昨日は子供の学校関係の役員の業務の一環として、地域の夏祭りの打ち合わせに参加してきました。
地域の神社の伝統的なお祭りということで、そこには町内会長をはじめとした、様々な地域に関わる人たちが集まっていました。
役員をやらなければ関わることもなかった地域の人達。
地区活動における「高齢化」というのは、様々な自治体で問題になっていると思いますが、わたしの地域でも同様、すでに現役を引退されている年齢の方が中心となって活動しています。
「子供達の下校の見守り」とか、ありがたい話です。
私の勝手な思い込みですが、こういった地域の活動を外側からしか見ていなかった時って、もっと「馴れ合い」の世界かと思っていたんですよ。
何かにかこつけて集まりお酒を飲んだり、もっと忖度がある世界。
今までのやり方に固執して、若い世代に色々面倒なことを押し付けるような雰囲気。
何かを新しく始めるとか、発展性をあまり感じられなかったんですね。
なんですが、実際自分がその中に入ってみると、少なくとも私の地域ではそんなことはなく、大変失礼な話なんですが、70代、80代の方達の謙虚さや人を楽しませたいという思いを感じることに繋がりました。
今回の「神社の夏祭り」の準備。
まさに11ハウス的だなと思います。
様々な年代の方が集まり、同じ目的のために動いている。
そこには「営利」を求めるよりも、「楽しませたい」という思いが強くありました。
私も担当業務に関連する「準備金」を預かったのですが、これも「みんなを楽しませるため」に使うお金なんですよね。
コロナの影響で、2019年以来、4年ぶりの開催となる今回の夏祭り。
盆踊りの曲のセレクトなんかも,「今の子供達が楽しめるように」と見直しされたりしました。
「11ハウス」の対向は「5ハウス」です。
5ハウスの大きな意味として「私の喜び」というのがあります。
1〜4ハウスまでで自分を作り、5ハウスで初めて他者に向けて表現していきます。
でもそれは、まだ、「自己表現」の域を出なくて、周囲の反応をもちろん確認はしていきますが、どちらかといえば「自分が楽しい」ことが重要です。
でも11ハウスの活動に参加していると、「地域のためにみんなで楽しいことを作り上げたい」という思いをひしひしと感じます。
私も含め、仕事や子育てなど個人的に抱えているものが多い世代は、そんな11ハウス的な活動を「めんどくさい」と思いがちだし、実際参加してみて、想像とは違う雰囲気に抵抗は無くなったものの、「負担かどうか」と問われれば、やっぱり時間を捻出するのはけっこう大変てす。
でも、こういった活動を何十年も前から続けているからこそ、「地域のつながり」というものが維持されて、安心して暮らせることに繋がっているのも事実。
そして、11ハウスは「サクシーデントハウス」なので、維持することプラスして、「価値を上げていく」ということに取り組むようなハウスです。
そういうのをめんどくさい、煩わしいと思いながらも、気付かないところで「恩恵」を受けているんですね。
サインとハウスをリンクさせる「ナチュラルハウス」の考え方は、以前は私もなるほど、と思っていましたが、学びを進める中でちょっと疑問に思うこともでてきて、今は積極的には取り入れてないんですが、やっぱり11ハウスは水瓶サインとかぶるところはありますね。
この11ハウス的な地域の活動も「維持」することに囚われすぎてしまうと、閉塞感や新しい価値観を受け付けなくなり、異端や部外者を排除する方向に働きます。
それは「郷に入れば郷に従え」の悪い部分が強調されるということでもあり、「みんなの為」といいながらも、「自分の為」の5ハウスに寄ってしまっているのかなと感じます。
やっぱり11ハウスは「未来」なんですよね。
より良いものを目指していく。
その為には新しい風を取り入れることが必要だし、古い慣習は見直していく必要がある。
古典やホラリーの考え方だと、11ハウスは「太陽」が支配していて、「木星」がジョイになります。
太陽の誇りを忘れず、木星の発展を期待するようなハウス。
様々な年代、価値観の違いを持つ人たちの集団だからこそ、お互いを尊重し、おおらかな気持ちで接することが必要なハウスなのかもしれません。
ちなみに私はこの11ハウスに「火星」があります。
そしてこの火星は10ハウスルーラーです。
11ハウスを「市民運動」「地域の活動」といわれると、正直自分の中ではピンとこないのですが、自分が培ってきたものを使って、人に還元できたらという気持ちはわかる気がします。
占星術でそんなことをしたいという気持ちもあります。
個々が思う「こうしたい」が、いつのまにか共鳴し合い、大きな流れに変化していく。
まずは「個人」ありきというのが、11ハウスなのかなと思いました。