先日、美容室で雑誌を眺めていたところ、とある記事が目に止まりました。
タレントの藤井隆さんの記事です。
お仕事柄、日本各地いろんな現場に行くことも多く、撮影などで特定の地域でしばらく過ごすようなこともよくあるそうですが、そんな時まず何をするのかといえば、その現場、その地域に馴染むことを意識するとのことでした。
商店街に出かけたり、地元の人と話したり。
そうやって馴染むことでようやく仕事で力を出せる、といったことがその記事にはありました。
藤井隆さん、太陽魚なんですよね。
占星術の講座の際、サンプルとして取り上げられていたのでなんとなく覚えてたんですが、この記事を見て、
まんま魚!
と思いました。
その場、その空気に馴染むことで自分の持ち味を活かせるタイプ。
以前も書きましたが、学生時代、私には太陽魚座の友人が多くいました。
どの友人も目立つタイプではなく、どちらかといえば教室の端っこにいるタイプ。
私も同じような感じだったので、月蟹の自分としては一緒にいて安心感がありました。
なんですが、人に対する「壁」がありありの私に対して、魚座の彼らにはあまり「壁」というものを感じません。
私自身、今で占星術検証ということでこういった場で自分のことを開示していますが、逆にいうと顔も見えず素性もよくわからない状態だからこそできるとも言えるし、どこまで出しているか?というと曖昧にしている部分もやっぱりあります。
それは12ハウスの月土星や、4ハウス天王星あたりの影響だとは思いますが、少女漫画等で見る「なんでも話し合える友人」への憧れみたいなものもありつつも、自分とは無縁だなとも思っています。
深い人間関係、いわば8ハウス的な繋がりというのは、お互いのことをある程度曝け出すことで、安心感を与えられるようなところもあると思いますが、それはドロドロの部分も見せることになりかねるので、そこに「秘密」の関係ができやすいです。
8ハウスは「死」や「生殖行為」も表しますが、いずれも一般的にはまだまだタプーとされがちな話題ですし、8ハウスが表す関係性の中で共有される「秘密」だと思います。
この「秘密」を共有できる関係性というのが、高校生くらいの特に女子が求めるような「親友」のイメージです。
私は先に書いたように、自己開示が苦手だったので、こういう関係性の友人はいなかったのですが、「魚」味が強い人というのは、自分が自己開示しなくても受け入れてくれる包容力のようなものをやっぱり感じます。
太陽魚の友人等は、顔見知り程度の人とでも、わりと近い距離感で接することができていました。
聞き役が上手というか、この人になら否定されないという雰囲気を出すのが上手い。
でもそれは、太陽魚の藤井隆さんの言葉を借りるなら、「現場に馴染む為の努力」なのかもしれません。
馴染むことで自分の強みを活かせる。
アセンダント獅子の私には理解が難しいんですが、まずはその場に溶け込むために、自分からアクションをかけるのではなく、いろんなものを受け入れていく。
魚座は柔軟宮ですしね。
そして水のエレメントなので、取り扱うものは「感情」や「雰囲気」といった目には見えないものになります。
魚サインはまずはなんでも受け入れようとする性質上、雑多なものが集まってきます。
倫理上は攻撃を受けるような人の感情や、正論をぶつけられると返す言葉のないような複雑な思いとか。
なので、受け入れる側の「魚」のきつさも相当で、だからこそ「繊細」なんてキーワードが出てきます。
ですが現実では絶望してしまうような状況だったとしても、たた受け入れてくれる魚の存在は、周囲の人に夢や希望を与えます。
私も太陽魚座の友人がいたことで、孤独な学生生活を送らずに済んだわけです。
そんな風に考えると、「魚」自体はどこに救いを求めるのかなと思いますが、やっぱり「芸術」とよばれるようなものが、彼らの心の支えになっているような気もします。
アートを通して、言葉にならない感情を表現してる。
高揚するような気持ちはもちろん、ただ周囲から受け入れて、自分の中のものと混ざり合ってずしんと重くなった負のかたまりもそこで表現することで、消化できるのが魚の人たちのように思います。
魚は優しいサインです。
でも攻撃性がないわけじゃない。
水のエレメントはトリプリシティが昼のチャートでも夜のチャートでも「火星」です。
でもその攻撃性は、魚サインのサブルーラーの木星のおおらかさやエグザルテーションの金星の調和力に普段は隠されがちなんだと思います。
自分の中に受け入れたもの、取り込んだものにより苦しくなった時、魚の人は「火星」でアートという形で自己表現するのかなと思います。
音楽を奏でるアーティストで魚が強い人はたくさんいらっしゃいますが、繊細さの中に「怒り」を感じるのは私だけでしょうか。
馴染むために全てを一旦受け入れて。
そこで蓄積されたいろんな感情を「作品」として昇華させることのできる境地に辿り着いた魚さんは、やっぱりすごいなぁと思いますし、私が太陽水瓶であるからこそ、次のサインの魚の本質に辿り着いた人に対しては羨望の眼差しを向けてしまうのかもしれません。