「責任」というのは、占星術の10天体でいうと「土星」の管轄になります。


「責任」って言葉ってなんか重みがありますし、

なんか縛られてしまうようで、逃げたくなる気持ちもあります。


そもそも日本語での「責任」という言葉って、

ネガティブなイメージかあるのは私だけでしょうか。

「責任感がある」なんて、長所としてあげられがちなワードであるにもかかわらず、


「責任をとる」

「責任者と話がしたい」

「責任をとって辞任する」


なんて、使用される場面を想像すると、

あんまりいいイメージがないのです。


管理職を希望する若い人が減ってるなんてニュースも耳にしますが、「責任」よりも気楽さや自由さを求める故でのことなのかな、と思います。


まだ、仕事であれば「報酬」が、ついてきますが、地域や学校の役員等は、もっと顕著に「責任」だけを押し付けられている感覚になるかもしれません。


便利屋さん的な側面や、トラブル時はクレームを受けたり、早急の対応を迫られる。


自ら「やりたい」と思う人が少なくなるのもわかります。



でも、「責任」を請け負うからこそ、

手にすることができるものって多いな、と

ここ15年くらい考えるようになりました。


15年という具体的な年数。

これは、「=サターン・リターン(土星回帰)」後についてです。


土星回帰以前は、両親や周りの環境に依存して生きていた感覚があります。

もちろん、今だからそう思うのであって、

当時はそんなこと思ってませんでした。


少なくとも精神面においては自立していると思い込んでいました。

ただ実家で生活してるなど、「物質面」での自立が出来ていなかったので、焦る気持ちが強かった頃です。


他の記事でも書きましたが、この頃って、

「決定したり判断したりすること」がとてつもなく苦手でした。


「自分で決めたこと」には「責任」が伴うというのは当たり前なんですが、その責任を必要以上に重圧に感じるのが、私の「月土星のコンジャンクション」や「アセンダント土星コンジャンクション」の性質による部分も大きいのではと感じます。


「月に逃げ込む」なんて言い方もよく耳にします。

自分の12ハウスの月は外部からの刺激に対して、ちょっと他の人より疲れやすいところがあって、1人の時間に安らぎを求めるようなところがあります。

12ハウス自体が「世間から離脱したような場」でもあります。


なので、「責任を負う」というシチュエーションを出来るだけ避けたくなっていた当時の自分の感情はすごくわかるんです。


周りに流されていれば、何か嫌なことがあった時、心のどこかで「私のせいじゃないし」と逃げ道を用意することもできますからね。


でもサターン・リターンを迎え、そうもいってられなくなります。

このあたりはすでに他の記事で書いたような気がするので割愛します。


とにかく、土星が表す「責任」から逃げることができない状態になった時。

向き合わざるを得なくなった時。


最初はとてつもなく重圧に感じます。

今まで避けて通って生きてきたわけですからね。


でも、実家から独立して一人暮らしをすれば、

金銭面での責任が伴うようになるけれど、その分「自由」を手に入れることができます。


インテリアなどを好みのもので統一するなど物質的な自由もあれば、生活を干渉されなかったり順番や長さを気にせずゆっくりお風呂に入れたりする自由さも得ることができます。


でもその自由を満喫する為には体調を崩さないよう自己管理し、仕事でしっかりお金を稼がないと一人暮らしは維持できません。

実家暮らしに比べて、部屋は狭いし金銭面で贅沢はできないという「制限」もあります。


どういうことかというと、

自分で「責任」を取れる立場になるからこそ、得られる「自由」もあるということです。

そして、その「自由」も無限にあるわけではなく、土星の責任の枠内に収まるように「制限」が伴う自由です。

起業されている方は、この感覚、掴みやすいのではないかと思います。


今まで避けてきた「責任」というものに一旦向き合いはじめた時。


あくまで私のケースですが、困難さが全く無かったとは言いませんが、それを上回る「自由」を手にできるようになったと感じています。


一昔前は男性にとっては結婚自体が「責任=家族を養うこと」という考えが一般的だったと思います。

男性のN太陽にT土星が角度をとる時は「結婚を意識する時」なんて読み方はスタンダードです。


でも今は性差関係なく、仕事をもつことが当たり前のようになってきているので、むしろ「子供をもつこと」に対して「責任」と考えることも増えていると思います。


子供に対しての親の「責任」がどこまであるかというのは考えの違いなど個人差があると思いますし、その子自身の特性を考慮する必要もあります。


でも、社会全体の子供に対する風潮として、

特に、これから子供をもつ世代がもつ意識してとして

「お金がかかる」

「時間に縛られる」

というネガティブな面が強調されているような気がします。

「子供」をもつことと、自分の「自由」を両立させるのは難しいと考える人も多いんじゃないかと思います。


これは倫理面や教育面で「子供に求めるもの」のハードルがどんどん高くなっている社会に対し、「ちゃんとしなくちゃならない」という親としての責任の重圧だけが大きくなり過ぎている状態なのかなと思います。


実際「子供を育てる」というのは大変さも伴いますし、自分の行動に制限がかかることもあります。

それは「不自由」なことなのかもしれませんが、それを「不幸」だとは思わないし、制限のある中で見出す楽しさもいっぱいあります。

また、子育てがひと段落したころ得られるであろう「自由」は、「不自由」を経験しているからこそ、より自由に感じるかもしれません。



誤解のないよう敢えて書きますが、

「子供をもつのは大変だけど楽しいよ」という感覚は私自身のものであり、それぞれのネイタルチャート次第なんだと思います。


ただ仕事にしても、子供にしても、それこそ自分自身のことにしても、「責任」をもつということで得られる「自由」ってあると思います。


最初に戻りますが、仕事なら

「自分で決定、判断できる」自由です。


人に責任を委ねている間は、不満があっても現状を受け入れるしかありません。

頑張ることも嫌になっちゃいます。


でも「自分で決めた」ことに対しては責任も伴う分、頑張れるんじゃないかと思うのです。


これがまさに「土星」の困難に向き合うことで自分の力になる、ということなのかなと思います。


天体の年齢域の考え方をすると、こんなかんじです。

「土星」は56歳〜70歳。

「天王星」は70歳〜85歳。


年金とかお金の面はよくフューチャーされますが、「生き方」として考えた時。


天王星の年齢域の前までに、しっかり「土星の責任」と向き合い、制限の中にある自由を経験することは大事なんじゃないかと思いました。


天王星の年齢域にいざなったとき、

「自由」を履き違えた「自分勝手」と思われる存在になるのか。

「自由で素敵な存在」と思われるのか。


誰もが後者になりたいんじゃないかと思うのです。


なんだか自己啓発ブログみたいな締めになってしまいましたが、そんな気は毛頭ありません。