占星術に限らず、なんでもそうだと思うのですが
、知れば知るほど、学べば学ぶほど、奥の深さに気づいて「ここまでやったら完璧」を求める気持ちが出てきてしまいます。
いわゆる「沼にハマる」ということなのかもしれませんが、好きなことに関していえば、どこかに「完璧でなければならない」「知らないことは許されない」と自分自身に圧をかけている感じもします。
「好き」なら、こんぐらい知ってて当たり前でしょ!みたいなオタク同士の優劣争いみたいな。
比較する必要はないと分かっていても、「自分に足りないもの」についつい意識が向いてしまいます。
これは、初等教育の3ハウスにある「冥王星」か極めなきゃ!と思わせるのか。
いやいや、「占星術」なら9ハウスのカスプルーラーが「海王星」で好きや楽しみなんかを表す5ハウスにあり、サインは射手なので、終わりのないものを求め続けてしまうのか。
はたまた、アセンダントにコンジャンクションする「土星」の自信のなさ故なのか。
自分ではよくわからないし、もちろんこれら全てが影響してるとも考えられますが、他の方が私のネイタルチャートをよんだらどう判断するのか?なんてちょっと気になったりします。
今日は占星術の本を数冊、爆買いしてしまいました。
以前から気にはなっていたんですが、お値段がそれなりにすることに加え、「本当に自分に必要なのか」という迷いがあった本。
合計で「万」を軽く越える出費です。
こういう時、自分の中の「言い訳機能」が働きますね。
だって、占星術の単発講座受けたらそのくらいすぐ使っちゃうし。
だってボーナス入ったし。
だって自己投資だし。
こんなかんじです。
こういう時、自分の中の「月◻︎木星◻︎金星のTスクエア」の影響を感じますね。
大体数ヶ月に一回、お金の使い方が(普段の自分に比べて)おかしくなる時期があります。
まぁトランジットの影響もありそうですよね。
ちなみに今回はということで、それっぽいものを挙げてみると
N太陽ーT火星金星オポジション
(オーブはT火星0度、T金星3度)
ここに加え、
T月が5ハウス入りしたタイミングで爆買いしてました。
逆行中のT冥王星がN水星に近づきつつあるけど、これはまだオーブ2度あるから、今回の爆買いには関係なさそうですね。
ただ「知識欲」という点では、今後の「本の購入による学び」ともとれますが。
あとアセンダントとT冥王星のオポジションは引き継ぎ度数的にはオーブ1度未満です。
これも長期的な配置なので、今回の行動への影響というよりも、私自身が他者など周囲の影響をうけながら根本的な変化の渦中にいるんだろうなということが予想できます。
あとはSA海王星は引き継ぎディセンダントにほぼピッタリ0度でコンジャンクションしています。
この配置が来る前は「わけわからない人と関わり振り回される?」と少し警戒していたのですが、今になって思うのは「占星術鑑定」のことじゃないかということ。
鑑定後にいただくご感想からは、書き手であるご相談者の思いがすごく伝わってきます。
みなさん時間をかけて書いてくださっているのを本当に感じますし、逆に自分も悩みながらも真摯に向き合って鑑定しているからこそ、素敵な言葉をいただけるんだろうなと思ってます。
「海王星」は境目を曖昧にしていまう天体なので、対人関係でみた時に、依存したりされたりが起こりがちかもしれません。
これは「対等」でない関係性に発展しがちだし、どちらかが「奉仕」している状態にもなりやすいです。
だけど、そもそも自分と相手の境目がないので、「奉仕」を「損」とは考えないかもしれません。
むしろ幸せ?
海王星にどっぷり浸かるというのは多幸感にもつながるんですね。
だけど「海王星」ってガスみたいな天体で、占星術的な意味でいうと、「曖昧なもの」「実態のないもの」だったりします。
「永遠の幸せ」というよりも、儚さをはらんでいて、まさに海王星の影響が抜けた時「夢から覚めた」となりやすいです。
それでも本人だけの問題であれば、周りがとやかくいう必要もないのかもしれませんが、「境目がない」ので、結構周囲を振り回しがちです。
そして周りの静止する声も届きにくくなります。
「悲劇のヒロイン症候群」なんかも、海王星の影響を感じます。
少々話が飛びましたが、
ディセンダントへのSA海王星のコンジャンクション。
私は占星術鑑定をすることで、コントロールは難しい海王星の影響を上手く消化しているんじゃないかなと思いました。
こういうことに気づくと、占星術鑑定の次のステップアップの時期や今後の流れが見えてきます。
「N太陽ーT火星金星オポジション」で楽しみながら自分を高めようと挑戦し、「N水星T冥王星コンジャンクション」で知識をさらに深め、「SA海王星ディセンダントコンジャンクション」で鑑定をする事で経験を得る。
これらの一連の流れを通して「アセンダントーT冥王星オポジション」により自分が大きく変化する。
私の中で常に不足感がある「自信」にもつながるかな。
自分の今の立ち位置。
どんな道を歩いているのか。
足場は悪いのか。
だったら何をするべきか。
何が足りないのか。
いらないものは手放して身軽になっているのか。
進行方向は間は合っているのか。
こんなことを、進行図やトランジットをトータル的にみることで分かってきます。
T冥王星のハードやコンジャンクションを恐れる人が多いのは、このブログの記事の閲覧数からもわかります。
これについて「怖くない」「大丈夫」というのも確かにそう。
そしてこの「大丈夫」をもう少し詳しく書いたのが、この記事かもしれない。
そんなこと、書く意図はなかったんですが、結果そこにつながっている。
そうそう、今回購入した数冊の本は、「心理占星術」のリーディングに関するものや、「ハーモニクス」「ハーフサム」に関するものです。
方向性としては、自分がやりたいものは心理占星術方面だともうすでに分かっているんですが、やっぱりそれだけだと自分の中の「占星術の説得力」が弱いというか。
ある程度、いろんな知識や方法を網羅して上で、自分の鑑定方法を見出したいという気持ちが強いです。
なんでもそうだけど、「知らないから使えない」のと「知ってて使わない」は全然違う。
「古典占星術」の考え方も多少は理解しているつもりだけど、やっぱりリーディングに影響を与えています。
でも学びはきりがないわけで、このあたりが冒頭に書いた「自分の中にある不足感」につながり、自らの首を絞めがち。
ここは、どうしても「知識」に溺れがちな風のエレメントの太陽水瓶と火星双子ぽさはありますね。
頭で考えるばかりで行動にうつせない。
トラインだから、改めて意識してみないと知識のループにハマっていることに気づけないんです。
ただ、今年の3月末のT木星のMCコンジャンクションからのジュピターリターンで「占星術鑑定という行動」を起こしたことは自分の中で大きかったです。
太陽水瓶と火星双子は、それぞれ木星牡羊(MC合)とセクスタイルです。
ここで行動につながる「火」が絡むんですね。
セクスタイルは自動ではなく「使おうとすること」で活きてくるアスペクトです。
「セクスタイルは実用性がある」なんて言われたりするけれど、まさに実感しています。
占星術とは別に、タロットも生活に少しずつ取り入れています。
こちらはカードの解釈もまだまだです。
とはいっても、本を片手にリーディングというよりは、まずは引いたカードから感じたことを大事にし、答え合わせに本を使う感じです。
「今回、爆買いした本は私の占星術鑑定に活かせるか?」
とタロットを引いてみたところ、まぁ、微妙なカードが出まして。
これはやっぱり自信のなさ故のものなのかなぁと思いました。
自分の中での「タロット」との付き合い方がいまいち定まってなかったんですが、継続的に同じテーマで占うことで、自分に自信がついてきたかどうかを確認する為のツールとして使えそうだなと思いました。
「占星術」が客観的に自分をみれるツールだとしたら、「タロット」はどういう位置付けなんだろう。
占星術でいうところの「セカンダリープログレッション」や「ソーラーアーク」のように、内面の変化や成長による現実への反映、みたいなかんじ?
このあたりもタロットを引き続けることで分かってくるのかも知れませんね。