私は一部分に注目するというよりも、
物事全体を捉えることの方が自分では得意だと思っています。
ホロスコープ全体を見た時に、
思考を表す水星が山羊サインだったり、
「目指したい」自分である太陽が水瓶サインだったりと、12個のサインの最後の方にあることも理由のひとつかなと思っています。
これはあくまで私の中の体感ですが
周囲を見てみても、個人天体が前半に集まってる人は、全体を見るということが苦手な傾向にある気がします。
ここであえて「苦手」というネガティブワードを出したのは、後半サインの「全体を見る力」に秀でている方が今の社会の風潮としては良しとされる傾向が強いと思ったからです。
私が生まれた時の冥王星の位置は天秤ですが、
ゆっくりと動く天体なので今は山羊にあり、もうすぐ水瓶サイン。
公転周期は約248年と人の一生に照らし合わせるると何世代にも渡ってようやくホロスコープ上を一周するような天体です。
冥王星は「家族のカルマ」なんていわれることもあり、何代にも渡って冥王星のテーマに取り組んでいくことは珍しくありません。
そんな冥王星なので、その時の社会の雰囲気がここに出ていることも多く、今は山羊、そして水瓶と運行していく中で、「良しとされる」傾向が全体を把握して管理する山羊サインの性質、全体を俯瞰して客観的にみれる水瓶サインの性質が強くなっている気がします。
環境、経済、人との関わりなどみても、世界規模、地球規模での視点が必要ですしね。
例えば私の両親は冥王星獅子世代ですが、
おそらくこの「全体的な視点」はそれほど求められなかった社会を生きてきた世代だと思います。
獅子サインらしく、自分自身の人生の充実が先にあってこそ、結果的にみんなの幸せに繋がるという感覚が通用していた時代だったのではないかと考えます。
冥王星獅子の時代は途中逆行もありつつ、おおよそ1937年〜1958年あたりです。
第二次世界大戦が1939年〜1945年なので、戦前戦後の時期と重なります。
生半可な知識でこの話題を取り上げるのは気が引けるのでさらっとふれるくらいにしておきますが
、「各国が自分の国の繁栄を願う」という獅子サイン的視点に偏りすぎて、対向サインの水瓶の視点が抜けてしまったからこそ、歯車が狂っていったのかななんて考えます。
ただ、物事は全て「バランス」なので、
後半サインの、「相手」や「社会」を意識している人ばかりだと進展がなくなります。
アスペクトで考えると「オポジション」は外に飛び出す力であり、何かをやり遂げるには必要なアスペクトといいますが、12サインも同様で、
後半サインに対して前半サインがないと、新しいものが生まれにくいです。
オポジションの関係は必ず「牡羊〜乙女」と「天秤〜魚」の組み合わせになりますしね。
オポジションに限らず
「自分にはない要素や価値観」を取り入れていくことが飛躍する為には必要です。
これは個人に限らず、組織や社会でもそうです。
なので、全体的な風潮としては、
これからの時代、水瓶的視点を持っている方が生きやすくはあるけれど、どのサインの性質も必要だと思います。
こんなガチガチの固い記事を書くつもりはなかったんですが、これはこれで思考の記録としてあげておきます。