実は、書きかけの記事を一旦放置、新たに書いています。
こういうことって結構あって、自分は感情がのらないと物は書けないんだなとブログを通してだんだん知ることになっています。
「書きたい!」と思った時に一気に仕上げないとそのままになってしまい、陽の目を見ない記事も結構あります。
私は「月」がファイナルディスポジターでもあるんですが、やっぱり感情による影響力が強いのかもしれません。
本当はちゃんと構成を考えて書けたらいいし、実際そうすることもあるんですが、結構読み返した時に、勢いで書いたものの方が納得いくものになっていたり、自分らしさがでていたりします。
いま、深夜2時を回っています。
一旦寝て起きたところで、体は疲れているけど
頭はパキパキに冴えているかんじです。
ここ数日、いろいろ情報過多だったり刺激が多くて交感神経が優勢になっている気がします。まさに満月。
9/29の牡羊座満月は、私の3ー9ハウスで起こっているんですが、人との交流を通して、自分の考えを伝えたり、相手の話から影響を受けたりということが多かったですね。
振り返ると3ハウスでの乙女座新月で占星術鑑定を受け、そこから学ぶ意欲がさらに広がり、本や単発講座で新しい知識を習得し、それをまたブログや鑑定としてアウトプットしている。
トランジットの月って動きも早いし、大きな運勢の流れをみる時には使いませんが、
日々の自分のリズムみたいなものを知るのにはすごくいいなと最近は感じています。
ちょうど2024年の手帳を手に入れて。
私はここ数年、石井ゆかりさんの手帳をつかっています。
昨年はちょっと気分を変えたくて、別の手帳(こちらも星の動きがわかるタイプ)を購入したんですが、なんとなくまた戻ってきました。
占星術好きな方はやっている方も多いと思いますが、手帳に自分の星のサイクルを書き入れたい、といつも思うんです。
でも、私はそれをやったことはありません。
今は、「やってみようか」と気持ちが⤴となっているのですが、持続性がないんですよね。ああ、活動宮の蟹月だなーと思います。
さて、ここからが本題です。
(というか最後まで書いて読み直して、この記事のテーマはこれ、と思った次第)
今日は「未来予測占星学入門」を読んでいます。
著者は占星家の辻一花さん。(IKKAと表記あり)
占星術に関しては、講座と同様、本も「一冊」をじっくり読むのではなく、
なんというか「テキトー」によむ癖があります。
いや、テキトーといっちゃうと身も蓋もないんですが、アセンダントが不動のサイン故か、まずは「全体把握」ということをしようとするのかもしれません。
目の前の本の内容を理解するのにどのくらい時間がかかりそうなのか。
自分が今欲しい知識はどのくらい網羅されている本なのか。
著者の考え方と自分の考え方は合うのかどうか。
などなど、パラ読みをまずします。
そして、手元に置いて必要な時に何度も何度も読んで「書いてあること」を理解しようとします。
この本には「新月と満月」という項があるんですが、読み返してみて改めて内容が頭に入ってきました。
これは「体感」として、私がすでに経験済みのことだから。
「知識」が先に入ってきても、私はやっぱり本当の意味で理解できないんだなと思います。
どっかの記事でも書いたと思いますが、やっぱり地のエレメントの山羊水星なので、自分の経験や感覚を通して物事の知識を深めていくようなところがあるんだと思います。
土星とオポジションだからなお一層そうなるのかもしれません。
「ルナ」というのはローマ神話に登場する月の女神だということでラテン語のようですが、「ルナティック」は狂気、精神異常を意味する英語だと、この本には記載があります。狼男などの月にかかわる伝説を考えても、「月」の影響は昔から考えらていたのでは、とも。
日本の「かぐや姫」もそうですよね。
そして私は岡田あーみん先生のの「ルナティック雑技団」を思い浮かべます。月の不思議を扱った作品としては、矢沢あい先生の「下弦の月」もそうかも。
そして「日蝕」と「月蝕」の影響に対しても深掘りは必要だなと最近は思っています。
こうやって占星術を学んでいくと、結局過去含め、どんどん「自分」に向き合っていく行動につながっていきます。
自分にとっての過去の大きな出来事を考えた時。
たいていはプログレスやトランジットの星の影響で説明がつくようになってきているんですが、実は一つ、関連性がいまいちわからない出来事があります。
それは20台前半で経験した、飼っていた「犬の死」です。
この時期の、プログレスやソーラーアーク、トランジットを見ても、これ!という明確なものはなく今のところは占星術的な表示があったのかよくわかっていません。
※ミッドポイントではまた見てないです。
この出来事自体は、自分にとって未だに人生最大レベルで悲しく辛いことだったと言えるんですが、そのあとの自分の生き方を考えると、ここが一つの転機になっていたようにも思います。
もちろん、「今思えば」ですけどね。
なので、ずっと気になって、もしかしたら何かあるかも、と本当に勘を頼りにこの出来事に1番近い時期の「日蝕」と「月蝕」を調べてみました。
すると、犬が亡くなるちょうど1か月半ほど前に「日蝕」があり、それは私のn太陽水瓶にオーブ3度でコンジャンクションしていました。
ちなみに、ドラゴンテイル側での日蝕だったのですが、このドラゴンテイルは私のn太陽にタイトにコンジャンクション。
ちょうどこの頃から犬は体調を崩し、いったんは元気になったものの、1か月半後にこの世を去りました。
不安にさせてしまうと申し訳ないのですが、犬はそれなりに高齢だったので、年齢的な部分も影響していると思います。
先ほども書きましたが、これは自分にとってかなり大きな出来事で。
この犬の死は、自分の一部が欠けてしまったようなかんじで、大きな喪失感がありました。
ただ、それを少しずつ受け入れていく過程で世界が広がったというか。
それまでは「犬」がいるからこそ他はいなくてもいいや、みたいなところがあったんですね。
ですが、この犬の死を通して、同じような経験をした人とたくさんかかわる中で気持ちがだんだん浮上していき、不思議なものでこの半年後の獅子座での日蝕は、私は二代目の犬を家に迎え入れ一緒に暮らし始めた直後に起こっていました。
ドラゴンヘッド側で起こっています。
この一連の流れが「日蝕」の影響によるものなのかは、正直これだけだとわかりませんが、
自分の中では説明がついてしまうところもあるんですね。
やっぱりノード軸が絡むだけあって、私の場合は「縁」について考えさせられるような出来事としてでたのかもしれません。
ちなみに夫は満月生まれですが、ちょうど月蝕にあたる日になります。
神谷充彦先生の「月の正統西洋占星術」によると、
生まれる直前の「日蝕」は「人生における社会的使命と課題」
生まれる直前の「月蝕」は「人生における個人的な課題と克服すべき弱点」
を示していると考えるようです。
実際の鑑定でチャートをどこまで深く読むか、ということはご相談内容次第だとは思うのですが、どういった影響が出ているのか、自分や身近な人で見ていくのも面白そうだなと思いました。