昨日はご依頼いただいていた占星術の鑑定書をようやくお渡しすることができました。

ご本人+ご家族2名分ということで、お時間を頂戴していたんですが、昨日一気に仕上げさせていただきました。


さらに最近気になっている「算命学」について、いろいろ調べていたら、目を酷使したせいか夜には頭痛と肩の痛みが。



文章を書くとか調べるって「水星」の管轄ですが、長期的にみると今、プログレスの水星にネイタル冥王星がオポジションになっているので、水星の使い方が極端になりがちなのかもしれません。


また昨日のトランジットを確認してみると、n水星に対してt太陽木星合がトラインになっていました。

ここでも書いたり調べたりに夢中になったのは、なるほど、なんて思ったり。


n太陽に対するt天王星のスクエアは引き続き形成されていますが、そこに今日はt金星もスクエアになっています。

算命学についてのいろんな方の発信を読んでいてお一人すごく気になった方がいらしたんですが、居ても立っても居られない感じになり、早速鑑定を申し込ませていただきました。

こういう時は、早いです。


後々、このご縁が自分に影響をあたえてくるような気もします。


というのも、鑑定の予約日の開始時間のトランジットを確認すると、t月冥王星のコンジャンクションがディセンダントに合、さらにt木星がディセンダントとトラインです。

t火星はMCとn木星にコンジャンクション。


このブログを開始した元々の目的が「習得した知識のアウトプット」だったわけですが、またまた最近インプットに偏りがちだな、とちょっと思います。

これはプログレスの月が「牡羊」から「牡牛」に切り替わったせいかもしれません。

外側へ向かう気持ちよりも、内面に気持ちが向かうかんじがでてきてるのかも。



「算命学」は占星術と同じく生年月日を元に占う「命占」ですが、私の興味はタロット等ではなくどうしてもそっちに向かうんだなーと実感しています。


タロットは書籍を購入したり、日々カードをひいてみたりと、「馴染もう」とはしていたんですが、目を酷使して身体に鞭打ってでも、興味がやまないかといえば、ちょっと違うんですよね。

ただ、扱えるようになるといいな、というのはやっぱりあります。


以前四柱推命について、やっぱりちょっと興味をもって書籍を購入した時も、その熱は続かずに結局本は手放してしまいました。



この「自分が興味を惹かれるもの」に対する熱が持続するか冷めるの違いってなんなんだろうとは思います。


一時的な熱やブームって「火星」の管轄かもしれません。

ピアノを弾けるようになりたくて、一時練習を重ねたことがあったんですが、今は聞く方専門だったりします。

火星で着火した熱を、いかに土星に繋げられるかが肝だと思いますが、土星はそもそも「制限」を表しますので、木星で増えすぎたものを冷静に判断して減らしていくというか、結局熱が続かないことって、自分にとって不必要なものなのかもしれません。


私はネイタルに木星を頂点とする月と金星のTスクエアがあり、その木星には火星がセクスタイルになっているので、気になるものはすぐ取り込もうとします。

アセンダント土星合なので、取り込む段階で一応「本当に必要?」とセーブはかかりますが、自分のためになりそうなことだったりすると、土星が「経験としてアリじゃない?」とGOサインを出してくれるので、火星が動きやすくなるのかもしれません。


ものにならなかった趣味はたくさんあるけれど、そもそも趣味に対して「ものになるかならないか」と考えてしまうのは、やっぱり完璧を目指したいアセンダント合の土星の影響なのかなと思います。



でも土星って、若い頃は扱いにくい天体だったりするけれど、人生の折り返し地点まできた今となっては、ものすごく「味方感」を覚えます。


散々コンプレックスに悩んだからこそ、それを解消するためのあれこれもノウハウとして身についてきている。


太陽水瓶、水星金星山羊の私にとっては、ルーラーである土星の存在は味方にしやすいのかもしれません。


「土星」があるからこそ、あれもこれもとなりすぎず、生き方が破城しないともいえます。


占星術の学びにかけるお金。

ここ1.2年ほどは格段に増えていて、実際どのくらい使っているのか改めて考えるのは怖いです。


「使っているお金を怖くて把握できない」って、

借金を重ねる方のあるあるだったりするようですが、私の場合自分の銀行口座をみて「ここまでは使える」というラインは引いています。


迷った時は銀行の残高を確認。

これも土星がちゃんと働いてくれているからこそなせる事だと思います。


お金を貯めたりなど、積み上げて大きくしていくには欲しいものを我慢したり、働くことに嫌になった時もどうにかモチベーションを保っていくことが必要で、それは土星による重苦しさだったりもします。


だからこそ、土星で積み上げたものを簡単に無かったことにすることが怖くなる。


それは時に自分の行動を制限することにもなり、現状維持の生き方を選ぶということでもあるんですが、それはそれでやっぱり必要なことだと思います。


私は占星術への興味を満たす為にお金を使うけれど、土星で積み上げたものを無かったことにはしたくない。


この気持ちが働くからこそ、平穏ながらも暮らしていける。


ですが、土星の枠を外すのは天王星。


なので、ネイタル太陽にトランジット天王星がスクエアになっている今、土星がもたらす平穏を捨ててでも、新しい世界を見たいかどうかを確認されているような気もします。


こういう時は守りに入らない方がいいんだと思います。


ということで、お金は今が使うタイミングなのかもしれません。

(ただの言い訳をこじつけてるだけともいいますが)


ちなみに、娘のサイズアウトした服などをちょこちょこメルカリに出しています。

手間がかかるともいえますが、まとまるとそれなりの金額にはなっています。


これはこれで「土星」的。

なので、天王星を意識しようとも、土星的な行動を全てなしにできないというのが、自分っぽいなと思います。