2月の中旬。
娘の学校の地区役員の長の引き継ぎをしました。
とはいっても、「慣れない故にわからないこと」はあるようで、たまにご相談を受けることがあります。
マニュアルがあることならいいんですが、こういった場合、大抵答えが決まってないような内容のご相談なので、あくまで現役員間で検討頂くことを前提として、私は「自分ならこうするかも」という経験に基づいた話をさせていただきます。
この「答えがはっきり決まってないこと」について、質問やご相談を受けること。
役員の仕事に限らず、日々、本当に多いなと感じます。
私にしてみれば、「自分で考えればいいのに」と正直うんざりすることも多いのも事実です。
「火星」のサインは「怒りのポイント」を示すこともありますが、火星双子で風のエレメントをもつ私の場合、ちょっと調べれば分かるような事をすぐ聞いてくる人や、自分で考えることを最初から放棄しているような人に対しては、快く思わないこともあります。
ですが、頼られると無視できない。
困っているとめんどくさいと思いつつ、ついつい手を差し伸べてしまう。
なぜか人は私を頼ってくることが多いです。
これはアセンダントの獅子が「頼りになりそう」と思わせているのと同時に、6ハウスの水星金星が現実的な問題を解決することに対して、それなりにスキルを発揮できてしまったり、ありがとうと言われれば満足してしまうということも関係しているような気もします。
線引きはある程度しないと疲れてしまいますが、天王星の気質もそれなりに強いので、こちらが拒否の姿勢を示しても大きく踏み越えてこようとする人に対しては割とシビアです。
あとは、やっぱり頼られたら期待を裏切りたくないと思うのは11ハウスの火星かも。
この火星にはアンチバーテックスが合になっています。
相手が都合よく自分を使おうとしているだけなのか、そこに信頼や尊敬が含まれているのか。
そこを見誤らないようにする必要はあるのかもしれません。
アセンダントの獅子にプラスして、MCに木星牡羊が合になっているので、望む望まないにかかわらず、「仕事が集まってくる」立場になりがちでもあります。
でもそれは言い換えれば、人望があったり信頼されているということ。
この人に頼れば、どうにかしてくれると思わせるところがあるのかもしれません。
この「木星」を意識するなら、例え相手の都合よく使いたいという態度が見え隠れしても、そこにのる、ということで、自分の社会的立場をあげることにも繋がるんですよね。
難しい。
小さな「貸し」も積み上げることで、あとあと大きなものになって返ってくる。
木星の幸運ってこういうことだと思います。
普段の行いがラッキーにつながる。
また、アセンダント獅子、MC牡羊と「火のエレメント」が目立つところにあると、どうしても人の先頭に立ったり、中心になる機会は多くなると思います。
人に相談しなくても、「自分で決める」ことが他のエレメントと比較すると強めなので、決断力に優れていると見られがちなんでしょうね。
ですが、木星牡羊は12ハウス月蟹と6ハウス金星山羊とスクエアですので、個人的な欲求としては目立つポジションは避けたいし、特に12ハウス月は見えない場所にあることで安心できる。
私の場合は太陽も8ハウスですので、できればひっそりとしていたいし、決断したことに対しても一緒になって全てを請け負ってくれるような存在がいることで、むしろ自分を発揮しやすくなります。
ただ考えようによっては、獅子のアセンダントやMCの木星牡羊があるからこそ、頼りにされたり人を引っ張らざるを得ないポジションを経験することにもつながってきます。
この「経験」というのは、アセンダントに土星合である私にとって重要なことです。
私の太陽水瓶のサビアンシンボルがまさにそれを示しています。
「情熱に背を向け自分の経験により教えている男」
「経験によって教える」というのは、「当事者」からは一歩引いたポジションでいないと難しいです。
「スポーツ選手」とその「コーチ」や「メンター」を想像するとわかりやすいかもしれません。
自分がかつて悩んだこと、経験したことだからこそ、気持ちに寄り添ったり的確なアドバイスができる。
当事者である時は、壁にぶち当たると周囲を見渡す余裕がなくなり、そこに一筋の光があったとしても気付かなかったり、その壁が永遠に続くように感じられるかもしれません。
ですが、すでにそれを乗り越えた人の力を借りることで、冷静になり事実を客観視できるようになる。
何が問題で、今どうすればいいのかが段々と見えてくる。
「星を見る」ことも、結局これと同じように感じます。
ホロスコープは自分自身のコーチやメンター的なものであるのかもしれない。
時期読みをすれば、人生には誰にでも凪と嵐の時期があるのはわかるし、耐えることや待つことが焦りに繋がらなくなる。
自己否定の闇に取り込まれそうになった時は、自分の良さを教えてくれる。
私が占星術にはまるのは、自分の太陽を目指すためなのかもしれないです。
占星術に限らず、人を占う立場になるには
「人生経験が必要かどうか?」
というのは、度々論議されるテーマだと思います。
自分のかかえる悩みを乗り越えた経験のある人に相談したいという思いを抱くのは自然なことなのかもしれません。
おそらくそういった部分と関係しているのだとは思いますが、「波瀾万丈な人生」が一種の自己アピールの手段になっていると感じることもあります。
同じようなことが書いてあっても、そうは思わせない場合もあるんです。
そこが文章力や構成力、表現力の違いなのかもしれません。
「星をよむ」技術的な部分だけでいえば、人生経験はそれほど関係なくセオリー通りに読むことである程度はしっくりくる鑑定ができると思います。
大事なのは、自分自身の人生経験よりもどれだけ多くのホロスコープと向き合ってきたかという事実。
占星術に限りませんが、数をこなすということはクオリティーの向上につながります。
毎日車を運転している人と休日しか運転しない人の違いというか、不動宮の継続力による価値を高める力にも通じるところがあります。
いろんな経験をしてきたかどうか?
といわれたら、私自身はまったくそんなことはないですし、そう思えることは恵まれているということでもあるということもわかっています。
自分にとって経験値が低いご相談に関して、星が示していることをどのように表現したらいいのか迷いながらも伝えようとすることが、経験として自分の身になっていくのかもしれません。