坂本龍一氏の訃報に思ったよりも喪失感がある自分に驚いています。


高校の時の友人が「教授」と氏のことをよく話していたのを覚えています。

その影響もあり、「YMO」を聴いてみたり、「戦場のメリークリスマス」を観たり。


でもそれほどハマるわけでもなく、

たけど一旦意識し出したら存在感をバリバリ感じる方でした。


それはたぶん、いい意味でも悪い意味でも。



この喪失感。


忌野清志郎さんの訃報の時も同じように感じました。


ちょうど今回の坂本氏の訃報でも、お二人の縁も含め取り上げられているので、余計にそう感じるのかもしれません。


キヨシローさんは、自分の好きなアーティスト達が尊敬していたり慕っているようなことをきっかけに、私の中で存在感を増していった方です。


日比谷野外音楽堂でのイベントなどで、あのパワフルで、でも温かい歌声を聴く機会が多かったです。



すごく好き、とか、ハマってる、レベルのものって、自分で意識できるので、その影響力もわかりやすいです。


占星術でいえば月〜火星までの個人天体レベル。


そう考えると、坂本龍一氏、忌野清志郎氏は天王星、海王星、冥王星のトランスサタニアンレベルなのかもしれません。


わたしも無意識下で大きな影響を受けていたし、訃報を聞いて初めて知る大きな喪失感。


今回のことは社会的にも大きく取り上げられていることからも、いろんな人に影響を与えている。


坂本龍一氏の音楽って、氏の存在を認識していなくても「あ、聴いたことある」とか「これ好き」とか思ったりすることもあると思います。

うちの娘も氏の存在自体は知らなくても、「戦場のメリークリスマス」のメロディは知っています。

これも無意識ですが、いつのまにか私たち両親が鼻歌を歌っていたり、車で流したりしているのだと思います。


「童謡」や「クラッシック」にも近いのかもしれない。


「赤とんぼ」や「遠き山に日は落ちて」のメロディを聴くと郷愁にとらわれたり、「新世界」の盛り上がる部分を聴くと気分があがったり。

※追記

「遠き山に日は落ちて」自体が、そもそも「新世界」の一節ですね。


ベートーベンの運命の「ジャジャジャジャーン」は=ショックなことを表すアイコンにもなってると思います。

もともとはドリフネタ?


でも、今の子供達も知ってる。


そういえば、志村けんさんの訃報もやっぱり喪失感がすごかったです。


占星術でトランスサタニアンを説明する時、その感覚を表現するのって難しいなと思うんです。

書籍を読んでも、「理想の追求」とか「根底から覆す」とか表現が抽象的すぎて。


でも、今回の訃報について感じてるような、「なぜだかわからないけど大きな喪失感」みたいなものって、トランスサタニアンの影響によるものなのかなと思いました。


ちょうどトランジットの天体の動きとしても、

土星魚入り、冥王星水瓶入りと大きな星の動きが続いています。


坂本龍一氏ご本人のチャートは拝見していないのでそこに関連性を見出せるかは分かりませんが、社会に与えた影響を考えると、不思議と納得してしまいます。


もちろん、ご家族をはじめ、直接関わり合いのある方達やファンの方からしたら、私がこんなことを書くのはとても失礼なことは承知です。

「星の動きで決まってたこと」とも受け取れますからね。


でも、そういうことではなく、「坂本龍一」という、大勢の無意識下に入り込んでいた存在が失われることによる「喪失感」と天体の大きな動きがリンクしていると思ったんです。


そして、こういった記事の最後には

「ご冥福をお祈り致します」と締めるべきでしょうが、そういった気にはなれません。


彼の作品はやっばりまだ身近にあるし、「訃報」自体も本当かどうか確認する術もない。


なんだか不思議な感覚ですし、これからも氏の音楽は身近にあるのだと思います。