「キャベツ」と「レタス」の違いがわからない夫。

 

今でこそ、全然違うじゃん!と自信をもっていえますが、学生時代スーパーでレジ打ちのアルバイトで、私も同じように最初「キャベツとレタスの違い」がわからない女でした。

 

この些細な違い。

見分けるのがとても苦手です。

 

アルファベットの「N」を書く時、真ん中のななめ線の向きが分からなくなることがあります。

 

リトマス紙の色の変化、酸性とアルカリ性がどっちの色だか何度調べても覚えられません。

 

そして今日新たに追加された「混乱するもの」として、ローマ数字の「Ⅳ」と「Ⅵ」。

仕事で読み合わせた契約書に出てきましたが、どっちが「4」で、どっちが「6」だか、何度聞いても覚えられないのです。

 

あとは、人の顔がなかなか覚えられない。

これは私と同じような方、結構いるのではと思うんですが、顔のつくりというよりは「髪型」「眼鏡」「服装の雰囲気」で覚えているので、髪型の変化、眼鏡のあるなし、服装の雰囲気がいつもと違うといったことがあると認識できないことがあります。

特に街中でばったり、みたいにふいに話しかけられたときは、「その人」を認識できず、「なんか知ってる気がするけど、だれだかわからない、やばい」みたいな焦りを感じることがあります。

 

これらのこと、ほかの人にとってもあるあるなことなのか、自分特有のことなのかはわかりませんが、情報の認知機能の影響なんじゃないかなぁ、なんて思います。

いわば「水星」の状態。

 

「水星」のアスペクトで一番タイトなのは「土星」とのオポジションですが、たぶんこれじゃなく、マイナーアスペクトですが、やはりオーブが1度未満の「水星」と「海王星」のセミスクエアなんじゃないかと思っています。


私の場合、「水星」を使う時、同時に「土星」も動くので、仕組みがあったり理屈で説明できることはわりと覚えることは得意だと思います。


でも、なんでそうなるのか自分の中で分からないものは、やっぱり覚えるのが苦手。


でも、私が混乱するような上記のことに対して、すごく得意な人がいるのもわかります。

人の顔、一発で覚えられるの、ほんとにうらやましいです。

 

 

自分の苦手なことが得意な人。

 

例えば、私は「言葉」に関していえば、俳句や川柳など短い文章の中に物語性を作るのが苦手。

あと「回文」なんかも絶対に思いつかない。

 

でも上記のようなことが上手い人って身近にいるもんで、チャートを見てみるとやっぱりそれっぽいアスペクトがあるわけです。

 

1人は「水星天王星コンジャンクション」に「火星」がトライン。

 

1人は「水星木星コンジャンクション」に「火星」がトライン。

 

コピーライターとしても著名な糸井重里氏のチャートを拝見したら、「水星蠍」と「天王星蟹」のタイトなトラインがありました。水のエレメントの蠍で短い言葉の中にも人々の心に響き、かつ蟹の大衆性、わかりやすさもあるのかなぁなんて思ったり。

 

ちなみに娘も「水星天王星コンジャンクション」がありますが、短い言葉で表現することは得意です。

学校の行事関連でキャッチフレーズをつくったり、給食のメニューを考案する授業でインパクトのあるメニュー名とともに実際の給食として取り上げられたりと、わが娘ながらすごいなぁと思います。

「言葉」というものにセンスがあるというか、ふとつぶやく一言がやっぱり「天王星」ぽさをかもしだしているなと思うことも。

 

 

自分の中にあるアスペクトって理解がしやすいんですが、「ない部分」というのはやっぱりちょっとわかりにくい。

でも、自分の「水星」にトランジットの「天王星」がコンジャンクションしていた時期を振り返ると、確かに言葉に対して冴えてた時期だったのかな、とも思います。

 

ちょうど短大時代で、先行していた授業で自分でショートストーリーを作成したり。

詩人の中原中也の授業も面白かった。

いまだに詩集は手元にあります。

音楽もよく聴いていた時期でしたが、今よりも「詩」の部分に注目していたなぁ、とか。

 

言葉をもっと直観的なものとしてとらえていた気がします。

 

 

ちょうど1年後ぐらい、私のネイタル水星にトランジット天王星がトラインになる時期があります。

その時、自分の「水星」がどんなかんじになるのか、ちょっと楽しみでもあります。