学生時代から今の今まで、特にスポーツをすることもなく、体力のなさを公言している私ですが、何を考えていたのか、3年連続で富士山に登頂した過去があります。


この「3年」という期間。

ソーラーアークの天体のネイタルチャートへの影響力を考えた時、アプライで2度圏内、セパレート1度圏内と考えると、最大3年くらいだよなー、とか、プログレスの月が一つのハウスを移動する期間くらいだよなーなんて思い、なにかそれらしきものがチャートに出ていないか確認してみたところ、それっぽいのがあったので、今回はその記録です。


まずは一番最初に登る事になったきっかけですが、友人の会社の有志で富士山に挑戦することになったので、そこにわたしも参加させてもらう事になったのです。


この人見知りの私が、という感じもしますが、以前より友人を通して親交があった人も数人含まれていたので、そこはとりあえずクリア。


この時の星を見ると、サターンリターン真っ最中。

同時にアセンダントにT土星がコンジャンクションしています。


そのまま「身体へ負荷をかける」というかんじで、なんだかストイックさが際立っていますが、

この時、P月もちょうど1ハウスを進んでいて、MCとほぼ誤差なくトラインになっていました。

牡羊と獅子のトライン。

これ、気持ちが「富士山」にいっちゃったのわかります。

なんかこう、「やり遂げた感」や「結果が明確なもの」が欲しかったのかもしれません。


そしてさらにSA火星はMCに対してオーブ2度圏内のスクエア。


無謀なチャレンジにも突っ込んでいくかんじがします。


そして、登頂成功!


なんですが、あいにくの天気でご来光は拝めず。

消化不良の初富士山となりました。



翌年、またチャレンジすることになりました。


この時はサターンリターンは終了し、P月も2ハウスに移動。


なんですが、SA火星とMCは昨年より一層タイトにスクエアになっています。


リベンジを果たしたい気持ちが湧き上がりました。



そして今度は別の友人と2回目の富士山に挑戦。


登頂しました。


なんですが、この時もあいにくの天気。

今度こそ!と期待していたご来光を拝めず。


「スクエア」のせいなのか、なかなかすんなりいきません。


ここまで来るともう執着ですね。

翌年、今度は別の知人も参加して、3度目の挑戦をしました。


SA火星とMCのスクエアはこの時点でセパレートしつつありましたが、オープ1度圏内。


そして、3度目の正直、ようやくご来光を拝むことができました。


なんというかこの3年間、何かに取り憑かれたかのように、夏になると「富士山」を目指していた私。


この話をすると、たいてい今の私とのギャップに驚かれることが多いです。


この「SA火星」は、私の中でわかりやすく反応していて、この後、アセンダントを通過した時、仕事で大きな変化がありました。

資格を活かせる業務内容となり、ある意味専門職となりました。


それがこの富士山3回目の登頂から約10年後。

富士登山の時は太陽の年齢域でしたが、すでに火星の年齢域に突入していました。



強引な読み方かもしれませんが、このSA火星とMCのスクエアにより、「社会に打ち出す力」の下地を富士登山で訓練していたのかなー、なんて思ったり。


SA火星のアセンダント通過時も、トランジットの星の動きとあいまって、なかなか大変な出来事として表れましたが、挑戦力や抵抗力として火星をバリバリ使えていたと自分では思います。


今思えば、スポーツはもちろんのこと、勉強や他のことに対しても、この3回の富士登山ほど自分の限界まで頑張ったことはなかったかもしれません。


私はちょうどいいタイミングで「火星力」を鍛えることができていたんだなーと思いました。




占星術鑑定、密かにはじめています。

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