もしかしたら「ホロスコープの半球のバランス」に表れているのかもしれないと思い始めました。


ホロスコープをアセンダントとディセンダント軸で半分にして、「1ハウス〜6ハウス」と「7ハウス〜12ハウス」に分けた時、私のチャートの場合天王星、海王星、冥王星のトランスサタニアンはいずれも下側に入るのに対して、太陽、月、火星、木星、土星は上側に入ります。


半球のバランスの解釈として上側に天体が目立つと、社会の中で活躍することや公的なことに生きる意味を見出したりしやすい傾向になりがちなのに対して、下側に天体が目立つとプライベートや家族などが活動の中心になりやすかったり、そこが大事になりやすいといわれています。


私の場合、水星・金星は6ハウスで下側ですが、社会に出る前の準備期間や適応させる為の自己調整の場として6ハウスの意味を捉えると、やっぱり全体としてみた時に社会的なことに意識が向かいやすいといえますし、そのような実感もあります。


ただ、これは「自分がどうしたいか」とは別で、気持ちはそこに伴わなくても、実際の活動の場がどうなるかということだと思っています。

もちろん気持ちが伴えば一番いいんですけどね。



例えば私の場合。


趣味など自分の楽しみに本当はもっと没頭したい。でも翌日の仕事のことが気になるからそろそろ寝なきゃ。

→なんだかんだと学校卒業してから、産休育休除いて働いていない期間がない。


子供の頃。

学校に行くことは苦痛で、家で本を読んだり絵を描いたりしていたかった。

→だけど「学校は行かなければならないもの」という感覚があり、それが普通だと思っていたので、どうにか通っていた。


みんな少なからず、そういった相反する気持ちがあるとは思います。


でもそこで「社会的にどうなんだろう」という気持ちを無視せず、行動として繋がっていくのは、ホロスコープの上半分に天体が多いからともいえるかなと思います。


「現実的に生きる方法」「地に足のついた生き方」って、一つではないとは思うけれど、わかりやすくて誰にでもそれなりに通用するやり方として、「レールから外れない」というのがあると思います。


ホロスコープの下半分に天体が多い友人は、めっちゃ働いて、めっちゃ休む、みたいなのを繰り返していた時期があったんですが、私は怖くてできませんでした。


この友人が「現実を生きる力」がないといっているわけではないんです。

現に専門職でそれなりに稼いで1人で生活できてますし。


ただ、この友人がお母さんを自宅で看取った際は、それまでしていた仕事をキッパリやめて介護に専念していました。

やっぱり、ホロスコープの下方向にいくことに迷いがないというか。

もちろんその先のことや、お金のことも気になったとは思います。

それでも、選んだのは「お母さんを自分で看取ること」だったわけです。


自分はそれができるのかな?

と思った時、私は仕事を辞めるという選択肢はやっぱりないなと思うのです。

社会的サポートを利用しつつ、自分も働くことは続けると思うのです。

生活やお金の心配がなかったとしても、おそらくそうすると思います。


どっちがいい悪いの話ではないんです。

ただ、おそらくリスクが少ないのは、友人より私の考え方だと思います。

でも精神面で満足につながるのは友人かも。


普段はチャートの上と下をバランスよく行き来するのが理想だとは思います。

でも究極の選択をせざるをえない時に、もともとのホロスコープの半球のバランスって出るような気もするし、プログレスやトランジットの影響もあると思います。


でもここで、社会的なことを意識せざるを得ないというのが、自分の「現実を生きる力」なのかとも思いました。

社会の枠から外れないことで、安定した生き方ができる。


くどいようですが、どちらがいいとか悪いとではなくて、私の場合はそうなりがちだという話です。



仕事にいく時間なので、短い気もしますが今日はここまで。

(この辺がまさに今日あげた記事ともリンクしてる)



追記:

今日の夜か明日の朝ぐらいに、ホロスコープ鑑定、募集再開予定です。

お一人のみなのですが、ご縁があればぜひ。