私が気づいていないだけかもしれませんが、太陽射手の方とはあまり縁がないような気がします。


でもそんな中でも、過去ご縁があった射手さんは、とても印象に残ってる方が多いです。


同じ火のエレメントでも、牡羊、獅子は

「友情」「勇気」「夢」みたいな、

昔の「週間少年ジャンプ」のテーマにありそうな

熱さを感じます。

そう、1980年代位の少年漫画の主人公ぽいんです。


対して射手は同じ火でも、もう少し軽やかな印象です。

少年マンガの主人公というよりも、最初はちょっと嫌なやつだけど、いつの間にか親友ポジションにいる、みたいなかキャラクターを連想します。


そんな縁のあまりない射手さんですが、小学校時代のクラスメイトについて印象に残っているエピソードがあります。


低学年からずっと同じクラスだった彼女ですが、

特に接点もなく5年生になりました。

そして、たまたま二学期、席替えで前後になった事をきっかけに、急激に仲良くなります。

うちにきて一緒に遊んだりもしたでしょうか。


私としては、この時点で「親密な友人」です。

でも射手の彼女にとっては、

「たまたま近くにいたから」だったんですね。


というのも、2学期が終わり冬休みを経て3学期になると、射手の彼女は同じクラスの別の女の子と急激に仲良くなっていました。


私としては「あれ?」と思いますし、

その後に出てくるのは彼女に対する不信感。

私の蟹の月が心の扉をパタっと閉じます。


なんでこうなるのか、全く理解できませんでした。

ここが今思うと私の月蟹と彼女の「太陽射手」の150度のサインの位置関係なのかなと思いますが、当時は何か嫌われるような事をしたのか、なんて結構落ち込んだ記憶があります。


私の蟹サインの月は「好き」「嫌い」という感情が人間関係の中で大きなウェイトを占めます。


今なら月とクインカンカスの太陽水瓶の意識もあるので、むしろ好き嫌いで判断しがちな自分のこの月を自覚して、それが問題になる場面ではあえて太陽水瓶を意識して振る舞うことは可能になりましたが、訓練が必要なアスペクトなので、この頃はうまくつながってなかったのかもしれません。


私にとって射手の彼女は「嫌い」に分類されました。

でも「嫌い」と思うこと時点で意識はしてるので「好き」と同じくらい、彼女の一挙一動が気になるのです。


その後、中学生になり、彼女とは3年生でまた同じクラスになりました。

表面上は普通さを演じますが、心の距離感は保ったまま。

また「傷つけられる」ことを避けようとしていたんだと思います。


ちなみにこの時の彼女は、とあるミュージシャンが好きで、よく話題にしていました。



そして、進学先は別れ、高校が別々となり彼女とは縁が切れました。


なんですが、たまたま縁のできた他校の知人が、彼女と同じ高校に通っていて、状況を知る事になりました。


その時の彼女は、とあるミュージシャンにはまっているとのことでした。

でも、中学3年の時にはまってたミュージシャンとは別です。


この事を知った時、ようやく自分の傷になっていた彼女の行動について整合性が取れたんです。


熱しやすく冷めやすいんだな、と。


太陽射手以外の天体がどうなっているかは

誕生日を覚えていないのでわかりませんが、

私と同級生の太陽射手さんは

おそらく火星は双子サインになります。


太陽や火星など、外側に対して押し出す天体が柔軟宮、というのを今更ですが知ると、

彼女の行動が全て繋がるのです。

私自身も双子の火星なので、「あちこちに興味がうつる」というのはすごくわかります。


火のエレメントの射手サインですが、柔軟宮なので、周りの環境に合わせて柔軟に変化させることが可能です。


牡羊は周囲のことは関係なく、「自分がどうしたいか」です。

獅子は周囲のことは意識し反応を気にしますが、基本は「自分がどうしたいか」です。

でも、射手は周囲の反応に合わせて自分も合わせていきます。

こう書くと、不動宮からみると「優柔不断」とか「自分がない」ともみえますが、周囲に合わせられるからこそ、海外に飛び出したり、未知の世界に挑む冒険家にもなれます。

環境に適応する能力があるということです。


話を戻します。


射手の彼女にとって、私と仲良くなったのは「たまたま席が近かった」という理由だったのではと思います。

環境が変われば、「自分自身」も「興味の対象」も変化していく、それが射手サインなんだと思います。


射手の支配星は木星なので、相手の欠点よりも長所を受け入れます。

だから射手サインが強調されている人はおおらかであったり人に対して肯定的です。

その分「いい加減」なんて思われることもありますが。


どのサインもそうですが、その性質は誰かにとっては素敵な部分でも、違う誰かによっては嫌な部分になることがあります。


今回の太陽射手の彼女については「苦い思い出」として私の記憶に刻まれていますが、実をいうと、「特別な存在」として私の中に残ってる太陽射手さんもいたりするのです。


その2人に共通していえるのは、

「未だに思い出すことがあるということ」


私にとっては縁はないけど、気になって仕方がない射手さん達なのです。