サインについて復習中です。


今回は魚サインの共感力について。


魚サインが強い私の母や、太陽魚座の友人と過ごしていると、


「なんかいろいろやってくれる」

と思う反面、

「そんなに気を使わなくてもいいのに」

と思う事がよくあります。


これ、魚サイン持ち側の人としては

「相手が望んでいる事なのか、自分がしたい事なのかわからなくなる」

という感覚があるそうです。


だからやっちゃう。


魚の支配星は海王星です。

海王星は色んなものを混沌とさせる天体です。

魚サインは水のエレメントであり、

柔軟宮なので、相手に合わせて感情を変化させます。

ただ、「相手に合わせる」というのを意識的に行うわけではなく、

「相手の感情を察する」というようにでます。


でも、魚サインにとって、「察している」という自覚自体がなく、「相手の感情が自分の中に流れ込んでくる」という感覚が近いようです。


なので、例えば

「お茶が飲みたい」という相手の感情が流れ込んできた時、魚座の人は、それが自分の感情なのか相手の感情なのかはっきりせず、

「お茶を入れる」という行動に出ます。


他のサインの人からすると、

まさか自分の思ってる事を察して魚サインがしてくれているとは思わないので、

「ああ、ちょうどお茶を飲みたかったんだ」

と思うことになります。

そこを「気が利く」ととるか、

「勝手にやってくれる」ととるかは相手次第ですが、魚側にしてみれば、

相手に尽くしている状態に結果的になりやすいです。


これが魚サインに「犠牲的」なんてキーワードが

ある理由になります。


周囲の感情と自分の感情が同化するので、

その場の雰囲気に大きく影響されます。

HSPの性質も魚サインっぽいです。


私は魚サインに天体はありませんが、

魚のナチュラルハウスである、12ハウスに月があるのでこの感覚はすごく分かります。


いろいろ感じすぎちゃって疲れちゃう、

だからひとりの時間が必要。


魚サインの人は共感力が高い分、

誰とでもすぐに仲良くなれるし、基本人が好き。

でも、ひとりの時間も大切になってくるので

そこに矛盾が生まれます。


この自分の中の感情をアートとして表現する人も多いです。


そしてその「アート」は魚サインが

周囲の感情、もっと大きくいえば

「集合的無意識」が自分の中に流れ込んできて表現している場合も多いので、

魚座の人には「アーティスト」と呼ばれる人たちが多いです。

その作品を通して感情が揺さぶられるのは、

それぞれの人の中にもともとある感情が表現されていることで琴線にふれるのだと思います。


はじめ聴く曲なのに

「なんか懐かしい感じ」

とか

はじめて見る映像なのに

「自分の求める世界がそこに表現されている」

とか。


もちろんプロとして活動しなくても、

なにか作品作りに携わっている魚座さんは

身近にもすごく多いです。

私の周りでは「絵を描く魚座さん」が多いでしょうか。


私自身、授業で美術を選択していましたが、

私が頭で考えてまずは「輪郭」を描き込んでいくのに対して、魚座の友人達は輪郭をとらずいきなりキャンバスに色をのせてきたりと感性に従って描いていた印象です。


とにかく自由。


私のように「目に視えていること」だけをキャンバスに描くのではなく、そこには自己表現があったんだろうなと今になって思い出します。