わたしの趣味の一つに「園芸」があります。
今の時期、小庭の植物たちが今の時期、ぐんぐんと育ってきています。本当に昨日と今日で明らかに変化してる。
「宿根草」といって、ある程度放置していても毎年、春になると芽吹いてくれるような花や葉物をメインに植えています。
このあたりは効率的なことに喜びを感じる自分の中の金星山羊の性質を感じます。
春分の日前後から急に春めいてくるのは、占星術を知らなくてもみんなが感じていることだと思いますが、太陽が牡羊サインに入ったから、と占星術的に考えると、植物の成長もいろいろと納得することが多いです。
小庭(とはたして呼べるほどの広さがあるのか?)の植物の多くは冬の間影を潜めます。
根っこを残して上部は枯れてしまったり、葉が落ちてしまったり。
「休眠」している状態です。
残ってるのはまだ寒い頃から徐々に咲き始めるクリスマスローズくらいでしょうか。
それがちょうど太陽が牡羊にはいった春分点の頃を境に、本当に急に芽吹きはじめ日に日に生い茂っていきます。
この、「0から」勢いよく飛び出すかんじ、まさに牡羊だなと思います。
でもほんとは「0」じゃないんですよね。
休眠してるだけ。
このことを思うと「魚」から「牡羊」の流れも想像させます。
見えないけどそこにある、という魚の世界観。
希望の陽が差すのを待ち望み、精神性で乗り切ろうとします。
牡羊の季節の植物達は、我先に我先にというかんじでグングン背を伸ばしていきます。
特にうちの小庭は半日陰なので、少しでも太陽の陽を浴びようと、植物達の熾烈な競争が始まります。
梅雨の蒸し暑い時期が来る前に、しっかり太陽の光を浴びて根を張っておかないと、蒸れやその後に迎える酷暑で生き残っていけないんですね。
成長の悪い植物は群れ防止のために、私に容赦なく間引きされてしまいます。
だから牡羊はこの先、生き残る為に「今」をがんばる。
花を咲かせるのはもう少し先。
そんな余裕はまだありません。
宿根草は牡牛シーズンに入った頃が見頃でしょうか。
バラやクレマチスなど目を引く花が楽しめるのもこの頃です。
とにかく今の牡羊シーズンの植物達はスタートダッシュにかける勢いがすごいです。
この先、生き残れるかどうかがかかわってきますからね。
これは人間社会も同じかな。
新しい環境への適応。
まずは自分という存在をアピール。
戦略や共感はあとまわし。
動物も繁殖の時期ですね。
牡羊は生命力を競う季節なのだなーとやっぱり感じますし、実際の事象と照らし合わせると、サインの理解が深まります。
そして、牡羊の対向の天秤は、というと。
天秤のシーズンの始まりは秋分。
これから陽が短くなっていく時期にあたります。
過酷な夏を乗り越えた植物たち。
もちろんまだまだ花を咲かせますが、春先のように一斉に満開になることはありません。
ここで頑張りすぎちゃうと、冬の寒さを乗り越え、次の春に花を咲かせるためのエレルギーが持ちません。
過酷な夏をどうにか乗り切った植物たちのメンテナンスの時期でもあります。
春のように「成長」に一極集中せず、全方位を意識する必要があります。
天秤のバランス感覚ですね。
天秤から蠍のシーズンの植物達は、ひとつひとつに華やかさはなくなるけれど、ポツリポツリと咲き続けるバラは風情がありますし長持ちする。
香りがあるものは春のバラより濃厚です。
少しずつ紅葉が進みは色づいた葉は、春先とは違った趣きがあります。
バランスがとれているからこそ綺麗な景色を見せてくれます。
木々の紅葉、それぞれがいろんな色に変化するのに、全体で見たときに「綺麗」と思える。
人工的な街並みともちゃんと溶け込んでる。
どの季節も捨てがたい自然との調和の風景ですが、天秤のバランス的な美しさを感じるのはやっぱり秋が一番かもしれません。
そして植物達は次の春を迎えるために蓄えの時期に入っていきます。
冬至は山羊サインの始まりの日。
一年で一番陽が短くなります。
山羊の支配星は土星。
冷たくて乾いた天体です。
この時期になると植物は、葉を落としたり枯らしたりして冷たくて乾燥した環境に適応しようと、土の中で春を迎えるために休眠に入ります。
ちなみに冬はわかりやすいですが、今の過酷な日本の夏では、いったん成長を止めたり花を咲かせることをやめたりする植物も多く見られます。
また向日葵や朝顔など、この季節ならではの花も多くありますが、これらは日本では「一年草」と呼ばれるものが多く、寒くなると完全に枯れてしまいます。
冬は越せないんですね。
その代わり「種」をつくり次の世代に命をつなぐ。
…そんな植物達をみていると、苛酷な夏や冬は私も省エネで生きたいと思ってしまいます。
それが自然の摂理だし。(言い訳)
でも一旦文明の恩恵を受けてしまったからには戻ることは難しいんでしょうね。
温室のトマトのように、季節を無視してあくせく働く代わりに、快適な環境を手にしているのかもしれません。